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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

待ち人三人

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「今日行くレストランは『WATARI』と言ってね。日本で星をとられた板前さんがドイツで夫の呼びかけに応えて、店舗を開いてくださったの。渡(わたり)さんもご高齢な方で、晩年にヨーロッパの食文化を知りたいという好奇心で来てくださったわ」

 日本にある店舗というのも、きっと目が飛び出る一等地にある高級店に違いない。
 そんな店の板前を引き抜いて置いて、「夫はドイツでのパトロンみたいなものね」と笑うのだから、恐ろしい。

「そ、そうなんですね。せっかくのお着物、汚さないように注意します」
「大丈夫よ。着物用の紙エプロンもあるし、万が一何かがあっても日本までしみ抜きを頼むし、もっと他に着てもらいたい着物もあるし」

(あああ……! お金持ちは考えることが違う!)

 上品な笑顔に終始圧倒されたまま、香澄は腹を括った。



**



「だからタスクはさぁ、カスミを独り占めしすぎなんだよ」
「そうそう。どうせ日本でもホテルでもイチャイチャしてるんでしょ?」

「……独り占めって言っても、俺は婚約者だけどな?」

 コの字型のソファに、体の大きな男が三人それぞれ好きな所に座り、くだらない事で騒いでいる。

 それでも三人ともタブレット端末でニュースを読み、株価や仮想通貨のチャートを見て、さらには仕事のメールをチェックをし、その上で電子ペンで服のデザインなどを描いているので流石である。

 佑のタブレット端末にも、日本にいる松井から容赦なく仕事のメールが転送されてくる。
 それぞれ〝緊急〟、〝なるべく早く〟など重要度に合わせてラベリングされてあるので、非常に助かる。

(例のお見合い騒ぎの一見で、小野瀬社長の近辺が取り引きを渋っているか。百合恵さんのへそ曲げか。大人げない……)

 香澄にビンタを食らわせた百合恵は、蝶よ花よと育てられたのか思うままにならない事がよほど悔しかったのだろうか。

 その後、小野瀬家から個人的な連絡はないが、小野瀬家で営んでいる企業が繊維会社なので、少し厄介ではある。

 実質、Chief Everyで売っている一万円以上の服でも、生産国は日本ではない。
 国内生産の服はほんの数パーセントになっている現状、今すぐ悪影響はないと考えていい。

 だが時代は移り変わり、大量生産でコスパのいい服から、品質のいい物を長く着られるようにという風潮になっている。

 そんな中、根強く生きているブランド力の高い日本の繊維産業は、今後注目株とも言われている。

 最新技術を用いた新商品が出るとなると、後れを取ると痛い損失になる。
 親がプライベートを抜きにビジネスをしようとしても、子供は冷静になりきれていない場合は多々ある。

 もし百合恵が残念な事に「御劔とあの秘書に復讐して」と言い出したのなら、小野瀬繊維と交流のある他企業が取り引きに渋っているという話を聞いても納得できる。

 とはいえ、ビジネスだ。

 小野瀬繊維からどのような〝お願い〟をされたとはいえ、先日のゴタゴタがある前から取り引きのあるChief Everyを簡単に裏切られては困る。

(日本に帰ったら〝会食〟をしないとな。きちんと〝話〟をして腹の底を引きずり出す必要がある)

 服の多くは国外で作っているとしても、CEPで使う手の込んだ刺繍などは国内に発注している。
 刺繍企業が小野瀬繊維から圧を掛けられているのだとしたら、こちらからきちんと〝話〟をして、どちらについた方が自社のためになるのかを説得すればいい。

 幸い、自分の話術にはある程度の自信がある。

 若い会社、若い社長だからという理由で、軽んじられるのは慣れている。

 テレビやその他メディアに出ているからチャラい。
 顔とクォーターというネタだけでやっている、〝アイドル社長〟。

 そんな風に見られているのは嫌でも分かっている。

「……これで終わってやらない」

 自分を舐めた者たちを見返し、世界中の者たちから一目置かれ、夢を叶えるまでは決して歩みを止めない。

 呟いた時、アロイスがこちらを見た。

「なにー? タスクピンチ?」

 アロイスがガバッと佑の肩を抱き、にんまりと笑う。
 クラウスもソファで足を伸ばし、興味深そうにこちらを見ている。

「……ピンチではないが、悪巧みはしている」
「ふっふー。我が従弟殿が望むなら、僕らの会社だっていつでも協力するよ?」

 ブルーライト処理を施した眼鏡の奥で、クラウスが底意地の悪い顔で笑う。

「……いや、いい」

 双子たちが絶大な力を持っているのは分かっているが、借りを作るのが一番嫌だ。
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