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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
心のメッキ
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「ん……っ、うぅ、う……っ」
「だって、香澄の事を好きな俺を、信じていないだろう? 不釣り合いだとか、いつか飽きられるとか。誰も何も言っていない事を、うだうだ考えているんじゃないか?」
「…………」
言い当てられ、思わず言葉を失う。
決意して一歩前に進んで、ドイツまできた。
けれど隣にいる佑の手を握っていなければ、「ここにいていいのかな?」という思いばかりに駆られる。
「一番側にいる、御劔佑本人が、香澄を好きだって言っているのにな?」
泡だらけの手でお尻を撫でられ、優しい目で見つめられる。
「…………っ」
すぐに視界が曇り、頬に熱い涙が伝ってゆく。
いつの間にか肩は震え、小鼻がヒクヒクと小動物のように震えていた。
「マリッジブルーなのかな。いいよ、怖いことを全部口にしてしまえ。俺が全部あますことなく聞くから」
「ん……っ、ん」
ブンブンと香澄は首を振る。これ以上彼の前で醜態を晒せない。
「香澄? 俺は夫になる男だよ? 君のあんな姿もこんな姿も見た。今さら弱音を聞いて呆れるとでも思ってる?」
――優しい。
今までこれほど不安を抱えた時に、寄り添ってくれたのは家族と親友だけだった。
異性は健二で痛い目を見ていたので、こんなにも優しくしてくれる佑に驚いてしまう。
世界中に彼の言葉を聞きたいという人がごまんといる中で、香澄にどれだけでも時間を割いてくれる。
仕事では冷酷と言われる面を見せるが、根底に人を思いやる優しさがある。
世界中の人を自分が作った服で幸せにしたいだなんて、相当大きな心のキャパシティがなければ思えない。
「……っ、ど、して……っ」
――こんな人が、私を好きになってくれたんだろう。
「ん?」
どこまでも優しい目が、「何でも言ってごらん」と香澄を心の底まで覗き込もうとする。
もう、涙で前が見えなかった。
ひ……っ、ひくっ、ひぃっ、と喉から引き攣った呼吸が漏れ、華奢な肩が懸命に上下する。
「っ、ごめんねっ、普通で、――ごめんねっ。わた、……私、もっと美人だったり、いい家のお嬢さんだったり……っ、もっと、佑さんに相応しい人間でありたかったっ」
ポロポロと、心のメッキが剥がれる。
〝世界の御劔〟の隣で、きちんとした秘書をこなして仕事関係の人から認められ、かつ婚約者としても周囲から認められたい、というメッキだ。
ひび割れた奥からは、背伸びしようとしていない素のままの彼女が泣き顔を晒して不安を訴えている。
「他は?」
香澄の言葉を否定せず、佑はすべての言葉を引き出そうとする。
「こわ……、い。私が、――佑さんの価値を下げそうで、……怖い。私の大好きな佑さんは、とっても凄い人なの。そんな人が、こ、……こんな私と結婚したら……っ」
自分を卑下する言葉を言ってはいけないと言われたのに、何でも言ってもいいと言われるとつい本音が出てしまう。
震える背中を撫で、佑は優しい目で泣きじゃくる香澄を見守る。
その目に宿る愛情の深さを、涙で目を曇らせた香澄は分かっていないだろう。
それからしばらく香澄の弱音が続いたが、言葉が出なくなって弱々しい嗚咽のみになったあと、佑が促す。
「他には?」
「…………」
だが言いたい事をあらかた口にした香澄は、ゆるゆると首を振る。
――呆れられただろうか。
――覚悟がないと、結婚も流れてしまうのだろうか。
そんな諦念が胸を支配した時、佑が口を開きかぶりつくように香澄にキスをしてきた。
「ん……っ」
虚を突かれ顎を引いた香澄に、佑は「あむ」「はむっ」とわざと空気ごと食らいつく音をさせ、何度もキスをする。
「な……何? なんなの? 佑さ……んっ」
最後に「あむっ」ともう一度かぶりつかれて、そのあと顔中にキスの雨が降った。
やっと唇が離れたかと思うと、この世の誰よりも綺麗だと思う男が晴れやかな笑みを浮かべる。
「香澄の中にあった〝悪いもの〟は、俺が全部食べたよ」
「ふぇ?」
まだ涙目ながらも、きょとんとした香澄の唇から呆けた声が出る。
「だって、香澄の事を好きな俺を、信じていないだろう? 不釣り合いだとか、いつか飽きられるとか。誰も何も言っていない事を、うだうだ考えているんじゃないか?」
「…………」
言い当てられ、思わず言葉を失う。
決意して一歩前に進んで、ドイツまできた。
けれど隣にいる佑の手を握っていなければ、「ここにいていいのかな?」という思いばかりに駆られる。
「一番側にいる、御劔佑本人が、香澄を好きだって言っているのにな?」
泡だらけの手でお尻を撫でられ、優しい目で見つめられる。
「…………っ」
すぐに視界が曇り、頬に熱い涙が伝ってゆく。
いつの間にか肩は震え、小鼻がヒクヒクと小動物のように震えていた。
「マリッジブルーなのかな。いいよ、怖いことを全部口にしてしまえ。俺が全部あますことなく聞くから」
「ん……っ、ん」
ブンブンと香澄は首を振る。これ以上彼の前で醜態を晒せない。
「香澄? 俺は夫になる男だよ? 君のあんな姿もこんな姿も見た。今さら弱音を聞いて呆れるとでも思ってる?」
――優しい。
今までこれほど不安を抱えた時に、寄り添ってくれたのは家族と親友だけだった。
異性は健二で痛い目を見ていたので、こんなにも優しくしてくれる佑に驚いてしまう。
世界中に彼の言葉を聞きたいという人がごまんといる中で、香澄にどれだけでも時間を割いてくれる。
仕事では冷酷と言われる面を見せるが、根底に人を思いやる優しさがある。
世界中の人を自分が作った服で幸せにしたいだなんて、相当大きな心のキャパシティがなければ思えない。
「……っ、ど、して……っ」
――こんな人が、私を好きになってくれたんだろう。
「ん?」
どこまでも優しい目が、「何でも言ってごらん」と香澄を心の底まで覗き込もうとする。
もう、涙で前が見えなかった。
ひ……っ、ひくっ、ひぃっ、と喉から引き攣った呼吸が漏れ、華奢な肩が懸命に上下する。
「っ、ごめんねっ、普通で、――ごめんねっ。わた、……私、もっと美人だったり、いい家のお嬢さんだったり……っ、もっと、佑さんに相応しい人間でありたかったっ」
ポロポロと、心のメッキが剥がれる。
〝世界の御劔〟の隣で、きちんとした秘書をこなして仕事関係の人から認められ、かつ婚約者としても周囲から認められたい、というメッキだ。
ひび割れた奥からは、背伸びしようとしていない素のままの彼女が泣き顔を晒して不安を訴えている。
「他は?」
香澄の言葉を否定せず、佑はすべての言葉を引き出そうとする。
「こわ……、い。私が、――佑さんの価値を下げそうで、……怖い。私の大好きな佑さんは、とっても凄い人なの。そんな人が、こ、……こんな私と結婚したら……っ」
自分を卑下する言葉を言ってはいけないと言われたのに、何でも言ってもいいと言われるとつい本音が出てしまう。
震える背中を撫で、佑は優しい目で泣きじゃくる香澄を見守る。
その目に宿る愛情の深さを、涙で目を曇らせた香澄は分かっていないだろう。
それからしばらく香澄の弱音が続いたが、言葉が出なくなって弱々しい嗚咽のみになったあと、佑が促す。
「他には?」
「…………」
だが言いたい事をあらかた口にした香澄は、ゆるゆると首を振る。
――呆れられただろうか。
――覚悟がないと、結婚も流れてしまうのだろうか。
そんな諦念が胸を支配した時、佑が口を開きかぶりつくように香澄にキスをしてきた。
「ん……っ」
虚を突かれ顎を引いた香澄に、佑は「あむ」「はむっ」とわざと空気ごと食らいつく音をさせ、何度もキスをする。
「な……何? なんなの? 佑さ……んっ」
最後に「あむっ」ともう一度かぶりつかれて、そのあと顔中にキスの雨が降った。
やっと唇が離れたかと思うと、この世の誰よりも綺麗だと思う男が晴れやかな笑みを浮かべる。
「香澄の中にあった〝悪いもの〟は、俺が全部食べたよ」
「ふぇ?」
まだ涙目ながらも、きょとんとした香澄の唇から呆けた声が出る。
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