152 / 1,544
第四部・婚約 編
私の街へ来ないかね?
しおりを挟む
ジュースを飲み終わり少し話した頃合いになり、指でつまめる食事前のお楽しみが出された。
前菜はグリーンピースのスープに、海老のムースがふんわりとのっている。
大きな帆立貝をメインに、ソースやパイ生地、太くて立派なアスパラのポシェ。
魚料理は鰆のポワレ、肉料理は鴨の胸肉。
その頃には御劔家の人々はワインをボトル一本頼んで皆で飲み、メインディッシュが終わったあとのチーズでマリアージュを楽しんでいた。
プレデセールのあとに、旬の柑橘を美しく円形に並べ、ミントを散らした上に、アイスクリームがのったデザートが出る。
満腹になってコーヒー、紅茶、ハーブティーを各自好きな物を選び、小菓子が出された。
(お腹一杯……)
胃はぽんぽこりんになっていて、とても苦しい。
美味しくて出された物はすべて食べたいのに、苦しいというジレンマが香澄を襲う。
おまけに目の前ではガラスのポットに入った、自家製のキャラメルも希望者に配っていて、それも美味しそうだ。
自分の食い気に落ち込んでいた時、佑が声を掛けてくる。
「香澄? なんなら包んでもらう?」
「いいの!?」
思いきり「救われた!」という顔をしたからか、佑と翔が噴き出した。
律も横を向いて肩を揺らし、澪は遠慮なくケラケラ笑っている。
「ランチでこれなら、ディナーはきちんと食べられないんじゃないの?」
そこでアンネが意地悪を言ってくる。
「た、食べられます!」
ディナーのフルコースでは、覚えている限り前菜の皿が三皿出た記憶がある。
「美味しい物は好きです!」
威張る事なのか分からないが、自信満々に言うとアンネがふふんと鼻で笑った。
「なら今度、とっておきのフレンチの店を予約しておくから、来る事ね。ついでにあなた達の結婚式プランを聞いておくわ」
挑むように言われ、香澄は「はい!」とキリリとした顔で頷く。
「……母さん、そこはそうやって言わなきゃいけない部分なのか?」
佑が呆れて溜め息をつき、澪は「素直じゃないなぁ」と笑ってワインをクイーッと飲む。
「香澄さん」
「はいっ」
アドラーに話し掛けられ、香澄はぴっと背筋を伸ばす。
「もし良かったら、今度私の街へ来ないかね?」
「私の……街……」
街を所有しているのだろうか? いや、市長? と軽く混乱している時に、翔が説明してくれた。
「オーパとオーマは、南ドイツにあるブルーメンブラットヴィルっていう街に住んでいるんだ。もともとオーパの家系はドイツの貴族で、そこの領主だった。保存状態のいい城は観光資源になっているし、その一部に今も住んでいたりする」
「ほええ! お城に!」
間抜けな声を上げてしまったが、二人はニコニコしている。
「香澄さんは衛くんの御劔家に嫁ぐ訳だが、ぜひ私の一族にも挨拶をしてほしい。ドイツでは妻の影響もあって、一族は全員親日家で日本語も話せる。街そのものにも日本料理店が多いし、そもそもとても美しい所だ。きっと気に入ると思うのだが」
「はい! ぜひ!」
嬉しくなって元気な返事をした横で、佑が静かに息をつき少し俯いた。
「すぐには無理だと思うが……。六月くらいにはどうかね?」
「割とすぐだな?」
アドラーの提案に、佑が突っ込みを入れる。
「日本の六月は連休がない月で有名なんだが」
「おや、香澄さんの休みについては、割と自由なのだと松井から聞いた」
アドラーがどや顔をし、佑は「いつの間に……」と頭痛を覚える。
香澄はいつでも休みを取れる、さして重要なポストにいないと周囲にも思われていそうで、少し居心地の悪さを覚える。
それをカバーしたのは節子だ。
「社長夫人になったら、そんなものよ? 私は専業主婦だけれど、姉妹は嫁ぎ先に役職を持っても、ほぼ夫の人脈を広げるためのサポーターの役割をしていたわね。オフィスにいてパソコンに向かっているだけが、仕事じゃないのよ?」
「は……はい」
節子は実際にはオフィスでは働いていないし、世代も違う。
けれど彼女は香澄よりずっと広い世界を知っている。
なので彼女に言われると、思わず「そうなんだ……」と頷いてしまう自分がいた。
「佑の助けになりたいと思うのなら、スケジュール調整をして議事録を取るよりも、魅力的なパートナーとして、佑が必要とする人たちに彼や日本、Chief Everyの良さが伝わるように、〝世間話〟が最低限英語でできたらいいわね」
(おうふ!)
ニコニコした節子が、一番スパルタな事を言う。
前菜はグリーンピースのスープに、海老のムースがふんわりとのっている。
大きな帆立貝をメインに、ソースやパイ生地、太くて立派なアスパラのポシェ。
魚料理は鰆のポワレ、肉料理は鴨の胸肉。
その頃には御劔家の人々はワインをボトル一本頼んで皆で飲み、メインディッシュが終わったあとのチーズでマリアージュを楽しんでいた。
プレデセールのあとに、旬の柑橘を美しく円形に並べ、ミントを散らした上に、アイスクリームがのったデザートが出る。
満腹になってコーヒー、紅茶、ハーブティーを各自好きな物を選び、小菓子が出された。
(お腹一杯……)
胃はぽんぽこりんになっていて、とても苦しい。
美味しくて出された物はすべて食べたいのに、苦しいというジレンマが香澄を襲う。
おまけに目の前ではガラスのポットに入った、自家製のキャラメルも希望者に配っていて、それも美味しそうだ。
自分の食い気に落ち込んでいた時、佑が声を掛けてくる。
「香澄? なんなら包んでもらう?」
「いいの!?」
思いきり「救われた!」という顔をしたからか、佑と翔が噴き出した。
律も横を向いて肩を揺らし、澪は遠慮なくケラケラ笑っている。
「ランチでこれなら、ディナーはきちんと食べられないんじゃないの?」
そこでアンネが意地悪を言ってくる。
「た、食べられます!」
ディナーのフルコースでは、覚えている限り前菜の皿が三皿出た記憶がある。
「美味しい物は好きです!」
威張る事なのか分からないが、自信満々に言うとアンネがふふんと鼻で笑った。
「なら今度、とっておきのフレンチの店を予約しておくから、来る事ね。ついでにあなた達の結婚式プランを聞いておくわ」
挑むように言われ、香澄は「はい!」とキリリとした顔で頷く。
「……母さん、そこはそうやって言わなきゃいけない部分なのか?」
佑が呆れて溜め息をつき、澪は「素直じゃないなぁ」と笑ってワインをクイーッと飲む。
「香澄さん」
「はいっ」
アドラーに話し掛けられ、香澄はぴっと背筋を伸ばす。
「もし良かったら、今度私の街へ来ないかね?」
「私の……街……」
街を所有しているのだろうか? いや、市長? と軽く混乱している時に、翔が説明してくれた。
「オーパとオーマは、南ドイツにあるブルーメンブラットヴィルっていう街に住んでいるんだ。もともとオーパの家系はドイツの貴族で、そこの領主だった。保存状態のいい城は観光資源になっているし、その一部に今も住んでいたりする」
「ほええ! お城に!」
間抜けな声を上げてしまったが、二人はニコニコしている。
「香澄さんは衛くんの御劔家に嫁ぐ訳だが、ぜひ私の一族にも挨拶をしてほしい。ドイツでは妻の影響もあって、一族は全員親日家で日本語も話せる。街そのものにも日本料理店が多いし、そもそもとても美しい所だ。きっと気に入ると思うのだが」
「はい! ぜひ!」
嬉しくなって元気な返事をした横で、佑が静かに息をつき少し俯いた。
「すぐには無理だと思うが……。六月くらいにはどうかね?」
「割とすぐだな?」
アドラーの提案に、佑が突っ込みを入れる。
「日本の六月は連休がない月で有名なんだが」
「おや、香澄さんの休みについては、割と自由なのだと松井から聞いた」
アドラーがどや顔をし、佑は「いつの間に……」と頭痛を覚える。
香澄はいつでも休みを取れる、さして重要なポストにいないと周囲にも思われていそうで、少し居心地の悪さを覚える。
それをカバーしたのは節子だ。
「社長夫人になったら、そんなものよ? 私は専業主婦だけれど、姉妹は嫁ぎ先に役職を持っても、ほぼ夫の人脈を広げるためのサポーターの役割をしていたわね。オフィスにいてパソコンに向かっているだけが、仕事じゃないのよ?」
「は……はい」
節子は実際にはオフィスでは働いていないし、世代も違う。
けれど彼女は香澄よりずっと広い世界を知っている。
なので彼女に言われると、思わず「そうなんだ……」と頷いてしまう自分がいた。
「佑の助けになりたいと思うのなら、スケジュール調整をして議事録を取るよりも、魅力的なパートナーとして、佑が必要とする人たちに彼や日本、Chief Everyの良さが伝わるように、〝世間話〟が最低限英語でできたらいいわね」
(おうふ!)
ニコニコした節子が、一番スパルタな事を言う。
42
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる