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第四部・婚約 編

ヒールの用途

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「んまそーに食べるね。食の申し子って感じ」
「はぁ……」

 褒められているのだか、けなされているのだか分からないが、頷いておく。
 双子もキッシュを食べ終わっていて、コーヒーを飲んでいる。

「ねぇ、カスミさ。僕らの秘書になってって言ったらなる?」
「えっ?」

 突然話が飛躍して、香澄は目を瞬かせる。

「タスクよりいい条件で雇うよ」
「い、いえ。国籍は日本ですし、さすがにドイツを拠点にできませんし」
「別に国籍変える必要ないじゃん。定期的に帰ればいいんだし。俺たち、それぐらい頻繁にあちこち行ってるけど」
「言葉の壁があります」

「僕らの秘書なんだから、僕らに話が通じればよくない?」
「コミュニケーション相手が社長だけというのは困ります」
「でも英語いけるんでしょ?」
「そうですが……。ビジネス英語が完璧かと言われると、まだまだ不十分だと思います」

(うう、グイグイくるな)

 けれど押されてはいけないと思い、香澄はきちんと断ろうとする。

「環境がどれだけ整ったとしても、私は佑さんにスカウトされて、彼の信頼に応えて働いています。ですので、どれだけの条件を出して頂いたとしても、お受けできません」

 ここで微笑むと勘違いされそうなので、香澄はなるべく真顔で伝える。
 佑からも、双子と話すに関して幾つかの注意を受けていた。

『日本人的な愛想笑いは勘違いさせる事がある。本当に断る時は、笑わないでまじめに伝えるといいよ』

(はい、佑さん!)

 心の中で佑に向かっていい返事をし、香澄はキリッとした顔をする。
 正直、彼に連絡したいのはやまやまなのだが、社内ビルで用事を済ませてすぐ戻るつもりだったので、スマホも何も持っていない。
 双子にスマホを貸してもらおうと思っても、佑に連絡を取るつもりだと伝えれば「ダメ~」と言われるのが目に見えている。
 きっぱりと言い切った香澄の反応に、双子は顔を見合わせる。

 因みに向かい合ったテーブル席で、香澄の隣にクラウスが座り、向かいにアロイスがいる。
 そんな状況で、双子はお互いを見合って目だけで何かを訴えている。

 非常に怖い。

「はぁ~、オカタイね」
「ほーんと。主人に忠実な柴犬みたい」
「あはは! それ! リード引っ張って首の肉がニュッってなるやつ」
「それ、散歩嫌がってるやつじゃん!」

 いつのまにか柴犬扱いされていたが、雰囲気が笑いの方向に向かったので少し安堵する。

「可愛がってあげたいねぇ……」

 組んだ脚をブラブラと弄びながら、アロイスがにんまり笑う。

(う……っ)

 香澄は冷や汗を垂らしつつ、レモネードを飲んでアロイスから目を逸らす。

「そんなにタスクがいいの?」

 テーブルに頬杖をついたクラウスが、香澄の顔を覗き込んでくる。

「いい……というか、雇用主です」
「いやぁ、仕事の話はおいとこーよ。男として」

(うう……)

 男女的な話になり、いくら佑の従兄とはいえ恋愛的な事を話すのは少々気が引ける。

「どうなの?」
「うっ」

 クラウスが突然、テーブルの上に置かれていた香澄の手を握ってきた。

(どういう……目的?)

 手を引きたい気持ちはやまやまだが、佑の従兄なのにつれなくしたら禍根が残りそうだ。
 加えて現在、現金もスマホもない状態なので、怒らせない方が身のためだ。

「僕たちがカスミを可愛がりたいって言ったら、勿論受け入れてくれるでしょ?」
「えっ? えぇ……?」

 香澄が了承するのを前提にものを言われ、彼女は困惑する。

「だって俺たちの方がいい男だよ? それに、日本の女の子って〝金髪の外国人〟好きでしょ?」
「えええ……」

 とんでもない偏見を持たれていて、香澄はどこから説明したものかと深く考える。

(自信家なのかな? 確かに佑さんと似ていてあらゆる面で恵まれているけど、何て言うか……)

 遠慮、謙遜を美徳とする日本人視点で見ると、双子のような性格の人を相手にするとやや引いてしまう。

(確かにお二人は文句なしに格好いいけど、佑さんっていう人がいるのに、外見がいいからってお二人をそういう目で見るとか、ないんだけど……)

 ぼんやりとどう応えたらいいものか考えているうちに、双子の事を〝可哀想な人〟に思えてしまう。
 だが双子はお構いなしだ。

「ねぇ、カスミ。俺たち本気でカスミのことを可愛いなって思ってるんだけど」

 向かいからもアロイスが頬杖をつき、青い目でジッと見つめてくる。
 二人とも美形なので、恋愛感情はなくともドキドキする。
 それでも何も応えない香澄を、周りの席にいるお洒落な雰囲気の女性たちが「代わってほしい」という目で見ていた。

(ううう……。居づらい)

「お気持ちはありがたいですが、お二人と男女の仲になるなど考えられませんので、それについてはご遠慮いたします」
「そんなこと言わないでさぁ。だって僕らの事なーんも知らないじゃん。好きな食べ物とか、好きな色とか、好みの女の子のタイプとか分かる?」
「い、いえ……」
「そういうの、日本ではクワズギライって言うんでしょ?」

 アロイスに微笑まれ、香澄は唇を引き結び少し赤面する。
 確かに彼らの事を何も知らず、決めつけているのは事実だ。

「そうですけど……」

 小さく息をついて認めた香澄の手を、クラウスがキュッと握り、さらに愛撫に似た手つきで撫でてくる。

「ちょっと僕たちの事を〝知って〟みない? ちょっと車に乗れば僕らが泊まってるホテルあるし」
「それは、ダメです」

 きっぱりと断ったが、双子は「おや?」というように眉を上げただけだ。

「そんなこと言わないでさ」

 クラウスが熱烈な目で見つめて、握った手を愛撫し、向かいからはアロイスもジッと見つめて香澄の足に足をトンとつけてきた。

(ううううう、うー!)

 どうしたらいいか分からず、心の中でうなり倒した香澄は、ほとほと困り果てて大きな溜め息をつく。

「まぁ、何はともあれ店出よっか。オープンな場所で迫るほど、余裕がない訳じゃないし」
「そーだね」

 香澄を困らせるだけ困らせて、双子は香澄がレモネードを飲み終わっているのを確認し、立ち上がった。





 店を出ると双子は時計を見て時刻を確認している。

「そろそろ奴が動くかな?」
「かもなー。もうちょっと距離稼ぐか」

 双子が言っている〝奴〟とは佑しかいない。

「あの……、いい加減解放してほしいんですが」
「すぐに戻したらつまんないじゃん」

(つまらないとかの問題なのか……)

 香澄は溜め息をつき、アロイスが運転手に向かって電話を掛けているのを聞き、次の行き先が新宿だと知った。

「食後の運動に歩くぐらいしますよ?」

 そう申し出ると「ダメー!」とクラウスがまた顎を掴んできた。

「にゅっ」

 また香澄の唇が、タコのように突き出る。

「あのね。女の子のヒールは、勿論スタイルを良く見せるため、オシャレのため、ダイエット目的のためとか色々ある。でもね、僕らの作った靴は芸術品だと思ってる。今履いてるのは、カスミっていうミューズを演出するための物。フットウェアは勿論、履くからには歩くための物だけど、僕らの靴は女の子がせっせこ歩くのを想定して作ってないの」
「はぁ……」

 香澄の中で靴が概念崩壊しそうになっている。

「考えてもみて? ピンクソールのジョルダン、分かるでしょ?」
「はい」

 香澄は佑が何足も買ってくれている、高級靴の数々を思いだす。

「あのヒールは、長距離移動とかビジネスに履く物だと思う?」
「お、思いません……」

 考えただけで足が痛くなる。

「アクティブ用のパンプスと、カスミがいま履いてるヒールは、使用用途が違うってコト。分かった?」
「は、はい……」
「そんで、女の子にヒール履かせておいて歩かせるなんてコト、僕らはしない。こういう時は、スマートに車で移動なの。勉強しといてね」

 最後にクラウスはウインクしたあと、チュッと香澄の頬にキスをしてきた。

「ふぎゃっ!」
「ちょっとー。せっかく可愛い格好してるんだから、色気のない声出さないでよもー」

 クラウスが唇を尖らせて文句を言うが、香澄は赤面して後ずさるのみだ。

――――――――――――――

 日数の少ない2月という月で、現在確定申告と戦い、さらに2月の初稿と改稿にも負われておりまして、数日を掛けて一話分を書く状態になっています。
 一年前ぐらいの毎日更新できていた頃とは色々状況が異なっていまして、楽しみにしてくださっている方々には申し訳ないのですが、ペースが落ちるのをご了承くださいませ。

 毎日、7時半から17時頃までフルタイムでお仕事原稿しまして(家事もしています)、夕食後は0時まで残業(バニーガールの更新や、別の事)という生活が一年中……ですので、残業タイムで疲れた頭で、色々抜けた内容になっていたり、以前に書いた内容、設定を忘れていたりなどもあるかと思います。
 諸々、ご容赦くださいませ。

 大変ですが、このお話を書くのはとても楽しいので、続けていきたいです。
 ゆっくりお付き合い頂けたらと思います。
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