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第四部・婚約 編
箱根観光
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「…………はぁ……」
香澄は大きな溜め息をつき、ごろりと横を向く。
「ん?」
「…………してしまった……」
同じ宿には彼の両親も祖父母も兄弟も従兄もいるのに……と、香澄は頭を抱えてうんうん唸る。
「いいじゃないか。別に聞こえる訳じゃないし」
「んー……。気持ちの問題……」
パタリ、とシーツの上に手を落とすと、佑が笑いながら横に寝そべり手を重ねてくる。
「抑えの効かない発情期でごめん」
「……年中発情期でしょ」
「返す言葉もないな」
佑が素になって言うので、おかしくなって香澄は噴き出す。
コロンと寝返りを打ち佑の方を向くと、香澄は浴衣ごしに佑の股間に手を這わせる。
「……したい?」
自分ばかり気持ち良くなって申し訳ないと思い尋ねるが、佑は無理強いをしない。
「乗り気でないなら、別に構わないよ」
「そうじゃないけど……」
佑になら年中愛されたい。
けれどやはり、同じ場所に彼の家族、親族がいる所で……と思うと、罪悪感が先立ってしまう。
「ん、分かった。ごめん」
佑はポンポンと香澄の頭を撫で、チュッと額にキスをしてきた。
「ありがとう。……家に帰ったら、サービスします」
コソッと囁くと、佑は嬉しそうに笑ってもう一度キスをした。
**
翌日は午前中から観光に出て、宿から早雲山(そううんざん)駅まで行き、ロープウェイに乗った。
山に添って上昇したあと、活火山の大涌谷(おおわくだに)でもうもうと煙が出ているのを見下ろし、その勇壮さに感動する。
ロープウェイの中には、火山の毒性ガスで具合が悪くなった人用の緊急キットも用意されていた。
乗り換え後は山並みの手前に芦ノ湖が光っている様子がずっと見えていて、次第に真っ青な湖面が大きく見えてくる。
ロープウェイでは各駅の間を八分ずつで、実に約二十五分ほどで芦ノ湖のある桃源台駅(とうげんだいえき)に着く。
空中散歩を終えて桃源台駅に着いたあと、車に乗って約十分少しで九頭龍神社に着き、背の高い杉の木に囲まれた参拝道を進み、階段を上がる。
「なかなかのシンリンヨクだね!」
双子はリードを離された大型犬のように、あちこちに走っていっては写真を撮り、きゃっきゃと騒いでいる。
「元気だなぁ……」
呆れと尊敬半分に呟くと、息を乱した澪が悪態をつく。
「遊ぶ事に関しては体力が無尽蔵なのよ」
参拝道はまっすぐのびているため、階段が果てしなく続いているように見えるが、思っているほどきつくなく登り切る事ができた。
境内には複数の神社があり、せっかくなのでくまなく五円玉を入れて拝んでいく。
アドラーをはじめクラウザー家の人と御劔家の人は、全員お賽銭に札を入れていた。
(わぁ……)
賽銭格差を感じつつも、香澄は心の中で「ご縁がありますように」願う。
また車で移動し、ランチはフレンチレストランで色とりどりで華やかなコースメニューを頂いた。
昼食後は途中にある仙石原すすき草原や、化粧品会社が営む美術館に寄って、夕方前に宿に戻った。
「ああ……クタクタ……」
出掛けている間、部屋は綺麗に片付けられている。
香澄は靴下を脱いだあと、バフッとベッドに身を投げ出した。
「お疲れ様」
佑はクスクス笑い、隣のベッドに腰掛けて端末でチャートを見始める。
「アロイスさんとクラウスさん、お元気だねぇ……」
双子は終始ハイテンションだった気がする。
佑より一つ年上らしいのに、あのはしゃぎようはティーンエイジャーと言っても通じる気がした。
「ドイツ人はまじめで勤勉っていうステレオタイプがあるけど、あいつらは特殊な方だろうな」
「日本人も色々タイプがいるしね……」
その時にチラッと健二の事を思い出してしまい、パッと思考を切り替える。
「これからエステ行くんだろ? マッサージ受けて、疲れを癒やしてきたら?」
アドラーが宿を取る際に、男性は整体、女性にはエステのコースも予約したらしい。
エステ専門の場所ではないので、エステティシャンの人数はそれほど多くない。
なので昨日から時間をずらして全員が施術を受けられるようにしていて、香澄の順番は二日目の夕方になっている。
「んー……」
腕時計を確認すると、時刻は十六時すぎ。予約は十六時半だ。
「行かねば」
呟いて、香澄は緩慢に起き上がった。
「終わった頃に夕食だから、私、直接行くね」
「分かった」
エステを受けるには浴衣の方が都合がいいだろうと思い、香澄は佑に背中を向けて着替え始める。
その後ろ姿を動画で撮影されていると知らず、香澄はしっかり下着を晒して着替えたあと、「行ってくるね」と貴重品を持って部屋を出た。
(綺麗な旅館だなぁ……)
本館に続く渡り廊下は、和製ステンドグラスと言っていい雰囲気を醸し出していて絵になる。
(写真撮ろっかな)
スマホを取りだしてパシャリと一枚撮影したあと、どうせなら佑と記念写真を撮りたかったなと思い直す。
(まだチャンスはあるか)
スタスタと歩いた先に、手にビールの缶を持った双子が現れた。
「あっ」
「あっ、カスミだ!」
「しかも浴衣じゃん!」
(しまった!)
タッ、と一歩引いた香澄を見て、双子はニヤァ……と面白いものを発見したように笑う。
(ううっ)
「あ、あの。これからエステなので、またあとでお話しましょうね」
ニッコリ笑って通り過ぎようとしたが、両側から腕を組まれ引き留められてしまった。
「まー待ってよ」
「そうそう。記念撮影でもしよっか」
クラウスがジーパンのポケットからスマホを取りだし、自撮りでパシャッと三人を撮影する。
(この軽率に写真を撮る感じ、芸人さんを思い出す……)
心の中でポソッと突っ込み、香澄はやんわりと二人の腕を振りほどく。
「ホントにあの、半からエステの予約が入っていますので」
「あー、そっか。旅行先だと予定が入っててダメだなー」
「そーな。ちょっと考え直すか」
双子は肩を組み合ってロビーの方へ向かい、香澄は胸を撫で下ろし慌ててエステがある大浴場の方へ向かう。
(何かあの感じ、今後も別プランで何かしてきそうだけど……。何の用なんだろ)
いまいち双子が何を望んでいるか分からず、香澄は心の中で何度も首を捻る。
大浴場は本館の上層階と地下にあり、エステは地下にある。
地下の大浴場は洞窟を模した暗く落ち着きのある場所らしく、その入り口にあるエステ空間はアジアン調に統一され、ヒーリングミュージックがかかっていた。
「あ、陽菜さん」
同じ時間に陽菜も予約が入っていたようで、通された空間に浴衣を着た彼女を見つけ、香澄は微笑む。
「張り切って歩いたので疲れちゃいましたね。お義祖父さまのお陰で癒やされます」
「はい」
(お義祖父さまって呼んでるんだ……)
確かに陽菜はもう結婚しているので、そう呼んでもおかしくない。
待ち合いテーブルで陽菜と向かい合わせに座り、施術師が木のボックスにアロマオイルを沢山入れて持ってきた。
「お好みの香りがありましたら、三つまでお選びください。一種類でも大丈夫ですよ」
「わぁ、何かワクワクしてきた」
香澄は陽菜と一緒に小瓶に貼られたラベルを頼りに、匂いを嗅いで好みの物を見つけていく。
やがて香澄はマンダリンとベルガモット、パチュリに決め、陽菜はラベンダーとイランイランを選んだ。
香澄は大きな溜め息をつき、ごろりと横を向く。
「ん?」
「…………してしまった……」
同じ宿には彼の両親も祖父母も兄弟も従兄もいるのに……と、香澄は頭を抱えてうんうん唸る。
「いいじゃないか。別に聞こえる訳じゃないし」
「んー……。気持ちの問題……」
パタリ、とシーツの上に手を落とすと、佑が笑いながら横に寝そべり手を重ねてくる。
「抑えの効かない発情期でごめん」
「……年中発情期でしょ」
「返す言葉もないな」
佑が素になって言うので、おかしくなって香澄は噴き出す。
コロンと寝返りを打ち佑の方を向くと、香澄は浴衣ごしに佑の股間に手を這わせる。
「……したい?」
自分ばかり気持ち良くなって申し訳ないと思い尋ねるが、佑は無理強いをしない。
「乗り気でないなら、別に構わないよ」
「そうじゃないけど……」
佑になら年中愛されたい。
けれどやはり、同じ場所に彼の家族、親族がいる所で……と思うと、罪悪感が先立ってしまう。
「ん、分かった。ごめん」
佑はポンポンと香澄の頭を撫で、チュッと額にキスをしてきた。
「ありがとう。……家に帰ったら、サービスします」
コソッと囁くと、佑は嬉しそうに笑ってもう一度キスをした。
**
翌日は午前中から観光に出て、宿から早雲山(そううんざん)駅まで行き、ロープウェイに乗った。
山に添って上昇したあと、活火山の大涌谷(おおわくだに)でもうもうと煙が出ているのを見下ろし、その勇壮さに感動する。
ロープウェイの中には、火山の毒性ガスで具合が悪くなった人用の緊急キットも用意されていた。
乗り換え後は山並みの手前に芦ノ湖が光っている様子がずっと見えていて、次第に真っ青な湖面が大きく見えてくる。
ロープウェイでは各駅の間を八分ずつで、実に約二十五分ほどで芦ノ湖のある桃源台駅(とうげんだいえき)に着く。
空中散歩を終えて桃源台駅に着いたあと、車に乗って約十分少しで九頭龍神社に着き、背の高い杉の木に囲まれた参拝道を進み、階段を上がる。
「なかなかのシンリンヨクだね!」
双子はリードを離された大型犬のように、あちこちに走っていっては写真を撮り、きゃっきゃと騒いでいる。
「元気だなぁ……」
呆れと尊敬半分に呟くと、息を乱した澪が悪態をつく。
「遊ぶ事に関しては体力が無尽蔵なのよ」
参拝道はまっすぐのびているため、階段が果てしなく続いているように見えるが、思っているほどきつくなく登り切る事ができた。
境内には複数の神社があり、せっかくなのでくまなく五円玉を入れて拝んでいく。
アドラーをはじめクラウザー家の人と御劔家の人は、全員お賽銭に札を入れていた。
(わぁ……)
賽銭格差を感じつつも、香澄は心の中で「ご縁がありますように」願う。
また車で移動し、ランチはフレンチレストランで色とりどりで華やかなコースメニューを頂いた。
昼食後は途中にある仙石原すすき草原や、化粧品会社が営む美術館に寄って、夕方前に宿に戻った。
「ああ……クタクタ……」
出掛けている間、部屋は綺麗に片付けられている。
香澄は靴下を脱いだあと、バフッとベッドに身を投げ出した。
「お疲れ様」
佑はクスクス笑い、隣のベッドに腰掛けて端末でチャートを見始める。
「アロイスさんとクラウスさん、お元気だねぇ……」
双子は終始ハイテンションだった気がする。
佑より一つ年上らしいのに、あのはしゃぎようはティーンエイジャーと言っても通じる気がした。
「ドイツ人はまじめで勤勉っていうステレオタイプがあるけど、あいつらは特殊な方だろうな」
「日本人も色々タイプがいるしね……」
その時にチラッと健二の事を思い出してしまい、パッと思考を切り替える。
「これからエステ行くんだろ? マッサージ受けて、疲れを癒やしてきたら?」
アドラーが宿を取る際に、男性は整体、女性にはエステのコースも予約したらしい。
エステ専門の場所ではないので、エステティシャンの人数はそれほど多くない。
なので昨日から時間をずらして全員が施術を受けられるようにしていて、香澄の順番は二日目の夕方になっている。
「んー……」
腕時計を確認すると、時刻は十六時すぎ。予約は十六時半だ。
「行かねば」
呟いて、香澄は緩慢に起き上がった。
「終わった頃に夕食だから、私、直接行くね」
「分かった」
エステを受けるには浴衣の方が都合がいいだろうと思い、香澄は佑に背中を向けて着替え始める。
その後ろ姿を動画で撮影されていると知らず、香澄はしっかり下着を晒して着替えたあと、「行ってくるね」と貴重品を持って部屋を出た。
(綺麗な旅館だなぁ……)
本館に続く渡り廊下は、和製ステンドグラスと言っていい雰囲気を醸し出していて絵になる。
(写真撮ろっかな)
スマホを取りだしてパシャリと一枚撮影したあと、どうせなら佑と記念写真を撮りたかったなと思い直す。
(まだチャンスはあるか)
スタスタと歩いた先に、手にビールの缶を持った双子が現れた。
「あっ」
「あっ、カスミだ!」
「しかも浴衣じゃん!」
(しまった!)
タッ、と一歩引いた香澄を見て、双子はニヤァ……と面白いものを発見したように笑う。
(ううっ)
「あ、あの。これからエステなので、またあとでお話しましょうね」
ニッコリ笑って通り過ぎようとしたが、両側から腕を組まれ引き留められてしまった。
「まー待ってよ」
「そうそう。記念撮影でもしよっか」
クラウスがジーパンのポケットからスマホを取りだし、自撮りでパシャッと三人を撮影する。
(この軽率に写真を撮る感じ、芸人さんを思い出す……)
心の中でポソッと突っ込み、香澄はやんわりと二人の腕を振りほどく。
「ホントにあの、半からエステの予約が入っていますので」
「あー、そっか。旅行先だと予定が入っててダメだなー」
「そーな。ちょっと考え直すか」
双子は肩を組み合ってロビーの方へ向かい、香澄は胸を撫で下ろし慌ててエステがある大浴場の方へ向かう。
(何かあの感じ、今後も別プランで何かしてきそうだけど……。何の用なんだろ)
いまいち双子が何を望んでいるか分からず、香澄は心の中で何度も首を捻る。
大浴場は本館の上層階と地下にあり、エステは地下にある。
地下の大浴場は洞窟を模した暗く落ち着きのある場所らしく、その入り口にあるエステ空間はアジアン調に統一され、ヒーリングミュージックがかかっていた。
「あ、陽菜さん」
同じ時間に陽菜も予約が入っていたようで、通された空間に浴衣を着た彼女を見つけ、香澄は微笑む。
「張り切って歩いたので疲れちゃいましたね。お義祖父さまのお陰で癒やされます」
「はい」
(お義祖父さまって呼んでるんだ……)
確かに陽菜はもう結婚しているので、そう呼んでもおかしくない。
待ち合いテーブルで陽菜と向かい合わせに座り、施術師が木のボックスにアロマオイルを沢山入れて持ってきた。
「お好みの香りがありましたら、三つまでお選びください。一種類でも大丈夫ですよ」
「わぁ、何かワクワクしてきた」
香澄は陽菜と一緒に小瓶に貼られたラベルを頼りに、匂いを嗅いで好みの物を見つけていく。
やがて香澄はマンダリンとベルガモット、パチュリに決め、陽菜はラベンダーとイランイランを選んだ。
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