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第四部・婚約 編

温泉の夜 ※

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 佑はカウンターに頬杖をつき、クラウスを見てにっこり笑う。

「喧嘩売ってんのか?」

 そう言った佑は香澄の肩を抱き、牽制する気満々だ。

「え、違うって。どれぐらい仲が進展してるのかな? って」
「ならそんな下品な言い方しなくても、他に聞きようがあるだろう。無駄に日本語話せる脳があるならもっと頭使え」

 辛辣な佑の言葉を聞き、香澄は震え上がる。

(ひええ。佑さんがこんなに怒りを表に出してるの、初めて見たかも……)

 中庭を眺望するカウンター席の向こう側は、スタッフが通れるようになっている。
 バーテンダーが先ほどオーダーした酒を運んできて、全員の前にコースターと共に置いた。

「んじゃ、乾杯」

 隣に座っているアロイスがグラスを掲げてきたので、香澄もファジーネーブルの入ったタンブラーを手にする。
 言われたので……という条件反射で右側にいるアロイスの方を見ていたが、左からヌッと佑の手が迫り、ハイボールグラスをくっつけてきた。

「ん、乾杯」
「はい」

 カチンと小さな音がしたあと、佑が頬にキスをしてくる。

「んっ?」

(人がいる前で!)

 驚いて目を見開いている間、右隣から双子が「Cheers!」とグラスを合わせてきた。

「えっ? えっ、と、ちあーっす」

 砕けた英語やドイツ語はまだまだ勉強中の香澄は、訳の分からないまま双子の言葉を復唱する。
 その途端、彼らが「ぶふぉんっ!」と噴き出した。

「えっ?」

 何か可笑しかったかと焦ると、やはり笑っている佑がトントンと背中を叩いてきた。

「香澄、それは運動部」
「あっ」

 発音がまずかったのだと察し、香澄はカーッと赤面する。

「い、今の、ドイツ語の『乾杯』? 使う頻度多そうだから、アクセントの練習しないと」

 照れ隠しに笑いつつファジーネーブルを飲むと、オレンジジュースも特別な物を使っているのかとても美味しい。

「いや、ドイツ語はProstだけど。双子がいま言ったのは、英語。乾杯の意味にも軽いお礼の時とか多用する言葉かな」
「あ、なんかそれ、映画で聞いた事あるかも」
「他にももっと格式張った言い方とか色々あるけど、まぁ、この二つを覚えておく程度でいいよ」
「うん」

 教えてもらった香澄は、脳内で佑が口にしたアクセントを反芻する。

「ねぇ、カスミ。フランスとイタリアでも通用する『乾杯』教えてあげようか」

 アロイス越しに身を乗り出したクラウスが、ニヤニヤ笑って話し掛けてくる。

「はい!」

 言葉を教えてもらえると嬉しくなった香澄は、頷いていい返事をした。

「フランス語だとTchin-tchin、イタリア語でもCin cin。はい、言ってみ?」

 クラウスがにんまり笑って、セクハラを仕掛けてくる。

「う……っ」

 赤面して言葉に詰まる香澄を、佑が助けてくれた。

「フランス語ではSante、イタリア語はSaluteでも通じるよ」
「あっ、サルーテは聞いた事ある。イタリアンバルとかの店名にあるよね」

 ホッとして佑に笑いかける香澄の隣で、双子がつまらなさそうに唇を突き出し親指を下に向けブーイングをしている。

「あ、カスミ。エストニアの『乾杯』教えてあげようか」
「え? あ、はい」

 嫌な予感がしつつも頷くと、アロイスがニッコリ笑って口にした。

「Terviseks(テレビセックス)」
「ん! んンっ!」

 ファジーネーブルを噴き出しそうになった香澄は、懸命に咳払いをする。

「お前らなぁ……。ガキか。小学生レベルだぞ」

 佑が呆れ声を出し、噎せている香澄の背中を撫でた。

「だってカスミ、面白いんだもん」
「そうそう。白いキャンバスっていうの? まっさらだから色々教えられるよね」
「人の恋人の事をそんな風に言うな。香澄に色々教えていいのは俺だけだから、勘違いしないように」
「へいへい。あいかーらずタスクは硬いね」
「そうそう。あんだけ水着の女の子がいるパーティーでもさ。……おっと、カスミがいるからやめとくか」

 わざとらしいフラグを作り、双子は水割りを飲む。

(……水着の女の子がいるパーティー……)

 引っかけだと分かっているのに、香澄の心の中でモヤッとしたものが広がっていく。

(いや、今の流れだと女の子のいるパーティーでも、ノリが悪かったとかそういう話だから……)

 双子の性格は大体分かってきたので、香澄もここで自分がノッては双子を喜ばせるだけだと自らに言い聞かせる。

「明日の観光、楽しみですね」

 話題をずらすと、双子はあからさまに「あれま」という顔をした。

「神社行くんだろ? この辺の散策がてら、いい散歩になりそうだ」
「ん、五円玉ないか確認しておかないと」

 昔から神社に詣でる時はお賽銭は五円と決めている香澄は、妙にこだわりを見せる。
 微笑み合う二人を、双子は興味深そうに観察していた。
 そのあとも双子がちょっかいを掛け、佑が守るという図式のまま時間が過く。

 やがて明日も予定があるので遅くまで酒を飲んでいられないという事で、佑と香澄は二杯目を飲み終わったあとに部屋に戻った。





「んー……、疲れた……かも」

 部屋で浴衣に着替えた香澄は、ベッドにバフッと倒れ込む。

(いい匂い……)

 顔も洗ったし歯も磨き、あとは寝るだけだ。

「香澄」
「んん?」

 佑に呼ばれ、香澄はごろりと仰向けになる。
 その姿をスマホでパシャシャシャシャシャ! と連写された。

「ちょっともぉ!」

 メイクしてばっちりキメた姿を撮られるならともかく、だらけきった姿を写真に収められるのは心臓に宜しくない。

「浴衣、色っぽい」
「んー、やだ! 恥ずかしい!」

 またうつ伏せになると、クスクス笑いながらベッドに座った佑が、ポンとお尻を叩いてきた。

「やだ」

 プリプリとお尻を振ると、面白がった佑がさらにポンポン叩き、挙げ句の果てに尻肉を掴んで揉み始めた。

「やだってばもう」

 香澄はとうとう笑い始め、それでも抵抗するために後ろに手をやって佑の手を掴んだ。

「もぉ……」

 体を横臥させ、香澄は佑を軽く睨む。
 そんな彼女の頬に、佑はチュッとキスをしてきた。

「疲れたよな。うちの家族に合わせてくれてありがとう」
「ううん? 結婚したら親戚になるんだし、いい関係を築いていきたい」
「ありがとう。香澄のご親戚と上手くやれるよう、俺も努力する」
「んふ、ありがとう」

 しばらく佑は香澄の髪を撫でていたが、やがて隣に寝転んでのしっと片脚を香澄の体に掛けてきた。

「ん……。駄目だよ。明日、観光あるんだから」
「分かってる。触るだけ」

 甘い声で言い、佑は香澄の背中やお尻を、今度はそれと分かる色っぽい手つきで撫でてくる。

「んン……、駄目だったら」
「気分だけ」

 佑は後ろから香澄に覆い被さり、腰を押しつけてきた。

「んぅ……、もぉ……」

 ズリ、ズリ、とお尻に腰を擦りつけられると、浴衣の薄い布地越しに佑の股間がどんどん硬く強張っていくのが分かる。

(恥ずかし……)

 苦しくないよう横を向いた香澄の呼吸は、いつの間にか切なげなものに変わっていた。
 佑の手がぱふ、と香澄の胸を包み、揉んでくる。

「こらぁ。お触り禁止ですよ」
「だから触るだけ」
「んんん……」

 思わずうなるものの、果たして「触るだけ」はどこまでを指すのかという可能性の問題に気づき、ハッとなる。
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