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第三部・元彼 編
御劔家と食事3
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「とても素敵な服やバッグのあるブランドですよね? バッグはACロゴのモノグラムとかが有名で……」
コクコクと頷くと、ワインをクーッと飲んだ澪が正解を与える。
「そこのデザイナー兼、企業の責任者が私たちの従兄弟で、アロイスとクラウスっていうの。双子で顔も同じで、やる事も同じだから、いつもワンセットでアロクラって呼んでるわ。で、ふざけた事にブランド名まで同じ」
「はぁ……! 従兄弟……」
佑のCEPもそうだが、パリコレなどに出るブランドに血縁者がいると聞き、香澄はさすがだと感嘆する。
「で、そのアロクラさんが何か問題あるんですか?」
香澄が尋ねたとき、魚料理が運ばれてくる。
旬のヒラメを、皮はカリッと、身はふんわりと焼き上げた物だ。
器にはクリームソースがあり、ほうれん草が浮かんでいる。
カトラリーはスプーンを使うようで、ナイフではなくてもスッと身が切れる柔らかさに感動した。
香澄の問いに、全員が一瞬黙り込んだ。
内心で「?」を浮かべている香澄に、佑が説明する。
「良くも悪くも自由人なんだ。自己中心的というか。自分たちが楽しければ周りがどれだけ迷惑に思っていても構わないタイプだ」
「それは……」
香澄が苦笑いを浮かべた時、澪が口を挟む。
「そんな空気を読まない男たちでも、顔が良くてお金を持ってれば女は寄ってくるんだよね。根っからのパリピだし、周りにいる女も同族だし、似た者同士なんじゃない? 仕事はまじめにやってるようだけど」
「そう……なんですか」
「香澄さんみたいな、ボーッとしてる人なら、あっという間にあの二人の餌食になりそう。だから佑は心配してるんじゃない?」
チラッと佑を見ると、「そうなんだ」という顔で頷く。
「……き、気を付けます」
ギャルソンが水を注ぎに来たタイミングで、アルコール組が赤ワインを頼む。
「まぁ、そのうち会う事になるんじゃない? あと一か月少ししたら桜の季節だし、あの人たち日本大好きだから、花見に絶対に来るわよ」
アンネが言い、香澄は思っていたよりも早い邂逅の予感にゴクリと喉を鳴らす。
「俺がついているから大丈夫だよ」
佑がポンと肩を叩いてき、香澄は頷く。
(日本語ペラペラとはいえ、やっぱりあちらのお国の言葉で挨拶ぐらいできたほうがいいよね)
うーん、と考えている間、赤ワインを頼んだ者たちのもとに新しいワイングラスが置かれ、ワインが注がれていく。
それが終わってほどなくして、メインの肉料理が運ばれてきた。
食事の最初にメニューの説明があったが、その時に牛フィレ肉のステーキか、鹿肉かが選べた。
香澄は鹿肉を食べた事がなかったので相当迷ったが、半分ほどの人が平然として頼んでいたので、好奇心で自分も頼んだ。
(おお、見た目ラムチョップみたい)
運ばれてきた肉は骨付きで、脇にマッシュポテトが添えられていて、上にハーブ、肉の下にはキノコがあった。
「どう? 初ジビエ」
佑が尋ねてきて答えようとした時、アンネが口を挟んできた。
「あら、香澄さんジビエ初めてなの?」
「は、はい」
いけなかったのかと思い焦って頷くと、彼女は意味深に微笑んだ。
「札幌のフレンチなら、ヒグマも出すじゃない。冒険しないと損よ」
「……ヒグマ……」
札幌に住んでいた身としては、隣り合わせの危険である害獣の名前が出て、香澄は戦慄する。
(そっか……。鹿とかもだけど、害獣として駆除するのに無駄に命を奪うだけじゃなく、美味しくいただく事も考えてるんだ)
情報番組では、若くして猟師の道を選んだ人の特集や、鹿や熊などを撃ったあとにいかに肉を無駄にしないかという内容を放送していた。
(特別な所に取り寄せをお願いしないと食べられない物かと思っていたけど、高級店にも需要があるんだなぁ……)
なるほど、と思って香澄は鹿肉にナイフを入れる。
「これから機会があったら、色んな物にチャレンジしてみようと思います」
「いい心がけだわ。キャビアやトリュフ、フォアグラとかは?」
アンネも美しいカトラリーさばきで鹿肉を切り分ける。
「佑さんとお付き合いをして、時々食べさせてもらっていますが、日頃親しんでいる訳ではありません」
「ウィンタートリュフはもうそろそろ旬が終わるわね。六月頃になったらサマートリュフの旬だけど、これはあまり香りを楽しめないわ。香りのいい白トリュフは十月から十二月が旬だから、秋になったらフレンチに招待するわ」
挑戦的に言われ、可愛がられているのか試されているのか分からない。
それでも気に入られるチャンスだと思い、香澄は元気よく頷いた。
「はい! 宜しくお願いいたします!」
思いの外ストレートな返事があったからか、アンネはフォークとナイフを止めてまじまじと香澄を見てくる。
「?」
香澄は笑顔を返しつつ、彼女の意図が分からず内心混乱する。
が、鹿肉を口に入れて咀嚼し、脂身のないスッキリとした肉質と、濃い目のソースに負けないコクに「うん!」と頷いた。
「美味しいですね! ジビエ!」
(料理の話についていったら、喜んでくれるのかな)
そう思っての感想だったが、アンネは「…………そうね」とうめくように言って自分も肉を口に運んだ。
その様子を残る家族たちが、笑いを噛み殺して見ている。
「?」
モグモグと肉を噛みながら、何かおかしい事を言ったかと不安になっていると、翔が説明してくれた。
「母さん、自分が普段行く高級フレンチでマウント取ろうとしたけど、香澄ちゃんが物怖じしないから、ガクッとしたんだよ。いやぁ、大物だね! 俺、好きだよ。そういう大らかな性格」
「え、あ。……ど、どうも……」
まさかマウントを取られていたとは思わず、香澄は自分の対応が失敗だったかとチラリとアンネを見る。
が、彼女は済ました顔でカトラリーを動かしているのみだ。
(でも、本当に陽菜さんが言っていた通り、悪い人じゃなさそう。気難しそうではあるけど、性格だからっていうのもあるだろうし)
世の中、悪い人ではなくても誤解を生みやすい人はいある。
富裕層な佑の家族とて、すべてが完璧な訳ではない。
(でも陽菜さんは上手くやっていそうだし、私もきっと……)
メインを食べ終わったあとは、プレ・デセールにソルベが出た。
料理も美味しいが、甘い物も大好きだ。
ニコニコしながらスプーンを動かしていると、向かいに座っている律がしみじみと言う。
「香澄さんって一見普通の女性のように見えて、意外と肝が据わっているタイプなのかもしれないね」
「えっ? そうですか? ふ、普通……だと思いますけど」
うろたえた時、それまでずっと黙っていた衛がニッコリ笑った。
「〝普通〟というのが一番強いんだよ。安心していいよ」
御劔家の家族の中で、もっとも『ザ・普通』という衛が言うと、説得力がある。
(確かに、この凄い家族の中で唯一〝普通〟の座を守り続けているお義父さんが言うと、なんだか凄みがある……)
御劔家の夫婦は、一見アンネがすべてを仕切っているように見える。
だが澪が先ほど「一目惚れ」と言ったように、アンネが衛に惚れているからこそ、色々なバランスが絶妙にとれているのだろう。
不意に、アンネがヒートアップしすぎた時に、衛が鶴の一言を口にし、彼女がシュン……としてしまうシーンもあるのかな? と想像し、一気にアンネに親近感を抱いた。
香澄がニマニマしているのを、アンネがジロリと睨んでいたのを彼女は気付いていない。
やがて出されたデセールは、バニラアイスに旬のイチゴをカットしてのせ、ストロベリーソースをかけた物だ。
アイスクリームには季節を先取り、桜の形をしたパイが添えられている。
(可愛い……)
本当は先ほどから写真を撮りたい気持ちで一杯なのだが、誰一人としてスマホすらテーブルに出していないので、ずっと我慢している。
(こういう食事をするのも当たり前で、食事中にスマホを弄るのもマナー違反って思ってるのかな)
意識から違うと思い、自分も気を付けないとと思う。
(佑さんも、不必要にスマホに貼り付いてないよね。投資するのにニュースとかチャートとかはよく見てるみたいだけど)
そう考えると、この中で自分が一番俗っぽいように思えて恥ずかしくなる。
濃厚なバニラアイスを味わいつつ、香澄は今日の食事会が無事に終わりそうな事に内心安堵していた。
コクコクと頷くと、ワインをクーッと飲んだ澪が正解を与える。
「そこのデザイナー兼、企業の責任者が私たちの従兄弟で、アロイスとクラウスっていうの。双子で顔も同じで、やる事も同じだから、いつもワンセットでアロクラって呼んでるわ。で、ふざけた事にブランド名まで同じ」
「はぁ……! 従兄弟……」
佑のCEPもそうだが、パリコレなどに出るブランドに血縁者がいると聞き、香澄はさすがだと感嘆する。
「で、そのアロクラさんが何か問題あるんですか?」
香澄が尋ねたとき、魚料理が運ばれてくる。
旬のヒラメを、皮はカリッと、身はふんわりと焼き上げた物だ。
器にはクリームソースがあり、ほうれん草が浮かんでいる。
カトラリーはスプーンを使うようで、ナイフではなくてもスッと身が切れる柔らかさに感動した。
香澄の問いに、全員が一瞬黙り込んだ。
内心で「?」を浮かべている香澄に、佑が説明する。
「良くも悪くも自由人なんだ。自己中心的というか。自分たちが楽しければ周りがどれだけ迷惑に思っていても構わないタイプだ」
「それは……」
香澄が苦笑いを浮かべた時、澪が口を挟む。
「そんな空気を読まない男たちでも、顔が良くてお金を持ってれば女は寄ってくるんだよね。根っからのパリピだし、周りにいる女も同族だし、似た者同士なんじゃない? 仕事はまじめにやってるようだけど」
「そう……なんですか」
「香澄さんみたいな、ボーッとしてる人なら、あっという間にあの二人の餌食になりそう。だから佑は心配してるんじゃない?」
チラッと佑を見ると、「そうなんだ」という顔で頷く。
「……き、気を付けます」
ギャルソンが水を注ぎに来たタイミングで、アルコール組が赤ワインを頼む。
「まぁ、そのうち会う事になるんじゃない? あと一か月少ししたら桜の季節だし、あの人たち日本大好きだから、花見に絶対に来るわよ」
アンネが言い、香澄は思っていたよりも早い邂逅の予感にゴクリと喉を鳴らす。
「俺がついているから大丈夫だよ」
佑がポンと肩を叩いてき、香澄は頷く。
(日本語ペラペラとはいえ、やっぱりあちらのお国の言葉で挨拶ぐらいできたほうがいいよね)
うーん、と考えている間、赤ワインを頼んだ者たちのもとに新しいワイングラスが置かれ、ワインが注がれていく。
それが終わってほどなくして、メインの肉料理が運ばれてきた。
食事の最初にメニューの説明があったが、その時に牛フィレ肉のステーキか、鹿肉かが選べた。
香澄は鹿肉を食べた事がなかったので相当迷ったが、半分ほどの人が平然として頼んでいたので、好奇心で自分も頼んだ。
(おお、見た目ラムチョップみたい)
運ばれてきた肉は骨付きで、脇にマッシュポテトが添えられていて、上にハーブ、肉の下にはキノコがあった。
「どう? 初ジビエ」
佑が尋ねてきて答えようとした時、アンネが口を挟んできた。
「あら、香澄さんジビエ初めてなの?」
「は、はい」
いけなかったのかと思い焦って頷くと、彼女は意味深に微笑んだ。
「札幌のフレンチなら、ヒグマも出すじゃない。冒険しないと損よ」
「……ヒグマ……」
札幌に住んでいた身としては、隣り合わせの危険である害獣の名前が出て、香澄は戦慄する。
(そっか……。鹿とかもだけど、害獣として駆除するのに無駄に命を奪うだけじゃなく、美味しくいただく事も考えてるんだ)
情報番組では、若くして猟師の道を選んだ人の特集や、鹿や熊などを撃ったあとにいかに肉を無駄にしないかという内容を放送していた。
(特別な所に取り寄せをお願いしないと食べられない物かと思っていたけど、高級店にも需要があるんだなぁ……)
なるほど、と思って香澄は鹿肉にナイフを入れる。
「これから機会があったら、色んな物にチャレンジしてみようと思います」
「いい心がけだわ。キャビアやトリュフ、フォアグラとかは?」
アンネも美しいカトラリーさばきで鹿肉を切り分ける。
「佑さんとお付き合いをして、時々食べさせてもらっていますが、日頃親しんでいる訳ではありません」
「ウィンタートリュフはもうそろそろ旬が終わるわね。六月頃になったらサマートリュフの旬だけど、これはあまり香りを楽しめないわ。香りのいい白トリュフは十月から十二月が旬だから、秋になったらフレンチに招待するわ」
挑戦的に言われ、可愛がられているのか試されているのか分からない。
それでも気に入られるチャンスだと思い、香澄は元気よく頷いた。
「はい! 宜しくお願いいたします!」
思いの外ストレートな返事があったからか、アンネはフォークとナイフを止めてまじまじと香澄を見てくる。
「?」
香澄は笑顔を返しつつ、彼女の意図が分からず内心混乱する。
が、鹿肉を口に入れて咀嚼し、脂身のないスッキリとした肉質と、濃い目のソースに負けないコクに「うん!」と頷いた。
「美味しいですね! ジビエ!」
(料理の話についていったら、喜んでくれるのかな)
そう思っての感想だったが、アンネは「…………そうね」とうめくように言って自分も肉を口に運んだ。
その様子を残る家族たちが、笑いを噛み殺して見ている。
「?」
モグモグと肉を噛みながら、何かおかしい事を言ったかと不安になっていると、翔が説明してくれた。
「母さん、自分が普段行く高級フレンチでマウント取ろうとしたけど、香澄ちゃんが物怖じしないから、ガクッとしたんだよ。いやぁ、大物だね! 俺、好きだよ。そういう大らかな性格」
「え、あ。……ど、どうも……」
まさかマウントを取られていたとは思わず、香澄は自分の対応が失敗だったかとチラリとアンネを見る。
が、彼女は済ました顔でカトラリーを動かしているのみだ。
(でも、本当に陽菜さんが言っていた通り、悪い人じゃなさそう。気難しそうではあるけど、性格だからっていうのもあるだろうし)
世の中、悪い人ではなくても誤解を生みやすい人はいある。
富裕層な佑の家族とて、すべてが完璧な訳ではない。
(でも陽菜さんは上手くやっていそうだし、私もきっと……)
メインを食べ終わったあとは、プレ・デセールにソルベが出た。
料理も美味しいが、甘い物も大好きだ。
ニコニコしながらスプーンを動かしていると、向かいに座っている律がしみじみと言う。
「香澄さんって一見普通の女性のように見えて、意外と肝が据わっているタイプなのかもしれないね」
「えっ? そうですか? ふ、普通……だと思いますけど」
うろたえた時、それまでずっと黙っていた衛がニッコリ笑った。
「〝普通〟というのが一番強いんだよ。安心していいよ」
御劔家の家族の中で、もっとも『ザ・普通』という衛が言うと、説得力がある。
(確かに、この凄い家族の中で唯一〝普通〟の座を守り続けているお義父さんが言うと、なんだか凄みがある……)
御劔家の夫婦は、一見アンネがすべてを仕切っているように見える。
だが澪が先ほど「一目惚れ」と言ったように、アンネが衛に惚れているからこそ、色々なバランスが絶妙にとれているのだろう。
不意に、アンネがヒートアップしすぎた時に、衛が鶴の一言を口にし、彼女がシュン……としてしまうシーンもあるのかな? と想像し、一気にアンネに親近感を抱いた。
香澄がニマニマしているのを、アンネがジロリと睨んでいたのを彼女は気付いていない。
やがて出されたデセールは、バニラアイスに旬のイチゴをカットしてのせ、ストロベリーソースをかけた物だ。
アイスクリームには季節を先取り、桜の形をしたパイが添えられている。
(可愛い……)
本当は先ほどから写真を撮りたい気持ちで一杯なのだが、誰一人としてスマホすらテーブルに出していないので、ずっと我慢している。
(こういう食事をするのも当たり前で、食事中にスマホを弄るのもマナー違反って思ってるのかな)
意識から違うと思い、自分も気を付けないとと思う。
(佑さんも、不必要にスマホに貼り付いてないよね。投資するのにニュースとかチャートとかはよく見てるみたいだけど)
そう考えると、この中で自分が一番俗っぽいように思えて恥ずかしくなる。
濃厚なバニラアイスを味わいつつ、香澄は今日の食事会が無事に終わりそうな事に内心安堵していた。
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