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第三部・元彼 編

御劔家と食事1

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 午前中はゆっくりさせてもらい、十一時になってから身支度を始めた。

「清楚系のがいいよね」
「俺がアパレルやっているからか、家族も服装には寛大なタイプだと思うけどね。まぁ、第一印象は大事だし、無難にいった方がいいか」

 そう言って佑は今回ばかりは助け船を出してくれ、レースを用いたブラックドレスを選んでくれた。
 合わせるアクセサリーも選んでくれ、香澄は素直に身につける。
 佑はダークスーツを身に纏い、洗面所で軽く髪をセットした。

(……格好いいなぁ……)

 高級時計を幾つもコレクションしたケースを覗き、何を付けるか吟味している佑を覗き、香澄はついスマホで写真を撮りたくなる衝動に駆られる。
 佑はミッドナイトブルーのベルトの時計を腕に付け、顔を上げて「ん?」と香澄に気づいた。

「どうした?」
「う、ううん?」
「あなたが素敵で見とれていました」など言えず、香澄は赤面したのを誤魔化すように笑う。
「髪型、これでいい? ちょっとお嬢様っぽくない?」

 はじめ、髪はアップにしようと思っていたのだが、大人しめな印象のために下ろすのも捨てがたい……と思い、結局間を取ってハーフアップにした。
 髪を結んだ所に佑がくれたシンプルなバレッタをつけて、自分としては品よく纏めたつもりだ。

「いいんじゃないか? 可愛いよ」
「えへへ、ありがと」

 身支度を整え外に出ると、小金井が既に玄関前に車をまわしていた。

「さて、行こうか」

 車が発進し、庭にあるロータリーを回って門から出た。

**

 車は西麻布まで向かい、雰囲気のある石造り風の外観のレストランに入った。

 チラッと時計を確認すると十二時十五分だ。
 予約は十二時半らしいので、十分な時間だろう。

 中に入ると間接照明に照らされた廊下が続き、途中にはシェフが取った賞などが額に入れられ飾られている。
 突き当たりのウォールニッチには、スポットライトに照らされた和モダンな生け花が置かれていて、客を歓迎してくれていた。
 その上の壁には立体デザインで店名があり、雰囲気からして高級感がある。
 L字の通路を進んだ奥にはクロークがあり、コートを預けてウェイティングスペースでしばし座った。

(緊張してきた……)

「待つっていう事は、一番乗りみたいだな」

 佑はのんびりとしていて、自分の緊張感と取り替えてほしいほどだ。

 やがて個室に通された二人は、上座と下座に佑の両親が座るとして、テーブルの長い辺に三人用にセットされている席に腰掛けた。
 向かいにも三人分の席があり、聞いていた御劔家の家族の他、もう一人いそうだ。
 ドリンクメニューを渡されて見ている間、おしぼりが出される。

 やがて「こちらでございます」と声がして、個室のドアが開いた。

(あっ!)

 香澄は思わず、バッと立ち上がった。

(すっ…………ご!)

 先頭で入ってきたのは、佑の母親だろう。
 身長は百七十センチメートル以上あり、三十五歳の長男がいると思えないほどの美魔女で、モデルと言っても通用しそうだ。
 黒いシンプルなタイトワンピースを着ていて、ヴェルヴェット調の質感が上品だ。
 首元には大きなダイヤモンドのついたネックレスがあり、耳元にも重たげなジュエリーがついている。
 髪はロングヘアで、毛先に向かうほど金髪になるグラデーションカラーに、さらにハイライトが入っている。
 それをきちんんと纏め髪にしているので、髪の色が際立ちより美しく見える。
 顔立ちは強気そうな美人で、目はブルーグレーだ。
 まさに迫力美人という様子の彼女に圧倒されている間、身長の高い温厚そうな父親が彼女の隣に立つ。

「父の衛と、母のアンネだ」

 いつの間にか隣で立っていた佑が紹介すると、二人は「初めまして」と挨拶をしてから上座と下座につく。

 続く三人は佑の兄弟で、うち一人は先日会った澪だ。
 こうして見ると彼女も高身長家族に産まれただけあり、改めてモデル体型だと分かる。
 澪は仕事があるからかアンネほど髪色は派手ではないが、美しいロングだけでもヘアモデルとしての仕事がありそうに思えた。
 澪も食事があるからか、ロングヘアをポニーテールに纏めていた。
 今日の澪は目も覚めるようなロイヤルブルーのレースのチュニックに、黒いスキニーを合わせ、真っ赤なハイヒールがアクセントになっている。
 細い首にはチョーカーが巻かれ、魅惑的な鎖骨の上でダイヤモンドが揺れていた。

「香澄さん、ちょっとぶり」

 澪がヒラヒラと手を振り、香澄は「どうも」と会釈をする。

「澪……は面識あるよな。そっちが兄の律と、奥さんの陽菜(ひな)さん」

 律と言われた男性は、佑ほど身長があり、彼をもっと落ち着かせたような雰囲気だ。
 佑が落ち着いていないという訳ではなく、既婚者と年上という要素もあり、貫禄がある。
 もう一人の次男も合わせ、三人とも長身で体型も鍛えているところは共通している。

「初めまして、香澄さん」

 律は感じよく微笑み、その隣で陽菜もにっこり笑って会釈をしてくれた。
 律は佑と似て全体的に普通の日本人より色素が薄いが、目の色は明るい茶色だ。
 彼はチャコールグレーの三つ揃えのスーツに、ネイビーのネクタイを締めている。
 髪型は刈り上げを用いたスッキリしたショートで、清潔感のある経営者という雰囲気があった。

 陽菜は温厚そうな顔立ちの、可愛らしい女性だ。
 年齢は香澄と同じくらいか、少し年上ほどに見える。
 身長の高い律の隣に立っていると、頭が彼の肩ほどしかないが、彼女が特別小柄というより、律が大柄なのだろう。
 陽菜はスカート部分がボックスプリーツになっている、ライトグレーのワンピースを着ていた。
 髪は柔らかな印象の栗色を緩く巻き、纏め髪にしている。

「で、次男の翔」
「こんにちは!」

 翔はネイビーの細身のスーツに、ライトグレーのドットネクタイを締めていた。
 髪型はセンターパートで、くっきりとした顔立ちも相まってセクシーさがある。
 律と佑に比べ、彼が年下でまだ自由に暮らしているのが、何となく想像できる気がした。
 全員と挨拶をし終わって飲み物をオーダーしたあと、初めに口を開いたのはやはりというか、翔だった。

「香澄ちゃん、思ってたのと感じが違うね」
「えっ?」

〝違う〟と言われ、当てが外れたとガッカリされたのかと思い、香澄は焦る。

「翔」

 佑がすぐに注意すると、彼はヒラヒラと手を振る。

「いや、ごめん。変な意味じゃなくて。想像してた、兄貴の彼女とは属性が違ってたっていうか。変な話、兄貴は半分芸能人みたいなもんだから、もっとこなれた感じの女性だと思ってたんだ」
「……だから、翔」

〝こなれた感じ〟という所も引っかかったのか、佑がもう一度弟の名を呼ぶ。

「ごめんって。別に香澄ちゃんに悪意は持ってないよ。逆に、いい家庭を築けそうな子で良かったんじゃない? って言いたかった訳」
「ありがとうございます」

 香澄は笑顔で礼を言い、隣に座っている佑に「大丈夫だよ」という意味を込めて、彼の足にトン、と足をつける。

「香澄さんは札幌出身なんですって?」

 それまで黙っていたアンネが口を開き、香澄は緊張してピッと背筋を伸ばす。

「はい」

 目の色が普通の日本人と違うので、御劔家の人々とまっすぐ目を合わせるのは少し緊張する。
 それでも海外の人は目を合わせて話すのが常識で、目を逸らしたら失礼だと聞いている。
 日本に住んで長いアンネがどういう感覚を持っているかは分からないが、見た目や性格からして、様々な事に関してストレートな人の気がした。
 だから意識的に目を合わせる。

「佑は時々札幌出張に行くようだけど、そんな中、札幌で出会ったっていうのも随分な確率ね」
「お陰様で、大変な良縁だと思っています」

 ペコリと頭を下げた時、飲み物が運ばれてきた。
 御劔家は酒に強い体質だからか、普通にシャンパンなどを頼んでいる人が多かった。
 香澄はラズベリージュースを頼み、衛はワインのようにボトルで注がれたお茶、陽菜はノンアルコールの赤ワインだ。

「ひとまず、乾杯しよう。香澄に」

 佑がシャンパンの入ったグラスを掲げ、全員が続く。
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