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第三部・元彼 編
制裁
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「み……、御劔さんだって、香澄に迫ったんじゃないですか? 香澄はつい最近まで札幌にいたそうですね? それをあなたが強引に東京に連れて来たんじゃないですか? 身勝手なのはあなたも一緒でしょう」
自分ばかり責められるのは納得いかないと、健二が反撃する。
「否定はしません。多少、強引な手を使いました」
サラリと肯定すると、健二は一瞬勝ち誇った顔をし、何か言いかけた。
が、その前に佑は彼に質問する。
「それが何かあなたに関係がありますか?」
「……え?」
開き直られると思っていなかったのか、健二はポカンとした表情になる。
「香澄はフリーでした。彼女を口説いて自分の側に置きたいと思うのに、あなたの許可でも必要なんですか?」
「……い、いや……。でも、やってる事は五十歩百歩だと言っているんです」
なおも食いついてくる健二に、佑はうっすらと笑って目を細める。
「私は彼女と結婚したいと思っています。私はあなたよりずっと香澄を深く愛し、一生面倒を見て、セックスをするにも責任を持ちたいと思っています。何なら、香澄が仕事をしなくても衣食住すべてを満たす事もできます」
マウントを取られ、健二は目の下を引き攣らせる。
「結婚する覚悟のある男なら、彼女を新居がある土地に連れて行っても問題ないと思いませんか? 勿論、香澄が望むならいつでもプライベートジェットで札幌に向かわせ、好きなように家族や友人に合わせる甲斐性を持ち合わせています。それのどこに、責められる要因があるのでしょう?」
そのすべてを「お前にはできないだろう」と言葉の裏で言われ、健二は歯ぎしりをした。
(成金の嫌な奴だな! 本性が出た!)
佑に何もかも敵わないからこそ、健二は唯一勝てる部分で彼にマウントを取ろうとした。
「俺のお古でいいなら、どうぞ幸せにしてやってください。俺はもう、あんな芋臭い女に興味を持っていませんから」
男にとって最も屈辱的であろう言葉を吐き、健二はしてやったと言わんばかりに笑う。
――が、佑はフワッと微笑んでみせた。
「原西さんは残念な人ですね。いわゆる処女厨ですか? 女性の価値は処女にあると、本気で思っているタイプですか? それだと結婚は遠いですね。結婚は愛し合った女性を伴侶としてずっと共に生きていきます。人間に対して『飽きた』など簡単に言えるようでは、当分結婚はできないのでは……と思います。ご愁傷様です」
鼻白む健二の前で、佑は笑みを深める。
「加えて、香澄の魅力は私だけが知っていればいいと思っています。あなたが知らない香澄の長所や魅力を、私は沢山知っています。香澄を痛めつける事しかできないあなたには、一生知る事がない美点です。たとえば、あなたとキスやセックスをしても一度も『気持ちいい』と思わなかったのに、私の前でだけはとても可愛い反応を見せる……など」
「~~~~っ!」
佑は悠然と笑い、さらに追い打ちを掛けた。
「知っていますか? ダイヤモンドの原石は、くすんだ色をした石ころです。それを一流の技術を持つ研磨師が磨くからこそ、価値のある美しい宝石になるのです。私にはその技術がある。あなたには、どんな女性を相手にしても恐らくない。その差です」
「…………っ!」
(こいつ!!)
喧嘩を売られ、健二は両手をテーブルについて立ち上がった。
佑は座ったまま、挑発に乗った健二を見て微笑んでいる。
「……不愉快です。帰らせて頂きます」
「――ああ」
立ち上がってクローゼットからコートを出した健二に、座ったままの佑が声を掛けてきた。
「……いま『AKAGI』ではフローリストとコラボした、ウェア開発が進んでいるのですよね」
「な……っ」
それはまだ公開されていないプロジェクトで、健二は思わず真顔で佑を見た。
「『AKAGI』の副社長と私は、友人です。絶対に口外しないという約束で、私的な時間に会い、仕事について話す事もあります」
「…………」
(まさか繋がりがあるのかよ! それで副社長から圧を掛けて脅すってか?)
脳裏に浮かんだ『AKAGI』の副社長は、佑よりやや年上で社長の息子だ。
確かに会社は近くにあるが、まさか上層部が繋がっているとは思わなかった。
「……副社長を通して、俺にパワハラを掛けるつもりですか?」
低い声で尋ねた健二に、佑は「とんでもない」と微笑む。
「私はホワイト企業として連続受賞している、Chief Everyの社長ですよ? そんな真似をする訳がありません。……あ、原西さんは我が社の社員ではありませんけどね」
(性格悪ぃ!)
最後に明るくつけ加えられ、健二は顔を引き攣らせる。
「……私が言いたいのは、下手な行動をしない方が身のためですよ、という事です」
「……な、何ですか」
その他と言えばまったく身に覚えがなく、健二は身構える。
佑は目を細めて眉間に皺を寄せ、哀れなものを見る目で笑った。
「打ち合わせのために来たモデルを、レイプしたそうですね?」
「な……っ、してません!」
不意打ちを食らい、健二は怒鳴った。
(馬鹿な……! あれがバレる訳ないだろ!? しかもレイプって何だよ!)
確かに佑の言う通り、『AKAGI』で進行しているプロジェクトに起用するモデルと仲良くはなった。
だがそれは、相手から声を掛けられたからだ。
撮影を見学して部署に戻ろうとした時、一緒にいた先輩が他の部署の上司に話し掛けられ、健二は先輩を待っていた。
立っていると、モデルが話し掛けてきたのだ。
『こんにちはー。さっきから、格好いいなって思ってたんです。良かったら連絡先交換しません?』
サラッと、ごく当たり前のように言われたので、健二は断る理由もなく応じた。
そのあと、彼女から本当に食事に行こうと誘われて、イタリアンをご馳走した。
そしてモデルから誘われて、一度だけホテルに行った。
しかもそれはつい最近の事なので、会社や他の誰かに知られているはずもなかった。
「モデルの名前は、秋葉(あきは)さんで間違いありませんね?」
ずばり本人の名前が出たが、健二は必死に唇を引き結んだ。
「秋葉さんは、Chief Everyとも契約しているモデルです。私も、他のモデルや重役を含めて、何度か食事会をした事があります。そして責任者として、万が一何かがあった場合、モデルたちの相談に乗る事もあります。私はCEPで直接モデルたちとやり取りしていますから」
言われた言葉を理解するよりも、知らない間に自分がどんどん不利に立たされている事に健二は震えていた。
「秋葉さんから先日、私に相談の連絡がありました。『AKAGIの社員、原西健二にレイプされて死のうかと思っているが、その前に相談したい』……と」
「嘘だ!!」
今度こそ、健二は大きな声を上げた。
「秋葉をレイプなんてしていない! 向こうから誘ってきたんだ! ヤッてる時だって凄い喜んでたし、俺はレイプなんてしていない!」
「ところが……」
トン、とスマホを指でタップし、佑はコネクターナウの画面を見せてくる。
身を屈めて画面を見ると、見覚えのあるアイコンに秋葉というハンドルネームがあり、彼女本人だと分かった。
そしてトークルームには――。
『御劔さん、折り入ってご相談があります。現在複数の会社と契約して仕事をしているのですが、そのうち〝AKAGI〟の営業にいる原西健二という男に、むりやりホテルにつれて行かれ、レイプされました。御劔さんなら、弁護士などにも顔が利くと思っています。良い弁護士を紹介して頂けないでしょうか。これは、証拠の写真です』
そう書かれ、見覚えのあるホテルのベッドで、泣いている秋葉と眠っている健二の写真が添付されてあった。
「そん……な……。嘘……だ……」
健二はもはや立っていられなくなり、ゆっくりその場にしゃがみ込む。
(訴えられたら終わりだ)
「だからさっきも言ったでしょう? あなたがハラスメントだと思っていなくても、女性は違うと」
溜め息をつき、佑はアプリを閉じる。
「……してない。本当にレイプなんてしてないんだ。向こうから誘ってきて、だから俺は応じた」
弱々しい声で佑に訴えるが、彼は立ち上がり、コートを着る。
「友人として、『AKAGI』の副社長にこの事は報告させてもらいます」
「やっ……、やめてくれ!!」
蒼白になって訴える健二を一瞥し、佑はポケットから出したスマホを操作する。
『秋葉をレイプなんてしていない! 向こうから誘ってきたんだ! ヤッてる時だって凄い喜んでたし、俺はレイプなんてしていない!』
先ほど自分が口にした言葉が、まるまる録音されていた。
目をまん丸に開いて固まる健二に向けて佑は目を細め、冷酷に告げた。
「今晩の会話はすべて録音しました。これからでも香澄が被害を訴えるのなら、彼女の意思を尊重したいと思います」
「うった…………、そ、そんな! 盗聴なんて許されないぞ!」
「厳密に、これは盗聴ではなく秘密録音です。そして違法行為でもありません。私があなたを拷問に掛けていないのなら、この録音情報は証拠となり得ます」
――終わった……。
腹の奥底から、自然と全身が震えてくる。
自分ばかり責められるのは納得いかないと、健二が反撃する。
「否定はしません。多少、強引な手を使いました」
サラリと肯定すると、健二は一瞬勝ち誇った顔をし、何か言いかけた。
が、その前に佑は彼に質問する。
「それが何かあなたに関係がありますか?」
「……え?」
開き直られると思っていなかったのか、健二はポカンとした表情になる。
「香澄はフリーでした。彼女を口説いて自分の側に置きたいと思うのに、あなたの許可でも必要なんですか?」
「……い、いや……。でも、やってる事は五十歩百歩だと言っているんです」
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マウントを取られ、健二は目の下を引き攣らせる。
「結婚する覚悟のある男なら、彼女を新居がある土地に連れて行っても問題ないと思いませんか? 勿論、香澄が望むならいつでもプライベートジェットで札幌に向かわせ、好きなように家族や友人に合わせる甲斐性を持ち合わせています。それのどこに、責められる要因があるのでしょう?」
そのすべてを「お前にはできないだろう」と言葉の裏で言われ、健二は歯ぎしりをした。
(成金の嫌な奴だな! 本性が出た!)
佑に何もかも敵わないからこそ、健二は唯一勝てる部分で彼にマウントを取ろうとした。
「俺のお古でいいなら、どうぞ幸せにしてやってください。俺はもう、あんな芋臭い女に興味を持っていませんから」
男にとって最も屈辱的であろう言葉を吐き、健二はしてやったと言わんばかりに笑う。
――が、佑はフワッと微笑んでみせた。
「原西さんは残念な人ですね。いわゆる処女厨ですか? 女性の価値は処女にあると、本気で思っているタイプですか? それだと結婚は遠いですね。結婚は愛し合った女性を伴侶としてずっと共に生きていきます。人間に対して『飽きた』など簡単に言えるようでは、当分結婚はできないのでは……と思います。ご愁傷様です」
鼻白む健二の前で、佑は笑みを深める。
「加えて、香澄の魅力は私だけが知っていればいいと思っています。あなたが知らない香澄の長所や魅力を、私は沢山知っています。香澄を痛めつける事しかできないあなたには、一生知る事がない美点です。たとえば、あなたとキスやセックスをしても一度も『気持ちいい』と思わなかったのに、私の前でだけはとても可愛い反応を見せる……など」
「~~~~っ!」
佑は悠然と笑い、さらに追い打ちを掛けた。
「知っていますか? ダイヤモンドの原石は、くすんだ色をした石ころです。それを一流の技術を持つ研磨師が磨くからこそ、価値のある美しい宝石になるのです。私にはその技術がある。あなたには、どんな女性を相手にしても恐らくない。その差です」
「…………っ!」
(こいつ!!)
喧嘩を売られ、健二は両手をテーブルについて立ち上がった。
佑は座ったまま、挑発に乗った健二を見て微笑んでいる。
「……不愉快です。帰らせて頂きます」
「――ああ」
立ち上がってクローゼットからコートを出した健二に、座ったままの佑が声を掛けてきた。
「……いま『AKAGI』ではフローリストとコラボした、ウェア開発が進んでいるのですよね」
「な……っ」
それはまだ公開されていないプロジェクトで、健二は思わず真顔で佑を見た。
「『AKAGI』の副社長と私は、友人です。絶対に口外しないという約束で、私的な時間に会い、仕事について話す事もあります」
「…………」
(まさか繋がりがあるのかよ! それで副社長から圧を掛けて脅すってか?)
脳裏に浮かんだ『AKAGI』の副社長は、佑よりやや年上で社長の息子だ。
確かに会社は近くにあるが、まさか上層部が繋がっているとは思わなかった。
「……副社長を通して、俺にパワハラを掛けるつもりですか?」
低い声で尋ねた健二に、佑は「とんでもない」と微笑む。
「私はホワイト企業として連続受賞している、Chief Everyの社長ですよ? そんな真似をする訳がありません。……あ、原西さんは我が社の社員ではありませんけどね」
(性格悪ぃ!)
最後に明るくつけ加えられ、健二は顔を引き攣らせる。
「……私が言いたいのは、下手な行動をしない方が身のためですよ、という事です」
「……な、何ですか」
その他と言えばまったく身に覚えがなく、健二は身構える。
佑は目を細めて眉間に皺を寄せ、哀れなものを見る目で笑った。
「打ち合わせのために来たモデルを、レイプしたそうですね?」
「な……っ、してません!」
不意打ちを食らい、健二は怒鳴った。
(馬鹿な……! あれがバレる訳ないだろ!? しかもレイプって何だよ!)
確かに佑の言う通り、『AKAGI』で進行しているプロジェクトに起用するモデルと仲良くはなった。
だがそれは、相手から声を掛けられたからだ。
撮影を見学して部署に戻ろうとした時、一緒にいた先輩が他の部署の上司に話し掛けられ、健二は先輩を待っていた。
立っていると、モデルが話し掛けてきたのだ。
『こんにちはー。さっきから、格好いいなって思ってたんです。良かったら連絡先交換しません?』
サラッと、ごく当たり前のように言われたので、健二は断る理由もなく応じた。
そのあと、彼女から本当に食事に行こうと誘われて、イタリアンをご馳走した。
そしてモデルから誘われて、一度だけホテルに行った。
しかもそれはつい最近の事なので、会社や他の誰かに知られているはずもなかった。
「モデルの名前は、秋葉(あきは)さんで間違いありませんね?」
ずばり本人の名前が出たが、健二は必死に唇を引き結んだ。
「秋葉さんは、Chief Everyとも契約しているモデルです。私も、他のモデルや重役を含めて、何度か食事会をした事があります。そして責任者として、万が一何かがあった場合、モデルたちの相談に乗る事もあります。私はCEPで直接モデルたちとやり取りしていますから」
言われた言葉を理解するよりも、知らない間に自分がどんどん不利に立たされている事に健二は震えていた。
「秋葉さんから先日、私に相談の連絡がありました。『AKAGIの社員、原西健二にレイプされて死のうかと思っているが、その前に相談したい』……と」
「嘘だ!!」
今度こそ、健二は大きな声を上げた。
「秋葉をレイプなんてしていない! 向こうから誘ってきたんだ! ヤッてる時だって凄い喜んでたし、俺はレイプなんてしていない!」
「ところが……」
トン、とスマホを指でタップし、佑はコネクターナウの画面を見せてくる。
身を屈めて画面を見ると、見覚えのあるアイコンに秋葉というハンドルネームがあり、彼女本人だと分かった。
そしてトークルームには――。
『御劔さん、折り入ってご相談があります。現在複数の会社と契約して仕事をしているのですが、そのうち〝AKAGI〟の営業にいる原西健二という男に、むりやりホテルにつれて行かれ、レイプされました。御劔さんなら、弁護士などにも顔が利くと思っています。良い弁護士を紹介して頂けないでしょうか。これは、証拠の写真です』
そう書かれ、見覚えのあるホテルのベッドで、泣いている秋葉と眠っている健二の写真が添付されてあった。
「そん……な……。嘘……だ……」
健二はもはや立っていられなくなり、ゆっくりその場にしゃがみ込む。
(訴えられたら終わりだ)
「だからさっきも言ったでしょう? あなたがハラスメントだと思っていなくても、女性は違うと」
溜め息をつき、佑はアプリを閉じる。
「……してない。本当にレイプなんてしてないんだ。向こうから誘ってきて、だから俺は応じた」
弱々しい声で佑に訴えるが、彼は立ち上がり、コートを着る。
「友人として、『AKAGI』の副社長にこの事は報告させてもらいます」
「やっ……、やめてくれ!!」
蒼白になって訴える健二を一瞥し、佑はポケットから出したスマホを操作する。
『秋葉をレイプなんてしていない! 向こうから誘ってきたんだ! ヤッてる時だって凄い喜んでたし、俺はレイプなんてしていない!』
先ほど自分が口にした言葉が、まるまる録音されていた。
目をまん丸に開いて固まる健二に向けて佑は目を細め、冷酷に告げた。
「今晩の会話はすべて録音しました。これからでも香澄が被害を訴えるのなら、彼女の意思を尊重したいと思います」
「うった…………、そ、そんな! 盗聴なんて許されないぞ!」
「厳密に、これは盗聴ではなく秘密録音です。そして違法行為でもありません。私があなたを拷問に掛けていないのなら、この録音情報は証拠となり得ます」
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