上 下
97 / 1,536
第三部・元彼 編

制裁

しおりを挟む
「み……、御劔さんだって、香澄に迫ったんじゃないですか? 香澄はつい最近まで札幌にいたそうですね? それをあなたが強引に東京に連れて来たんじゃないですか? 身勝手なのはあなたも一緒でしょう」

 自分ばかり責められるのは納得いかないと、健二が反撃する。

「否定はしません。多少、強引な手を使いました」

 サラリと肯定すると、健二は一瞬勝ち誇った顔をし、何か言いかけた。
 が、その前に佑は彼に質問する。

「それが何かあなたに関係がありますか?」
「……え?」

 開き直られると思っていなかったのか、健二はポカンとした表情になる。

「香澄はフリーでした。彼女を口説いて自分の側に置きたいと思うのに、あなたの許可でも必要なんですか?」
「……い、いや……。でも、やってる事は五十歩百歩だと言っているんです」

 なおも食いついてくる健二に、佑はうっすらと笑って目を細める。

「私は彼女と結婚したいと思っています。私はあなたよりずっと香澄を深く愛し、一生面倒を見て、セックスをするにも責任を持ちたいと思っています。何なら、香澄が仕事をしなくても衣食住すべてを満たす事もできます」

 マウントを取られ、健二は目の下を引き攣らせる。

「結婚する覚悟のある男なら、彼女を新居がある土地に連れて行っても問題ないと思いませんか? 勿論、香澄が望むならいつでもプライベートジェットで札幌に向かわせ、好きなように家族や友人に合わせる甲斐性を持ち合わせています。それのどこに、責められる要因があるのでしょう?」

 そのすべてを「お前にはできないだろう」と言葉の裏で言われ、健二は歯ぎしりをした。

(成金の嫌な奴だな! 本性が出た!)

 佑に何もかも敵わないからこそ、健二は唯一勝てる部分で彼にマウントを取ろうとした。

「俺のお古でいいなら、どうぞ幸せにしてやってください。俺はもう、あんな芋臭い女に興味を持っていませんから」

 男にとって最も屈辱的であろう言葉を吐き、健二はしてやったと言わんばかりに笑う。
 ――が、佑はフワッと微笑んでみせた。

「原西さんは残念な人ですね。いわゆる処女厨ですか? 女性の価値は処女にあると、本気で思っているタイプですか? それだと結婚は遠いですね。結婚は愛し合った女性を伴侶としてずっと共に生きていきます。人間に対して『飽きた』など簡単に言えるようでは、当分結婚はできないのでは……と思います。ご愁傷様です」

 鼻白む健二の前で、佑は笑みを深める。

「加えて、香澄の魅力は私だけが知っていればいいと思っています。あなたが知らない香澄の長所や魅力を、私は沢山知っています。香澄を痛めつける事しかできないあなたには、一生知る事がない美点です。たとえば、あなたとキスやセックスをしても一度も『気持ちいい』と思わなかったのに、私の前でだけはとても可愛い反応を見せる……など」
「~~~~っ!」

 佑は悠然と笑い、さらに追い打ちを掛けた。

「知っていますか? ダイヤモンドの原石は、くすんだ色をした石ころです。それを一流の技術を持つ研磨師が磨くからこそ、価値のある美しい宝石になるのです。私にはその技術がある。あなたには、どんな女性を相手にしても恐らくない。その差です」
「…………っ!」

(こいつ!!)

 喧嘩を売られ、健二は両手をテーブルについて立ち上がった。
 佑は座ったまま、挑発に乗った健二を見て微笑んでいる。

「……不愉快です。帰らせて頂きます」
「――ああ」

 立ち上がってクローゼットからコートを出した健二に、座ったままの佑が声を掛けてきた。

「……いま『AKAGI』ではフローリストとコラボした、ウェア開発が進んでいるのですよね」
「な……っ」

 それはまだ公開されていないプロジェクトで、健二は思わず真顔で佑を見た。

「『AKAGI』の副社長と私は、友人です。絶対に口外しないという約束で、私的な時間に会い、仕事について話す事もあります」
「…………」

(まさか繋がりがあるのかよ! それで副社長から圧を掛けて脅すってか?)

 脳裏に浮かんだ『AKAGI』の副社長は、佑よりやや年上で社長の息子だ。
 確かに会社は近くにあるが、まさか上層部が繋がっているとは思わなかった。

「……副社長を通して、俺にパワハラを掛けるつもりですか?」

 低い声で尋ねた健二に、佑は「とんでもない」と微笑む。

「私はホワイト企業として連続受賞している、Chief Everyの社長ですよ? そんな真似をする訳がありません。……あ、原西さんは我が社の社員ではありませんけどね」

(性格悪ぃ!)

 最後に明るくつけ加えられ、健二は顔を引き攣らせる。

「……私が言いたいのは、下手な行動をしない方が身のためですよ、という事です」
「……な、何ですか」

 その他と言えばまったく身に覚えがなく、健二は身構える。
 佑は目を細めて眉間に皺を寄せ、哀れなものを見る目で笑った。

「打ち合わせのために来たモデルを、レイプしたそうですね?」
「な……っ、してません!」

 不意打ちを食らい、健二は怒鳴った。

(馬鹿な……! あれがバレる訳ないだろ!? しかもレイプって何だよ!)

 確かに佑の言う通り、『AKAGI』で進行しているプロジェクトに起用するモデルと仲良くはなった。
 だがそれは、相手から声を掛けられたからだ。
 撮影を見学して部署に戻ろうとした時、一緒にいた先輩が他の部署の上司に話し掛けられ、健二は先輩を待っていた。
 立っていると、モデルが話し掛けてきたのだ。

『こんにちはー。さっきから、格好いいなって思ってたんです。良かったら連絡先交換しません?』

 サラッと、ごく当たり前のように言われたので、健二は断る理由もなく応じた。
 そのあと、彼女から本当に食事に行こうと誘われて、イタリアンをご馳走した。
 そしてモデルから誘われて、一度だけホテルに行った。
 しかもそれはつい最近の事なので、会社や他の誰かに知られているはずもなかった。

「モデルの名前は、秋葉(あきは)さんで間違いありませんね?」

 ずばり本人の名前が出たが、健二は必死に唇を引き結んだ。

「秋葉さんは、Chief Everyとも契約しているモデルです。私も、他のモデルや重役を含めて、何度か食事会をした事があります。そして責任者として、万が一何かがあった場合、モデルたちの相談に乗る事もあります。私はCEPで直接モデルたちとやり取りしていますから」

 言われた言葉を理解するよりも、知らない間に自分がどんどん不利に立たされている事に健二は震えていた。

「秋葉さんから先日、私に相談の連絡がありました。『AKAGIの社員、原西健二にレイプされて死のうかと思っているが、その前に相談したい』……と」
「嘘だ!!」

 今度こそ、健二は大きな声を上げた。

「秋葉をレイプなんてしていない! 向こうから誘ってきたんだ! ヤッてる時だって凄い喜んでたし、俺はレイプなんてしていない!」
「ところが……」

 トン、とスマホを指でタップし、佑はコネクターナウの画面を見せてくる。
 身を屈めて画面を見ると、見覚えのあるアイコンに秋葉というハンドルネームがあり、彼女本人だと分かった。
 そしてトークルームには――。

『御劔さん、折り入ってご相談があります。現在複数の会社と契約して仕事をしているのですが、そのうち〝AKAGI〟の営業にいる原西健二という男に、むりやりホテルにつれて行かれ、レイプされました。御劔さんなら、弁護士などにも顔が利くと思っています。良い弁護士を紹介して頂けないでしょうか。これは、証拠の写真です』

 そう書かれ、見覚えのあるホテルのベッドで、泣いている秋葉と眠っている健二の写真が添付されてあった。

「そん……な……。嘘……だ……」

 健二はもはや立っていられなくなり、ゆっくりその場にしゃがみ込む。

(訴えられたら終わりだ)

「だからさっきも言ったでしょう? あなたがハラスメントだと思っていなくても、女性は違うと」

 溜め息をつき、佑はアプリを閉じる。

「……してない。本当にレイプなんてしてないんだ。向こうから誘ってきて、だから俺は応じた」

 弱々しい声で佑に訴えるが、彼は立ち上がり、コートを着る。

「友人として、『AKAGI』の副社長にこの事は報告させてもらいます」
「やっ……、やめてくれ!!」

 蒼白になって訴える健二を一瞥し、佑はポケットから出したスマホを操作する。

『秋葉をレイプなんてしていない! 向こうから誘ってきたんだ! ヤッてる時だって凄い喜んでたし、俺はレイプなんてしていない!』

 先ほど自分が口にした言葉が、まるまる録音されていた。
 目をまん丸に開いて固まる健二に向けて佑は目を細め、冷酷に告げた。

「今晩の会話はすべて録音しました。これからでも香澄が被害を訴えるのなら、彼女の意思を尊重したいと思います」
「うった…………、そ、そんな! 盗聴なんて許されないぞ!」
「厳密に、これは盗聴ではなく秘密録音です。そして違法行為でもありません。私があなたを拷問に掛けていないのなら、この録音情報は証拠となり得ます」

 ――終わった……。

 腹の奥底から、自然と全身が震えてくる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【女性向けR18】幼なじみにセルフ脱毛で際どい部分に光を当ててもらっています

タチバナ
恋愛
彼氏から布面積の小さな水着をプレゼントされました。 夏になったらその水着でプールか海に行こうと言われています。 まだ春なのでセルフ脱毛を頑張ります! そんな中、脱毛器の眩しいフラッシュを何事かと思った隣の家に住む幼なじみの陽介が、脱毛中のミクの前に登場! なんと陽介は脱毛を手伝ってくれることになりました。 抵抗はあったものの順調に脱毛が進み、今日で脱毛のお手伝いは4回目です! 【作品要素】 ・エロ=⭐︎⭐︎⭐︎ ・恋愛=⭐︎⭐︎⭐︎

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。 更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。 曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。 医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。 月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。 ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。 ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。 伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。 婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約? 憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。 アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。 ※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...