上 下
51 / 1,544
第二部・お見合い 編

会食の準備

しおりを挟む
 終業時間になったタイミングで、秘書室のドアがノックされ香澄が応対する。
 ドアの向こうにいたのは先ほどCEPで会った白井が立っていた。

「え……と、先ほどはどうも」

 ペコリと頭を下げると、白井が手に持っていた紙袋を二つ手渡してきた。

「こちら、御劔からです」
「えっ?」

 訳が分かっていないまま紙袋を受け取った時、室内から松井が補足説明する。

「これから会食に向かいますから、着替えをして頂きます」
「あっ、……しょ、承知しました」

 確かに社長クラスと会うには、相応の格好をしなければいけない。
 今着ているパンツスーツも、決して安価な物ではないけれど、これから向かうのは半ばプライベートの場なので、着替えが必要なのだろう。
 白井がにこやかに微笑んで立ち去って行ったあと、松井が促す。

「十八時頃にビルを出ますので、それまでに身支度をお願いします」
「はい。では、隣の部屋で着替えさせて頂きます」

 会釈をして隣室に入り、鍵があったので一応かけさせてもらった。

(どんな服なのかな)

 CEPのロゴが描かれている紙袋の中には、平らな箱が入っていてその時点で高級感がある。
 箱を開けると、薄紙に包まれたワンピースが入っていた。
 香澄に贈られたのは、Vネックで袖部分がレースになっている、チャコールグレーのワンピースだ。
 チャコールグレーと言っても、ワンピースのスカートの途中からCEPのモノグラムが浮き上がるようになっていて、裾近くではモノグラムが大分目立っているデザインだ。
 シルエットはAラインになっていて、腰の辺りからフワッと広がっているのが可愛い。

「素敵だなぁ……」

 服が入っていた紙袋にはクラッチバッグも入っていて、それにも勿論CEPのロゴが入っている。

「うぅ……」

 勿論、このようなハイブランドでガチガチに身を固めた事などなく、緊張してしまう。

(でも、デザイナーの朔さんもいらっしゃるって言っていたし、CEPを身につけていた方がいいんだろうな)

 もう一つの紙袋には、赤いパンプスが入っていた。

「あぁ……」

 先ほどから、何者かから攻撃を受けているとしか思えない呻き声しか上げていない。
 それでも時間を気にした香澄は、諦めて着替え始めた。




「お待たせしました」

 着替え終え、元々着ていたパンツスーツは綺麗に畳んで紙袋にしまった。

「ああ、お綺麗ですね」
「ありがとうございます……」

 こんなおめかしなどした事がないので、褒められると恥ずかしい。

「服を贈られたのは社長ですので、見せて差し上げるといいと思いますよ」
「そうします」

 香澄は社長室に続くドア前に立ち、呼吸を整えてからノックした。

「どうぞ」

 佑の返事を聞き、香澄は恥ずかしさを堪えてドアを開ける。
 相変わらずデスクについていた佑は、顔を上げこちらを見て、フワッと魅惑的な笑みを浮かべた。

「……綺麗だな」
「あの……、ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる香澄を見て、佑は立ち上がると彼女の正面に回り込む。

「……うん。横向いて」
「は、はい」

 香澄は背筋を伸ばしたまま、ココ、とヒールの音を立てて真横を向く。
 少し経ってから「後ろ」と言われてまた九十度角度を変える。
 さらにもう九十度向いてから、また佑と向き合う。

「うん、いい感じだな」

 彼は満足気に微笑み、応接ソファを手で示した。

「髪を少し弄ってあげるから、そこに座って」
「は、はい……」

 スカートが皺にならないように座ると、佑は一度デスクの方に向かい、手にあれこれ持って戻って来た。
 ブラシやヘアピン、ヘアアクセサリーの他、メイク道具の入ったバニティまである。

「いつの間に!?」
「最初から」

 驚く香澄にスラッと答えて微笑み、佑は後ろに回ると彼女の髪を弄り始めた。

(くすぐったい……っ)

 一度髪を下ろされてうなじの辺りから掻き分けられると、思わずゾクッとして肩をすくめてしまう。

「感じた?」

 ――と、背後から耳元でボソッと尋ねられ、香澄はとっさに両手で口元を覆い悲鳴を押し殺す。

「ここも感じるのは分かった。今度家でたっぷり確認してあげる」
「~~~~っ」

 首を横に振ったが、佑はクスクス笑って頭を撫でてくるだけだ。
 そのあと、彼はまじめに手を動かし、専門の人のように香澄の髪を纏めてくれた。
 さらに佑は「行儀が悪いけどね」と言ってテーブルに座り、香澄のメイクを直していく。

「オフィス用のメイクはナチュラルめでパーフェクトだったけど、TPOに合わせて少し濃い目にするよ」
「はい」

 佑がヘアメイクを整えてくれたのは、総合して十五分も掛からなかった。
 それでも十六時まであと十五分ほどになり、パソコンをシャットダウンしてコートを着る時間を含めると、丁度いい頃合いになった。




 専用エレベーターで地下に向かう間、佑が話し掛けてくる。

「今日一日、どうだった?」
「松井さんのファイルを熟読したつもりでしたが、やっぱり実際働いてみないと分からない事もありますね」
「確かに。今はまだあちこちの会社で新年の業務が始まったばかりで、本年のプロジェクトも本格的に動いていない。俺に同行しての仕事も、挨拶を兼ねた会食とかが多いと思うよ。今のうちに基本的な事を覚えておくといいと思う」
「はい」

 会話をしながらも、香澄はチラチラと鏡に映った自分の姿を確認していた。
 自分がハイブランドの服を着ても、猫に小判とは分かっていても、女性なのでつい気にしてしまう。
 佑も例の隠し部屋で着替えたらしく、昼間とは違うダークスーツを身に纏っていた。
 エレベーター内には松井と、別室で待機していたらしい小山内と呉代もいた。

 やがてゴンドラは地下駐車場に着き、小金井と瀬尾が回した車が正面につく。
 小金井がドアを開き、まず香澄が後部座席に乗り込み、その隣に佑が座った。
 呉代が助手席に座り、松井や他の護衛はもう一台の車に乗る。
 車は香澄もよく知る有名国産車メーカー、タケモトのロゴがあったが、グレードの高い車らしくて見た目からとても格好良かった。
 発進した車は、地下から出てすっかり暗くなった都内の道路を走っていく。

「朝にも言ったけど、これから会う人たちは役職こそ立派かもしれないけど、俺にごく近しい人たちだから緊張しなくていいからな?」
「は……はい……」

 と言われても、社長に副社長、女性が憧れるラグジュアリーブランドのデザイナーと、聞いただけでそうそうたるメンバーだ。
 やがて車は三十分もせず、日本橋にある料亭に着いた。

**

 通されたのは、ライトアップされている日本庭園を望む個室だ。
 ありがたいのは掘りごたつになっていて、座っていても楽な事だ。

「朔、もう来てたのか」

 先に一人男性が座っていて、庭園を眺めながら日本酒を飲んでいた。

「あぁ、先に始めてた。そっちが前に言ってた一目惚れさん?」

 朔と呼ばれた男性は佑ぐらいの年齢で、スーツを着ているものの髪型はやや長めでパーマが掛かっている。
 そして黒縁のラウンド眼鏡を掛けていて、どこか飄々とした雰囲気があった。

(何だか、見るからにアーティスト肌っていう感じだな。モード系の服を着てたら、もっと年齢不詳に見えるかも)

 一瞬見てそんな感想を抱きつつ、香澄はひとまず床の上に正座をし、手をついて挨拶をした。

「初めまして。赤松香澄と申します。本日より社長秘書としてChief Everyで働かせて頂きました」
「どーも、初めまして。いやぁ、俺がデザインしたワンピ着てくれてるって、嬉しいね」

 やはり佑の見立ては当たっていたようで、朔の機嫌が目に見えて良くなる。

「まぁまぁ、ここ座ってよ」

 朔は自分の隣の座椅子をポンポンと叩き、香澄に座るよう促す。
 座っていいものか佑を見ると、彼は微笑んで言った。

「今日は香澄のお披露目会も兼ねてるから、主役は真ん中で」
「何か……主役とか畏れ多いですが……、失礼致します」

 ペコリと頭を下げ、香澄は朔の隣に腰を落ち着ける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...