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第二部・お見合い 編
会食の準備
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終業時間になったタイミングで、秘書室のドアがノックされ香澄が応対する。
ドアの向こうにいたのは先ほどCEPで会った白井が立っていた。
「え……と、先ほどはどうも」
ペコリと頭を下げると、白井が手に持っていた紙袋を二つ手渡してきた。
「こちら、御劔からです」
「えっ?」
訳が分かっていないまま紙袋を受け取った時、室内から松井が補足説明する。
「これから会食に向かいますから、着替えをして頂きます」
「あっ、……しょ、承知しました」
確かに社長クラスと会うには、相応の格好をしなければいけない。
今着ているパンツスーツも、決して安価な物ではないけれど、これから向かうのは半ばプライベートの場なので、着替えが必要なのだろう。
白井がにこやかに微笑んで立ち去って行ったあと、松井が促す。
「十八時頃にビルを出ますので、それまでに身支度をお願いします」
「はい。では、隣の部屋で着替えさせて頂きます」
会釈をして隣室に入り、鍵があったので一応かけさせてもらった。
(どんな服なのかな)
CEPのロゴが描かれている紙袋の中には、平らな箱が入っていてその時点で高級感がある。
箱を開けると、薄紙に包まれたワンピースが入っていた。
香澄に贈られたのは、Vネックで袖部分がレースになっている、チャコールグレーのワンピースだ。
チャコールグレーと言っても、ワンピースのスカートの途中からCEPのモノグラムが浮き上がるようになっていて、裾近くではモノグラムが大分目立っているデザインだ。
シルエットはAラインになっていて、腰の辺りからフワッと広がっているのが可愛い。
「素敵だなぁ……」
服が入っていた紙袋にはクラッチバッグも入っていて、それにも勿論CEPのロゴが入っている。
「うぅ……」
勿論、このようなハイブランドでガチガチに身を固めた事などなく、緊張してしまう。
(でも、デザイナーの朔さんもいらっしゃるって言っていたし、CEPを身につけていた方がいいんだろうな)
もう一つの紙袋には、赤いパンプスが入っていた。
「あぁ……」
先ほどから、何者かから攻撃を受けているとしか思えない呻き声しか上げていない。
それでも時間を気にした香澄は、諦めて着替え始めた。
「お待たせしました」
着替え終え、元々着ていたパンツスーツは綺麗に畳んで紙袋にしまった。
「ああ、お綺麗ですね」
「ありがとうございます……」
こんなおめかしなどした事がないので、褒められると恥ずかしい。
「服を贈られたのは社長ですので、見せて差し上げるといいと思いますよ」
「そうします」
香澄は社長室に続くドア前に立ち、呼吸を整えてからノックした。
「どうぞ」
佑の返事を聞き、香澄は恥ずかしさを堪えてドアを開ける。
相変わらずデスクについていた佑は、顔を上げこちらを見て、フワッと魅惑的な笑みを浮かべた。
「……綺麗だな」
「あの……、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる香澄を見て、佑は立ち上がると彼女の正面に回り込む。
「……うん。横向いて」
「は、はい」
香澄は背筋を伸ばしたまま、ココ、とヒールの音を立てて真横を向く。
少し経ってから「後ろ」と言われてまた九十度角度を変える。
さらにもう九十度向いてから、また佑と向き合う。
「うん、いい感じだな」
彼は満足気に微笑み、応接ソファを手で示した。
「髪を少し弄ってあげるから、そこに座って」
「は、はい……」
スカートが皺にならないように座ると、佑は一度デスクの方に向かい、手にあれこれ持って戻って来た。
ブラシやヘアピン、ヘアアクセサリーの他、メイク道具の入ったバニティまである。
「いつの間に!?」
「最初から」
驚く香澄にスラッと答えて微笑み、佑は後ろに回ると彼女の髪を弄り始めた。
(くすぐったい……っ)
一度髪を下ろされてうなじの辺りから掻き分けられると、思わずゾクッとして肩をすくめてしまう。
「感じた?」
――と、背後から耳元でボソッと尋ねられ、香澄はとっさに両手で口元を覆い悲鳴を押し殺す。
「ここも感じるのは分かった。今度家でたっぷり確認してあげる」
「~~~~っ」
首を横に振ったが、佑はクスクス笑って頭を撫でてくるだけだ。
そのあと、彼はまじめに手を動かし、専門の人のように香澄の髪を纏めてくれた。
さらに佑は「行儀が悪いけどね」と言ってテーブルに座り、香澄のメイクを直していく。
「オフィス用のメイクはナチュラルめでパーフェクトだったけど、TPOに合わせて少し濃い目にするよ」
「はい」
佑がヘアメイクを整えてくれたのは、総合して十五分も掛からなかった。
それでも十六時まであと十五分ほどになり、パソコンをシャットダウンしてコートを着る時間を含めると、丁度いい頃合いになった。
専用エレベーターで地下に向かう間、佑が話し掛けてくる。
「今日一日、どうだった?」
「松井さんのファイルを熟読したつもりでしたが、やっぱり実際働いてみないと分からない事もありますね」
「確かに。今はまだあちこちの会社で新年の業務が始まったばかりで、本年のプロジェクトも本格的に動いていない。俺に同行しての仕事も、挨拶を兼ねた会食とかが多いと思うよ。今のうちに基本的な事を覚えておくといいと思う」
「はい」
会話をしながらも、香澄はチラチラと鏡に映った自分の姿を確認していた。
自分がハイブランドの服を着ても、猫に小判とは分かっていても、女性なのでつい気にしてしまう。
佑も例の隠し部屋で着替えたらしく、昼間とは違うダークスーツを身に纏っていた。
エレベーター内には松井と、別室で待機していたらしい小山内と呉代もいた。
やがてゴンドラは地下駐車場に着き、小金井と瀬尾が回した車が正面につく。
小金井がドアを開き、まず香澄が後部座席に乗り込み、その隣に佑が座った。
呉代が助手席に座り、松井や他の護衛はもう一台の車に乗る。
車は香澄もよく知る有名国産車メーカー、タケモトのロゴがあったが、グレードの高い車らしくて見た目からとても格好良かった。
発進した車は、地下から出てすっかり暗くなった都内の道路を走っていく。
「朝にも言ったけど、これから会う人たちは役職こそ立派かもしれないけど、俺にごく近しい人たちだから緊張しなくていいからな?」
「は……はい……」
と言われても、社長に副社長、女性が憧れるラグジュアリーブランドのデザイナーと、聞いただけでそうそうたるメンバーだ。
やがて車は三十分もせず、日本橋にある料亭に着いた。
**
通されたのは、ライトアップされている日本庭園を望む個室だ。
ありがたいのは掘りごたつになっていて、座っていても楽な事だ。
「朔、もう来てたのか」
先に一人男性が座っていて、庭園を眺めながら日本酒を飲んでいた。
「あぁ、先に始めてた。そっちが前に言ってた一目惚れさん?」
朔と呼ばれた男性は佑ぐらいの年齢で、スーツを着ているものの髪型はやや長めでパーマが掛かっている。
そして黒縁のラウンド眼鏡を掛けていて、どこか飄々とした雰囲気があった。
(何だか、見るからにアーティスト肌っていう感じだな。モード系の服を着てたら、もっと年齢不詳に見えるかも)
一瞬見てそんな感想を抱きつつ、香澄はひとまず床の上に正座をし、手をついて挨拶をした。
「初めまして。赤松香澄と申します。本日より社長秘書としてChief Everyで働かせて頂きました」
「どーも、初めまして。いやぁ、俺がデザインしたワンピ着てくれてるって、嬉しいね」
やはり佑の見立ては当たっていたようで、朔の機嫌が目に見えて良くなる。
「まぁまぁ、ここ座ってよ」
朔は自分の隣の座椅子をポンポンと叩き、香澄に座るよう促す。
座っていいものか佑を見ると、彼は微笑んで言った。
「今日は香澄のお披露目会も兼ねてるから、主役は真ん中で」
「何か……主役とか畏れ多いですが……、失礼致します」
ペコリと頭を下げ、香澄は朔の隣に腰を落ち着ける。
ドアの向こうにいたのは先ほどCEPで会った白井が立っていた。
「え……と、先ほどはどうも」
ペコリと頭を下げると、白井が手に持っていた紙袋を二つ手渡してきた。
「こちら、御劔からです」
「えっ?」
訳が分かっていないまま紙袋を受け取った時、室内から松井が補足説明する。
「これから会食に向かいますから、着替えをして頂きます」
「あっ、……しょ、承知しました」
確かに社長クラスと会うには、相応の格好をしなければいけない。
今着ているパンツスーツも、決して安価な物ではないけれど、これから向かうのは半ばプライベートの場なので、着替えが必要なのだろう。
白井がにこやかに微笑んで立ち去って行ったあと、松井が促す。
「十八時頃にビルを出ますので、それまでに身支度をお願いします」
「はい。では、隣の部屋で着替えさせて頂きます」
会釈をして隣室に入り、鍵があったので一応かけさせてもらった。
(どんな服なのかな)
CEPのロゴが描かれている紙袋の中には、平らな箱が入っていてその時点で高級感がある。
箱を開けると、薄紙に包まれたワンピースが入っていた。
香澄に贈られたのは、Vネックで袖部分がレースになっている、チャコールグレーのワンピースだ。
チャコールグレーと言っても、ワンピースのスカートの途中からCEPのモノグラムが浮き上がるようになっていて、裾近くではモノグラムが大分目立っているデザインだ。
シルエットはAラインになっていて、腰の辺りからフワッと広がっているのが可愛い。
「素敵だなぁ……」
服が入っていた紙袋にはクラッチバッグも入っていて、それにも勿論CEPのロゴが入っている。
「うぅ……」
勿論、このようなハイブランドでガチガチに身を固めた事などなく、緊張してしまう。
(でも、デザイナーの朔さんもいらっしゃるって言っていたし、CEPを身につけていた方がいいんだろうな)
もう一つの紙袋には、赤いパンプスが入っていた。
「あぁ……」
先ほどから、何者かから攻撃を受けているとしか思えない呻き声しか上げていない。
それでも時間を気にした香澄は、諦めて着替え始めた。
「お待たせしました」
着替え終え、元々着ていたパンツスーツは綺麗に畳んで紙袋にしまった。
「ああ、お綺麗ですね」
「ありがとうございます……」
こんなおめかしなどした事がないので、褒められると恥ずかしい。
「服を贈られたのは社長ですので、見せて差し上げるといいと思いますよ」
「そうします」
香澄は社長室に続くドア前に立ち、呼吸を整えてからノックした。
「どうぞ」
佑の返事を聞き、香澄は恥ずかしさを堪えてドアを開ける。
相変わらずデスクについていた佑は、顔を上げこちらを見て、フワッと魅惑的な笑みを浮かべた。
「……綺麗だな」
「あの……、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる香澄を見て、佑は立ち上がると彼女の正面に回り込む。
「……うん。横向いて」
「は、はい」
香澄は背筋を伸ばしたまま、ココ、とヒールの音を立てて真横を向く。
少し経ってから「後ろ」と言われてまた九十度角度を変える。
さらにもう九十度向いてから、また佑と向き合う。
「うん、いい感じだな」
彼は満足気に微笑み、応接ソファを手で示した。
「髪を少し弄ってあげるから、そこに座って」
「は、はい……」
スカートが皺にならないように座ると、佑は一度デスクの方に向かい、手にあれこれ持って戻って来た。
ブラシやヘアピン、ヘアアクセサリーの他、メイク道具の入ったバニティまである。
「いつの間に!?」
「最初から」
驚く香澄にスラッと答えて微笑み、佑は後ろに回ると彼女の髪を弄り始めた。
(くすぐったい……っ)
一度髪を下ろされてうなじの辺りから掻き分けられると、思わずゾクッとして肩をすくめてしまう。
「感じた?」
――と、背後から耳元でボソッと尋ねられ、香澄はとっさに両手で口元を覆い悲鳴を押し殺す。
「ここも感じるのは分かった。今度家でたっぷり確認してあげる」
「~~~~っ」
首を横に振ったが、佑はクスクス笑って頭を撫でてくるだけだ。
そのあと、彼はまじめに手を動かし、専門の人のように香澄の髪を纏めてくれた。
さらに佑は「行儀が悪いけどね」と言ってテーブルに座り、香澄のメイクを直していく。
「オフィス用のメイクはナチュラルめでパーフェクトだったけど、TPOに合わせて少し濃い目にするよ」
「はい」
佑がヘアメイクを整えてくれたのは、総合して十五分も掛からなかった。
それでも十六時まであと十五分ほどになり、パソコンをシャットダウンしてコートを着る時間を含めると、丁度いい頃合いになった。
専用エレベーターで地下に向かう間、佑が話し掛けてくる。
「今日一日、どうだった?」
「松井さんのファイルを熟読したつもりでしたが、やっぱり実際働いてみないと分からない事もありますね」
「確かに。今はまだあちこちの会社で新年の業務が始まったばかりで、本年のプロジェクトも本格的に動いていない。俺に同行しての仕事も、挨拶を兼ねた会食とかが多いと思うよ。今のうちに基本的な事を覚えておくといいと思う」
「はい」
会話をしながらも、香澄はチラチラと鏡に映った自分の姿を確認していた。
自分がハイブランドの服を着ても、猫に小判とは分かっていても、女性なのでつい気にしてしまう。
佑も例の隠し部屋で着替えたらしく、昼間とは違うダークスーツを身に纏っていた。
エレベーター内には松井と、別室で待機していたらしい小山内と呉代もいた。
やがてゴンドラは地下駐車場に着き、小金井と瀬尾が回した車が正面につく。
小金井がドアを開き、まず香澄が後部座席に乗り込み、その隣に佑が座った。
呉代が助手席に座り、松井や他の護衛はもう一台の車に乗る。
車は香澄もよく知る有名国産車メーカー、タケモトのロゴがあったが、グレードの高い車らしくて見た目からとても格好良かった。
発進した車は、地下から出てすっかり暗くなった都内の道路を走っていく。
「朝にも言ったけど、これから会う人たちは役職こそ立派かもしれないけど、俺にごく近しい人たちだから緊張しなくていいからな?」
「は……はい……」
と言われても、社長に副社長、女性が憧れるラグジュアリーブランドのデザイナーと、聞いただけでそうそうたるメンバーだ。
やがて車は三十分もせず、日本橋にある料亭に着いた。
**
通されたのは、ライトアップされている日本庭園を望む個室だ。
ありがたいのは掘りごたつになっていて、座っていても楽な事だ。
「朔、もう来てたのか」
先に一人男性が座っていて、庭園を眺めながら日本酒を飲んでいた。
「あぁ、先に始めてた。そっちが前に言ってた一目惚れさん?」
朔と呼ばれた男性は佑ぐらいの年齢で、スーツを着ているものの髪型はやや長めでパーマが掛かっている。
そして黒縁のラウンド眼鏡を掛けていて、どこか飄々とした雰囲気があった。
(何だか、見るからにアーティスト肌っていう感じだな。モード系の服を着てたら、もっと年齢不詳に見えるかも)
一瞬見てそんな感想を抱きつつ、香澄はひとまず床の上に正座をし、手をついて挨拶をした。
「初めまして。赤松香澄と申します。本日より社長秘書としてChief Everyで働かせて頂きました」
「どーも、初めまして。いやぁ、俺がデザインしたワンピ着てくれてるって、嬉しいね」
やはり佑の見立ては当たっていたようで、朔の機嫌が目に見えて良くなる。
「まぁまぁ、ここ座ってよ」
朔は自分の隣の座椅子をポンポンと叩き、香澄に座るよう促す。
座っていいものか佑を見ると、彼は微笑んで言った。
「今日は香澄のお披露目会も兼ねてるから、主役は真ん中で」
「何か……主役とか畏れ多いですが……、失礼致します」
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