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第一部・出会い 編

不和

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「香澄、昼は何が食べたい?」
「…………ハンバーガー」
「え?」
「ハンバーガー!」

 涙目で強めに言ったからか、佑はややたじろいでから「分かった」と頷く。

「……この辺りにいい店あったかな」

 すぐに佑はスマホで検索しようとしたが、香澄はフルフルと首を横に振って否定する。

「庶民の味方マッコルガンで! ここのすぐ近くにもありましたし」

 香澄はこれ以上佑にお金を使ってほしくない一心で、必死に訴える。
 ファストフードの代名詞マッコルガンなら、香澄だって余裕で自分のお金で買える。
 なんならビッグマッコにLポテトで豪遊してもいい。

 佑が何とも言えない顔をして困っていたからか、久住が声を掛けてきた。

「ご注文があるなら、私がひとっ走り買って参ります。サロンでお待ちください」

(あぁ……、そうじゃない……。久住さんに使いっ走りをしてもらいたいんじゃなくて……)

 香澄は項垂れ、溜め息をつく。
 正直、こんな買い物をした上で、さらに佑が好みそうな高級料理でランチをする気持ちにはなれなかった。
 なのでハンバーガーと言ったのだが、だからと言って護衛たちを使い走りさせたい訳ではない。

(私はただ、普通にご飯を食べたいだけなのに……。これじゃあ、ただの我が儘女だ)

 さっき強めに言ってしまった事も、すぐに後悔している。

「……我が儘言ってごめんなさい。……佑さんの食べたい物でいいです」

 自己嫌悪に陥って溜め息交じりに言うと、佑が項垂れたままの香澄の頭をポンポンと撫でた。

「ごめん。無理させたな。あまり表を歩くと護衛の仕事を増やすから、サロンで待たせてもらって、買ってきてくれたマッコを家で食べよう」
「……そうじゃないんです。私……」
「いや、香澄が心身共に疲れてそうなのは、どう考えても俺のせいだ。早めに家に帰りたいだろう? 慣れない環境で不安だと思ったから、パッと買い物をしたら気が晴れるかと思ったけど……。失敗したみたいだ。ごめん」

 佑も溜め息をつき、苦笑いをする。

(買い物をしたら……気が晴れる? いや、晴れるけど……、この規模は無理。……それを、多分自覚してない……。…………すっごい、難アリだ!)

 とりあえず佑は無自覚で何も悪気がなかったのだと察し、今は自分が引く事を決めた。

「ごめんなさい。私こそ我が儘を言いました」

 二人ともお互いの主張はともかく、噛み合っていない事は理解した。
 とりあえず今は喧嘩をしないように、一番無難な方法を採って帰宅するのが一番だ。


 そのあと、外商顧客が入れるサロンに行き、スマホでメニューを見て久住にお使いを頼んだ。
 彼が戻ってきて全員で外に出て、絶妙なタイミングで回された車に乗り込み、銀座を去った。

**

 マッコルガンのハンバーガーとポテトは、佑が「温かいうちに食べよう」と言ったので、家に帰る途中、車の中で食べた。
 ダブルチーズバーガーに齧り付きながら、香澄はぼんやりと疲れに浸る。

(こんな高級車の中で、ハンバーガーの匂いさせていいのかな……。私発案で、とんでもない過ちを犯している気がする……)

 もう、何を考えてもズブズブと自己嫌悪にしか陥らない。
 今までマッコルガンのハンバーガーと言えば、麻衣とドライブスルーで買い、駐車場で食べたとか、ポテトの食べさせ合いをしたとか、楽しい思い出しかない。

(……それが、こんな気まずく食べる事になると思わなかった)

 誰の事を「悪い」というのも違う。
 分かっていなくてついてきた自分にも責任がある。

(だから、帰ったらちゃんと話し合わないと)

 ポテトを食べ終わった塩っけのある指を舐めようとして、ハッとなり先に佑が用意してくれたウェットティッシュに手を伸ばす。
 車中では特に会話がなく、香澄は帰宅したあとの〝話し合い〟を考えて気を重たくするのだった。




 帰宅してとりあえず着替え、メイクも落とす。

 リビングまで下りると、佑がコーヒーを淹れてくれていた。
 ソファに座ろうか悩んでから、香澄はキッチン台横にあるカウンターのスツールに腰掛けた。

「……さっきは我が儘を言ってごめんなさい」
「いや。俺こそ不機嫌にさせて悪かった」

 不機嫌に、と言われ「そうじゃない」と香澄は心の中で首を横に振る。

「あの、お互いの事を理解するために、話し合いたいと思うんです」
「……うん、それは俺も思っていた。香澄から先に何でも言ってほしい」

 佑はコンロの火を止め、ケトルからドリッパーの中にお湯を注いでゆく。
 注ぎ口から出た細いお湯が、丁寧に粉を膨らませてゆくのを見守り、香澄は小さく息をつく。

「……まず、佑さんが私を思って色々買い物してくれたのは、分かりました。純粋な好意からなら、『ありがとうございます』って言いたいです」
「……ん」

 フワッとコーヒーのいい匂いが漂い、気持ちを落ち着かせてゆく。

「ただ、さっきのお買い物は、あまりに私の〝普通〟とかけ離れた金額だったので、佑がさんがあんなに大量に買い物をするのを見て、怖くなってしまいました」
「……それは何となく察した。……怖い、というのは?」

「私、ここに来てまだ何もしていないのに、私のためにあんなに大きなお買い物をされたら、どうやって返したらいいか分からなくて怖くなるんです。……時計とか、信じられない値段だったし、あれを四本もだなんて……」
「俺は『返してほしい』なんて思っていない。ただ、香澄が喜んでくれたらいいと思って、君に似合いそうな物を選ぶのが楽しかったんだ」

 やはり、彼は香澄に「返してほしい」など思っておらず、純粋な好意からだった。
 だからこそ、「タチが悪い」と思ってしまう。

「お気持ちは嬉しいです。私を歓迎してくれる気持ちも、好意ゆえだと分かります。……でも、…………生きる世界が違います」

 もっと上手に説明しないとと思ったのに、考える事を放棄した頭は残酷な言葉を吐く命令を下してしまう。

「本当に、感謝はしているんです。私みたいなのを、こんな風に歓迎してくれようっていう気持ち、ありがたくて、感謝してもしきれません。……でもどうか、ご容赦ください。新生活のために色々揃えないといけないからって、あの金額はありません」

 ――重すぎる。

 さすがにその言葉は控えたが、香澄の言葉を聞けば嫌でも分かるはずだ。

「今さらここに来て、Chief Everyに勤めるのをやめるなんていいません。……ただ、佑さんの側にいる事や、一緒に住む事は少し考え――――」

 俯いて話していたからか、香澄は佑がいつのまに移動して自分のもとに来ていたのに気付かなかった。

「…………!」

 自分の傍らに佑が立っているのに気付き、ハッと顔を上げた時、彼が床に膝をついた。

「――――え」

 訳が分からず見下ろすと、佑は香澄より目線を低くし、彼女の手を取る。

「すまなかった」
「……え、……や、その……」

 まさか跪かれるとは思わず、香澄はあたふたと〝何か〟を否定しようとする。

「……俺は多分、〝普通〟じゃない。……〝普通〟の家庭に育ったつもりなのに、……気が付いたら〝普通〟じゃなくなっていた」

 彼の言葉は、分かる気がするし、情報が少なすぎて分からない気もする。

「……俺自身、生まれながらの〝金持ち〟じゃなかった。クラウザー家というバックヤードはあっても、俺はただの東京生まれの子供だったつもりだ。それが成長して、友人と協力し合って会社を立ち上げた。……途中で、調子に乗った時期は確かにあった。仕事が軌道にのり、金がどんどん入ってこの世の贅沢をすべて味わったつもりだ」

 佑の口から、彼の原点から成功までを聞く。
 東京に来る前に御劔佑という人物やChief Everyについて調べたが、彼の生い立ちなどは情報として知っていたはずだった。

「……今はギラギラした生活から離れていたつもりだったが、〝東京に生まれた少年〟とは比べものにならない金を持った。金を動かせば、経済が動く。商人だからこそ、その重要性は誰より分かっているつもりだ。今日会った外商だって、彼らは普段何かあるごとに顧客に連絡をよこし、商品を買ってもらうために必死だ。俺は必要な時しか声を掛けないけど、その分大きい金額を動かすのが百貨店の〝上客〟のあり方では、と俺は思っている」

 言われて「確かに……」と、『経済を回す』という言葉や、お金を払われる側の店の立場も考えた。
 今日時間を過ごしたサロンだって、一般客なら入れない場所だ。
 佑が金を払っているから、相応のサービスをしてもらえる。

「気が付けばそれが〝普通〟の世界で生きていた。自分では段階を踏んでこうなったつもりだけど、香澄からすれば驚くのは当然だと思った。……それに、香澄の前で気前のいい男として振る舞いたかった。香澄が望む物は何でも買いたいと思ったし、……恥ずかしい話、『女性なら買い物をすれば喜ぶ』と浅はかな事を思ってしまっていた。……すまない」

 彼のバックヤードを話された上で素直に謝られては、香澄もこれ以上拒絶できなくなる。
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