上 下
27 / 1,544
第一部・出会い 編

家政婦と焼きうどん

しおりを挟む
 リビングにも当たり前、というようにバイオエタノール暖炉があり、その前にはローソファやゴロゴロできる一角があり、寛いだら気持ちよさそうだ。
 近くには本棚もあり、小説やビジネス系の本、外国語の本も詰まっている。

「何か気になる本があったら、好きに読んでいいよ」
「あ、はい」

 香澄の視線の先を見て、佑がすかさず声を掛けてくる。
 ダイニングはとても長いテーブルで、向かい合わせの椅子は八脚だが、上座と下座にも椅子をつければ十人は座れる。
 そちらにも小ぶりのバイオエタノール暖炉があり、今も炎を揺らめかせている。

「暖房って暖炉のみなんですか? 床暖も入ってます?」
「メインはセントラルヒーティングだよ。その上で、温度をやや低めに設定して、バイオエタノール暖炉で温めている感じだ」
「なるほど……」

「薪ストーブは浪漫があっていいんだけどね。ただ、あれは半分は温かさが煙突にいってしまうから、最終的にコスパ的にこっちを選んだんだ。もちろん、住宅街だから煙たいとご近所さんに悪いし」
「そうなんですね」

「ただ、夢は捨てきれなくて、北海道にある別荘には薪ストーブがあるよ」
「ほぉ……」

 香澄の親戚の中にも、別荘地のニセコでペンション経営をしている人がいる。
 確かその親戚も、薪ストーブの魅力について熱く語っていた気がするので、佑と気が合うのでは……と思った。

 リビングもダイニングも、全面的に屋敷の正面にあるガラス張りになっていて、天井の吹き抜けも相まって開放感が凄い。
 巨大なテレビがある部分のみ、視聴の邪魔にならないように後ろに壁がある。
 天井には滝のように見事なシャンデリアがあり、ダイニングの上にもアーティスティックな照明が下がっている。

 おまけにダイニングの向こうは、ガラスのドアを隔てて外の空間がある。
 今は冬季なので壁や天井が閉じているが、夏期になればそれを開放して外でBBQなどを楽しめるのだろう。
 ベンチセットや寝転べるベッドまであり、夏は快適そうだ。
 すぐ近くには芝生の向こうにプールがあり、想像しただけでリッチな気持ちになる。

(はぁ……。本当に日本かな、ここ)

 そんな事を思いながらも、ついつい屋敷に見入ってしまったのを反省し、キッチンにいる斎藤を手伝おうとする。

「斎藤さん、何かお手伝いありますか?」

 広々としたアイランドキッチンは、個人の家用というより、斎藤のようなプロを呼んで調理する目的で整えられている。
 冷蔵庫も一般家庭にある物ではなく、壁に埋め込まれている。
 当然、独立した冷凍庫やオーブン、最新式の電子レンジなどもすべて完備され、大理石の調理台では恐らくパン生地でも捏ねるのだろうか。

(何でも作れそうだな)

 そう思っていると、斎藤が返事をする。

「いいえ、今できましたから大丈夫ですよ。強いて言うなら、ランチョンマットなどのご用意をして頂ければ」
「はい! やります! どこにありますか?」

 勢いよく返事をした香澄は、斎藤に場所を教えてもらい、ダイニング近くにある引き出しから何種類ものランチョンマットを見つけ、自分の好みでテーブルに並べた。
 三枚並べたからか、斎藤がキッチンで笑う。

「私の分はいいですからね? 私は基本的にこちらでご飯を頂きませんから」
「えっ? そうなんですか?」
「親しくさせて頂いていても、雇用主と家政婦の距離感は守らせて頂いています。ご所望があった場合は別ですが、基本的に私の存在は無視してください」
「は……はい……」

 佑はその間に、斎藤が作っているのが焼きうどんだと確認して、箸を出している。
 チラッと見ると、箸置きも季節に合わせた物が沢山あり、食卓が楽しくなりそうだ。

(こういうお金のかけ方もあるんだな)

 やがて盛るだけでお洒落感の出る、黒い焼き物の皿に焼きうどんが盛られる。
 キノコがたっぷり入っていて、海苔ものせられ美味しそうだ。
 味噌汁は南瓜で、ほっくりとした色が出ていてこちらも食欲がそそられる。

「赤松さん」
「はい?」

 斎藤に呼びかけられ、香澄はピッと背筋を伸ばす。

「今日は初日なので、苦手な物があってもご容赦頂きたいのですが、もしお時間がありましたら、好きな食べ物、苦手なもの、アレルギーがある物など書いて頂きたいです。アレルギーはないと、事前に御劔さんに伺っていましたが……」
「あ、はい! 食べられない物って多分ないと思います。苦手なものは多少あるかもですが、考えて書いておきますね」
「はい」
「香澄、食べよう」

 佑に呼ばれ、香澄は彼の向かいに座る。

「来客用の箸で済まない。香澄の荷物はもう届くと思うから、愛用の箸や茶碗があれば置いておいて。勿論、心機一転して買い換えるのも賛成だし」
「はい。取りあえず、使える物は引き続き使います」

 そのあと、二人で「いただきます」を言い、焼きうどんを食べた。
 斎藤の作った焼きうどんは、見た目シンプルで普通なのに、出汁などの旨みが強く、醤油味があっさりしていてとても美味しい。

(調味料も高級なのかな)

 気が付けば夢中になって食べる香澄を、キッチンで後片付けをしている斎藤が優しく見守っていた。



 食べ終わったあとになり、チャイムが鳴った。
 佑を追いかけて玄関に向かうと、五十代ほどの男性が立っている。

「香澄、こちらは円山縁(まるやまえん)さん。常駐の警備員さんだ。荷物や取り次ぎの用があったら、こうして母屋を訪ねるけど警戒しないで。逆に警備について気に掛かる事があったら、内線で離れにいつでも連絡をして」
「赤松香澄です。宜しくお願い致します」

 シュッとしてまじめそうな円山に頭を下げると、彼が微笑んだ。

(あ、一見硬そうだけど、笑うと優しそうだ)

「円山です。宜しくお願いします。御劔さん、引っ越し業者の方が荷物を届けに参りました。玄関を開放しても?」
「はい」

 佑が返事をすると、円山は玄関ドアを開き「こちらにお願いします」と声を出す。
 そして外気が入る中、引っ越し会社の人たちがあっという間に玄関に香澄の衣装ケースや段ボールなどを置いていく。

「お部屋まで運びますか?」
「そうですね。じゃあ、二階の奥までお願いします。円山さん、案内を」

 香澄は自分の荷物なので手伝おうとあわあわするのだが、あっという間に二階まで運ばれてしまった。

「ありがとうございます。報酬については、私から別途手配しておきますので」

 最後に佑が微笑むと、いつもより色のついた報酬がもらえるとホクホクした引っ越し業者たちは、挨拶をして去って行った。

「お正月なのに……申し訳ないです」

 円山も去り、香澄は二階の廊下にある自分の荷物を見て息をつく。

「まぁ、世の中、正月になると休みたいという人がすべてじゃないという事だ。こちらから手を回して別途振替の休みをお願いして、その分倍額以上払うと言ったら、対応してくれる人もいる」
「……す、すみません……」

 佑が余分なお金を払っている事に気づき、香澄は頭を下げる。

「だから」

 後頭部をクシャクシャ撫でられ、香澄は思わず顔を上げた。

「これから一緒に暮らすんだから、一々謝るのはナシ。いいね?」
「は、はい」
「『ありがとう』はどれだけ言ってもいいけど、気にしすぎも良くない。すぐには無理だと思うけど、俺の事を少しずつ〝家族〟って思ってほしい」
「……ど、努力します」
「斎藤さんも、日常的に家に出入りするから、必要以上にかしこまらなくていいからね」
「はい」

 それでも少し緊張した顔で頷いた香澄を見て、佑はフッと表情から力を抜き、また頭をポンポンと撫でてきた。

「疲れたと思うから、もう自由時間にしようか。荷物を片付けるのに、力仕事がいるならいつでも声を掛けて」
「ありがとうございます」

 自由時間と言われ、ようやく肩の力を抜ける気がする。
 佑は踵を返してまた一階に下りてゆく。

 それを見送ってから、香澄は自分の荷物を見て息をつく。
 衣装ケースは半透明なので、何が入っているか見やすい。段ボールはマジックで何が入っているか書いている。

(すぐ必要になる、洗面関係や着替え、寝間着とかを出しておこう)

 いまだ気持ちは「ここに住む」となっておらず、どこか旅行先のホテルにいる気分だ。

「んしょ……」

 段ボールを持ち上げ、部屋の中に運び込む。
 使いかけの基礎化粧品などを出し、「自分の部屋に洗面所とトイレがあるなんて贅沢だな」と思いつつ、ありがたくセットしていく。
 それから部屋にある空の本棚に本を収め、ノートパソコンなどは可愛らしいアンティークなデザインのデスクに置く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...