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第一部・出会い 編

両親への挨拶2

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「それって……、香澄をお嫁さんにもらってくださるという事ですか?」

 母、栄子(えいこ)が先走った事を言い、香澄は無言でクワッと目を見開き母を睨む。
 そんな彼女の隣で、佑は軽やかに笑った。

「勿論、将来的にはそのお願いもしたいと思っています」
「今は違うんですか?」

 父、崇(たかし)が慎重に、けれど真剣に尋ねる。

「私は香澄さんと、つい先日出会ったばかりです。私は香澄さんに魅力を感じ、将来の事も考えています。ですが出会ったばかりの私が香澄さんと結婚したいと申し出ても、その真剣さを信じて頂けないと思います」

 佑の言う事はもっともで、両親は何も言わなかった。

「今回は、Chief Everyの社長として、香澄さんを私の秘書としてスカウトし、一緒に東京に来てもらえないかという勧誘をしました。勿論、将来的には伴侶になってほしいと思っています。その前に、一緒に過ごして親密になっていく時間を設けられたらと思います」

 佑の言葉を聞き、両親が香澄を見てくる。

「香澄、転職するの?」

 母に尋ねられ、香澄は慎重に答えた。

「……最初は、せっかく八谷に就職できたんだから、最後まで全うしたいって思ってた。でも、社長にも社員さんにも、『人生で一回あるかないかのチャンスを、見逃したら駄目だ』って言われた」

 香澄の言葉を、両親も佑も黙って聞いてくれている。
 その間に飲み物が運ばれてきたが、香澄は言葉を続けた。

「正直、御劔さんの事は素直に魅力的だと思う。もっと正直に言うと、こんな有名人が私を気に掛けてくださったのが、まだ信じられない。でもこの数日、御劔さんはお店に通ってくださって、真剣にこれからの事を話してくださった。ここでいつまでも信じないで疑っていたら、今後何かがあっても誰の事も信じられないだろうなって思う。万が一の契約書まで用意してくださったし、信じてみようかな……って」

 香澄が言い終わったあと、崇が「ひとまず飲みましょうか」とウーロン茶のグラスを掲げた。
 微妙な空気のまま四人は乾杯し、ストローで飲み物を飲む。
 先付は、ズワイガニの甲羅の中に身や野菜などを柑橘ゼリーで寄せたものを出された。

「せっかくですし、食べましょうか」

 崇が言い、佑も「そうですね」と頷く。
 香澄も「いただきます」と言って箸を手に取った。

「契約書を用意してくださっているとの事ですが、急に気が変わって何の保証もなく香澄を捨てる事はないと信じていいのですね?」

 栄子に尋ねられ、佑は「はい」とすぐさま返事をする。

「気持ちとしては、契約書などなくても香澄さんを支えていきたいです。ですが現在の彼女の気持ちや、崇さん、栄子さんのお気持ちとしては、私を信じ切れないと思います。ですので、法的に効力のある契約書を用意しました。少なくとも東京に連れて行って、香澄さんに飽きたから何の保証もなく捨てる……という心配は無用です。衣食住、香澄さんがChief Everyで働けないと思った場合の、次の転職先の紹介まで、きっちりカバーする所存です」

 佑の言葉を、香澄がカバーする。

「私、契約書読んだけど、万が一の時に私が何かしなきゃいけない項目は一つもなかった。何もかも私に有利に書いてあって、逆に申し訳ないぐらいで……」
「そう」

 栄子が微笑む。
 その反応を見て、香澄は両親がすでに自分を送り出す気持ちを固めているのを察した。

 続いて彩りや演出に凝った旬菜の器が五つ、盆に載せられて運ばれた。
 食事が進んでも両親はそれ以上、佑と香澄の気持ちを必要以上に確認しようとしなかった。
 出てくる料理を「美味しい」と笑顔を見せて感想を言い、佑に東京での生活や、Chief Everyの社員は普段どのような事をやっているのかなど、当たり障りのない範囲で尋ねる。
 フカヒレののった茶碗蒸し、美しく盛られた造り、焼き物は伊勢エビの半身をグラタンにした物、止肴には牛ステーキが出され、最後の飯物と味噌汁、香の物が出される頃にはお腹がはち切れそうになっていた。
 最後に和風デザートを五種類の中から一つ選び、香澄はココナツミルクとアイスクリーム、餡子を用いた和洋折衷な物を頼んだ。
 すべて食べ終えて温かいほうじ茶を飲んでいる時、栄子が再び尋ねてきた。

「香澄はどうしたいの?」

 美味しい食事に気が緩んでいたところだったので、香澄は一瞬ドキッとする。
 が、両親とも話し、この食事の間で決まった気持ちを伝えた。

「チャレンジしてみたい。一からの仕事になるけど、先輩秘書さんが後輩用の資料を整えてくれているようだし、やるだけやってみたいなって」
「そう。じゃあ、頑張ってみたら? あんたももう、子供じゃないんだし」

 栄子は微笑んだあと、崇と一緒に佑に頭を下げた。

「御劔さん、香澄をどうぞ宜しくお願いします。生まれも育ちも札幌で、東京のせわしなさについていけるか心配ですが、そこは御劔さんにお任せしたいと思います」
「こちらこそ、大切なお嬢さんを任せて頂き、ありがとうございます。送り出してくださった事を後悔されない生活と、充実した職場を約束したいと思います」

 話に決着がついたあと、栄子がにっこり笑ってつけ加えた。

「あとから結婚の報告も、楽しみにしていますからね」
「おっ、お母さん……っ」

 思わず動揺した香澄は声を出し、膝の上にある紙ナプキンを両手で揉む。

「香澄さんと懇意になれるよう努力します」

 佑も栄子に向かって微笑み、これで今日の食事の目的はすべて果たされたと全員が理解した。

「最終的に、香澄はいつ東京に行くつもりなの? 家は?」

 母に尋ねられ、香澄は考えていた事を話す。

「年内には退職……って思ってる。でも年始に引っ越しだとバタバタするから……どうしようかな」

 まず周囲の人に話してからと思っていたので、退職や引っ越しのタイミングについては、それほど詳しく考えていなかった。

「八谷の退社時期は、香澄さんに一任したいと思います。引っ越しについては、私が経営している不動産会社と連携している引っ越し会社に任せてはどうでしょう?」
「あら、お得になるんですか?」

 栄子の冗談交じりの言葉に、佑は「はい」と頷く。

(お得になるならありがたいな……)

 香澄もつられ、引っ越しについては佑に甘えようかと考え始める。

「できれば可能な限り早めに東京に引っ越しして、環境に馴染んでもらえたらなと思っています」
「それはそうですね。東京の電車や地下鉄など、とても迷いそうですし」

 崇が同意すると、佑がつけ加える。

「香澄さんには社長秘書をしてもらいたいと思っているので、基本的に移動は車になります。加えて私がプライベートで親しくしている女性となると、申し訳ないですが周囲から多少のやっかみを受ける可能性があります。それを未然に防ぐためにも、東京での生活は基本的に車で……と考えています」

 現実的な問題が提示され、両親も少し難しい顔になる。

「そうね……。芸能人と遜色ない御劔さんの側にいるなら、色々大変になるかもね」
「香澄さんの事は、護衛もつけて守り切ると誓います」

(護衛!)

 思ってもみない単語に驚くが、佑ほどの人なら護衛がいてもおかしくないのだろう。

「住まいはどうするんだ?」

 父に尋ねられ、香澄はそこもまだ考えていないと言おうと思ったが、佑が口を開いた。

「それについてなのですが、私が所有している物件に住んでもらうのも考えましたが、一番はお互いの存在に慣れるために、同棲できたら……と思っています」

(言っちゃうんだ!)

 両親を前にズバッと同棲を切り出す佑を、香澄はもう見守るしかできない。

「結婚を考えてくださっているのなら、同棲は自然な事でしょうけれど……。どういう環境で同棲する事になりそうでしょうか? まだ出会ったばかりですので、プライベートが守られる環境だとこの子も楽だと思うのですが」

 少し渋った栄子に、佑はにっこり笑う。

「大丈夫です。同じ空間で過ごすのは、リビングダイニングなどパブリックスペースになります。私は自分の寝室や書斎を持っていますし、香澄さんには同じ屋根の下でも、独立した部屋を使ってもらう予定です。こういう言い方は語弊がありますが、部屋数がありますので空き部屋が沢山あります。普段まったく使っていない三階もありますし、香澄さんが私を警戒するなら、私が普段使う部屋と違うフロア、離れた部屋を用意できます。バス、トイレもまったく独立して使う事が可能です」
「あらぁ……。凄いのね」

 御劔邸がどうやら物凄い豪邸だと察し、栄子が目を丸くする。

「家事については、私のほうで家政婦さんと、掃除の業者を雇っています。香澄さんには弊社で働いてもらう以外に、労働をしてもらう予定はありません」
「……私が引っ越そうかな」

 栄子が冗談を言い、全員が笑う。

「香澄はどうなの? 御劔さんもここまでお膳立てしてくださるなら、実際の生活についても紳士的に接してくれるんじゃ……と思うけど。まぁ、あとは二人の問題だけどね」
「う……うん。条件的にはとてもいい……とは思うけど」

 実際ここまで両親の前で話を進められると、佑の提案を断りづらくなっている。
 というか、もうほぼ両親公認だろう。

「まぁ、香澄が東京に行ってみるって言うなら、私生活も思い切ってみたら? 私も御劔さんほど名のある方が、ここまで言っておきながら約束を反故にするなんて思えないし。そこは信頼できると思うわよ?」

 栄子の言葉に、佑は「ありがとうございます」と微笑んだ。

「じゃ、じゃあ……。御劔さんのお宅にお世話になり……ます」

 半ば勢いに乗せられて香澄が決断すると、隣で佑がそれはいい笑みを浮かべた。

「宜しく。香澄さん」

(あぁ……。これで良かったのかな)

 言ってしまってから不安になったが、もうなるようにしかならない。

――――――――――――――――

 出てきた料理は、自分で取材して許可を得たものになります。
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