上 下
11 / 1,536
第一部・出会い 編

口説かれる

しおりを挟む
「それで、俺が君に恋をしていると分かったら、付き合ってほしい」
「……私が御劔社長を好きにならないとか、考えないんですか?」

 彼の死角を突っ込んだが、極上の微笑みを向けられた。

「惚れさせてみせるよ」

(うっ……)

 やけに自信満々に言われ、香澄はうろたえる。

「ず、随分自信家ですね」
「嫌みな言い方だけど、赤松さんが特殊なタイプの男性を好きになる人でなければ、俺は好きになってもらう大体の条件はクリアしていると思うんだ。だからあとは、君の事を知って、君好みにチューニングしていきたい」
「……〝世界の御劔〟と言われているあなたが、私なんかに合わせるって言うんですか?」

 いまや若者ならほとんどの者がChief Everyの服を着ていて、世界に焦点を合わせればセレブたちがCEPを求めている。
 不動産会社の『eホーム御劔』は佑という広告塔があるからか、不動産業界において絶大な信頼感がある。

 香澄は金持ちのプライベートなど知らないが、きっと自分が一生かかっても使い切れない資産を持っているだろうと予想している。
 少し前は、彼がオークションで億単位の絵画を落札したというニュースを見て、「ふーん」と思ったものだ。

 そんな金銭感覚の人とは一緒に暮らせないと思うし、きっと色んな価値観を押しつけて香澄に「変わってほしい」と言うに決まっている。
 さっきはセクハラを見て怒り、助けてくれた……という流れだったが、福島以上に金と権力を持っている佑が、香澄を支配しないはずがない。

「合わせたい。人を好きになるって、そういう事だろう? 一緒に暮らすために折衷案を出して、妥協して、一人の人間を自分のプライベートに入れる」
「それは……そう、ですけど……」

 まっとうな事を言われ、香澄は口ごもる。

「逆に尋ねたい。赤松さんは、俺をどう思っている? 何を言われても怒らないから、素直な感想を言ってほしい」

 尋ねた佑は、タコの唐揚げを口に入れた。
 香澄はストローでカクテルを飲み、口の中でクラッシュドアイスを溶かし考えた。

「……確かに、さっきお店で恥ずかしい思いをしていました。でも仕事だし、社長の面子を潰したらいけないと思って、自分さえ耐えればいいんだって思っていました。それでもセクハラと言える言葉を掛けられ、どう対応するのが正解か迷っていました。恥ずかしかったし、ホールスタッフの女の子たちがいる前で情けなかったです。御劔社長が来てくださって、場は解決されました。ですが……、私はマネージャーとしてきちんと使命を果たせなかったな、とも感じました」

「君にとって余計な真似だったのも、承知している。けれどその上で言うよ。あれはマネージャーがする仕事ではない。こう言うと悪いけれど、あの場は八谷社長がしっかり断るべきだった。でも、福島さんとの仲が悪くなるのを恐れて、判断を先送りにした気持ちも察する。だから、第三者の俺が入った」

 説明され、すべて彼の言う通りだと思った。
 本来なら、香澄はバニーガールの格好をする必要なかった。
 着替えなくても、もっと別のかわし方をして、福島を楽しませる事は可能だっただろう。
 香澄がホールスタッフたちをいつも「守る」と考えているのと同時に、他力本願な事を言えば、あの場は社長である八谷が香澄を守るべきだったのかもしれない。

「……ありがとう、ございます」
「どう致しまして。君に恩を売りたい訳じゃないけどね。そのあとは、どう感じた?」
「久しぶりに『バカ』って言われたな、と思いました」
「あはは! ごめん! カッとなってつい。乱暴な言い方をして済まなかった。嫌な思いをさせたな」
「いえ。私を心配してくださっての『バカ』というのは、分かりましたから」

 佑が声を上げて笑ってくれたからか、香澄も自然と笑顔になっていた。

「……強引な人だな、とは感じました。私は勤務中だったのに、社長に意志を押し通して私を連れ出したんですもの」
「悪かった。……嫌だったか?」

 尋ねられ、香澄は内心「ずるいなぁ」と思う。

「マネージャーとしては、終業まで仕事をさせてほしかったです。……赤松香澄という一個人としては、……私のためにそこまで怒ってくれて、ありがたいなと感じました。でも、あまりに突然で、テレビでも見ている方なので、いまだにからかわれていると感じていますが」

 やっと香澄の本音まで辿り着き、佑は嬉しそうに微笑んだ。

「俺は〝赤松香澄〟さんと話したいな」
「私の中では、御劔社長はお客様ですから」
「佑って呼んでくれないか?」

 また魅惑的に微笑んだ佑が、テーブルの上にあった香澄の手を握った。

「! ご冗談は……」
「冗談で女性を口説くほど、暇じゃないんだ」
「申し訳ないですが、そう言って沢山の女性を口説いているように思えます」

 言ってしまったあと、香澄は溜め息をついた。

「……すみません。『気になっている』と言ってくださっているのに、可愛げのない事を言いたい訳じゃないんです。これが御劔社長でなくて、一般男性なら素直にお礼を言って恋に落ちていたかもしれません」

 香澄の言葉を聞いても、佑は表情を変えず穏やかに微笑んでいる。

「言いたい事は分かるよ。俺は自分の事を大体客観視できる。『御劔佑は有名人で顔もそこそこいいから、当然モテて芸能人やモデルの女性と遊んでそう。金持ちだし、クォーターだから海外にも恋人がいそう』。そう見られているのは、よく分かっている」

 そこまで言うつもりのない事を本人が口にし、居たたまれない。
 自分の浅ましい心を覗き見された気がして、香澄は羞恥を覚えた。

「そんな顔をしなくていい。そう見られているのは分かっているし、慣れている。だからいいんだ」

 何と言ったらいいか分からず、香澄は俯く。

「赤松さん、俺は……君が思ってるより、ずっとつまらない男だ」

 佑が急にそんな事を言い出し、香澄は瞠目する。

「毎日、秘書に家まで迎えに来られて、そのまま会社に行く。会食をして接待を受けて、誰もいない家に帰る。食事はお手伝いさんに任せ、掃除は業者に頼んでいる。休日はシアタールームで映画を見たり、好きなクラシック音楽を聴いたりしている。国内、海外出張に月に何回も行くが、同行するのは男性秘書、出張先では仕事をして、接待を受けて、ホテルに帰って一人で寝る。勿論、仕事の中にはテレビ局に行くものや、雑誌の取材を受けるものもある。そこでも基本的に仕事をこなしたあとは、次の予定があるから誰とも関わらずすぐに帰社する。……そういう、つまらない生活をしている」
「そんな……。つまらないだなんて」

 言いながらも、香澄は想像していた〝御劔佑〟の生活とかけ離れていて、少し驚いた。

「今、俺の毎日を聞いて、どう思った? 素直に言っていいよ」

 ぷち、と枝豆を食べ、佑が微笑む。

「……もっと、パーティーを開いたり、クラブとかに行ったりしていると思っていました。クルージングとか、BBQとか……」

 素直に言うと、佑がにっこり笑う。

「俺は、あんまり大勢で集まって騒ぐのは好きじゃないんだ。あと、こういうのは抵抗があるかもしれないけど」

 そこまで言い、佑はスマホを取り出すと操作し、香澄に見せてきた。

「これは私用スマホだけど、この通り、近々に連絡している相手は、男か身内しかいない」

 見せられたのは、コネクターナウという有名なメッセージアプリだ。

「そ、そんな。見せて頂かなくても……」

 言いながらもチラッと見てしまったが、佑が言う通り、連絡を取っている相手は男性のや彼の身内とおぼしき女性の名前しかない。
 トークルームの中身まで見なければその真偽は分からないが、ここまで見せてくれるという事は本当なのだろう。

「俺は今、付き合っている女性はいない。信じてくれる?」
「……はい」

 プライベート中のプライベートの、メッセージアプリを見せてくるのは、彼の本気の表れだ。
 佑はスマホをポケットにしまい、ポツンと落とすように微笑む。

「こうやって個人的に女性に声を掛けて、仕事の途中なのに連れてきたなんて、生まれて初めてなんだ。自分でも、自分の選択と、制御のできない気持ちに驚いている」
「……ありがとう、ございます」

 彼に口説かれる……とおぼしき言葉を向けられるのは、何回目かだが、今は素直に受け止められる気がした。

「今日口説くのは、この辺にしておこうか」
「え?」

 思わず目を丸くすると、彼は安心させるように笑いかけてきた。

「出会ってその日に落とせるほど、簡単な女性ではないと思っているから」

 押すだけ押して引かれると、つい物足りなく感じてしまう。

(我が儘だ、私……)

 ジワッと恥じらったあと、佑が「話題を変えるけど」と言って水割りを飲んだ。

「失礼だったら済まない。赤松さんって、魅力的な体をしているよな」
「えっ!?」

 言われて、自分のバニーガール姿を見られたのだと思いだし、香澄はカーッと赤面した。

「……でも気になったんだけど、あのバニーガールのコスチュームはサイズが合ってなかった」
「う……。き、既製品ですし。……見苦しくてすみません」

 全体的にスリムな他のホールスタッフに比べると、香澄の胸元やお尻は零れそうになっていた。

「いや、そうじゃなくて。俺なら君の体ピッタリのバニースーツを作れる、と思ったんだ」
「え?」

 佑の言いたい事が分からず、香澄は困惑する。
 そのあと、彼がアパレル会社の社長だと思いだし、サッと顔色を青くした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【女性向けR18】幼なじみにセルフ脱毛で際どい部分に光を当ててもらっています

タチバナ
恋愛
彼氏から布面積の小さな水着をプレゼントされました。 夏になったらその水着でプールか海に行こうと言われています。 まだ春なのでセルフ脱毛を頑張ります! そんな中、脱毛器の眩しいフラッシュを何事かと思った隣の家に住む幼なじみの陽介が、脱毛中のミクの前に登場! なんと陽介は脱毛を手伝ってくれることになりました。 抵抗はあったものの順調に脱毛が進み、今日で脱毛のお手伝いは4回目です! 【作品要素】 ・エロ=⭐︎⭐︎⭐︎ ・恋愛=⭐︎⭐︎⭐︎

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。 更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。 曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。 医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。 月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。 ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。 ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。 伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。 婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約? 憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。 アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。 ※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...