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記憶喪失の姫1
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「ん……」
モニカは小さくうめいて目を覚ました。
嗅ぎ慣れない匂いがする。けれど指先に触れるのは、上等な敷布の感触だ。
金色の睫毛がピクッと動いた後、二、三瞬きしてフワッと目が開いた。
エメラルドのような目は、見る者に思わず溜息をつかせるほど美しい。けれどその目は、いま困惑に彩られている。
「どこ……」
「モニカ」
そこに男性の声が聞こえて、モニカはビクッと身をすくませた。次いで頭を撫でてくる手があり、咄嗟にそれをはね除ける。
「いやっ」
パンッと乾いた音がして、相手は困惑して手を引っ込めた。
「……あなたは……、え……?」
モニカの視線の先には――、白銀の髪の男性が青い目を瞠ってモニカを凝視している。
どうやら驚いているらしく、はね除けられた手はそのまま中途半端に空中にあった。
「す……、すみません。乱暴に扱ってしまいました」
とりあえず謝るも、モニカは混乱していて現状を理解していない。
目の前にどうして『この人』がいるのか理解しておらず、なぜ自分が寝かされているのか、彼が傷ついた目をしているのか。何もかも分からない。
「モニカ……?」
戸惑いを表情一杯にしてこちらを見ている美青年に、モニカは覚えがあった。
隣国ヴィンセント王国の第一王子、クライヴだ。
「あなたは……ヴィンセント王国のクライヴ王子? 私は……どうしてここに……」
ゆっくりと上体を起こそうとして、モニカは酷く頭が痛むのに気付いた。思わず額に手をやり、美しい顔をしかめる。
手を触れた額には、包帯が巻かれてあった。
クライヴはモニカの他人行儀な言い方に、彼女の現状を察する。
「モニカ……、記憶が……?」
「あなたは……どうしてここに?」
まだ不審さを失わない目が問うと、クライヴは無理に笑ってみせた。
「俺はクライヴ。……君の婚約者だ」
「クライヴさま……。婚約者……」
言われた名前と単語を反芻し、モニカは目を眇める。
「君は自分の国からこの国に移動する際、何者かに襲われたんだ。それで多分頭を強く打って……。一時的に俺のことを忘れてしまったのだと思う。自分のことは覚えている? 名前や国のこと、ご家族のこと」
クライヴが必要以上に触れず、優しく尋ねたのが功を奏した。少し冷静になったモニカは、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「私は……、モニカ・コールドウェル・ウィドリントン。お父さまは国王陛下で……、お母さまは王妃陛下。弟と妹が一人ずついます」
「そうだね」
モニカの他の記憶が安定していたのに、クライヴはホッとした。けれど、その中から自分との関係だけが抜け落ちていることが、堪らなく悲しい。
「クライヴさま……あなたは……」
けれど、初対面の彼女を怖がらせないように、クライヴは微笑んで自己紹介をした。
「俺はクライヴ・ハルフォード・ヴィンセント。ヴィンセント王国の第一王子で、君の婚約者だ。妹が一人いる」
彼が名乗ったフルネームを、モニカは口の中で復唱する。
「それで……クライヴさま、ここはあなたの国?」
「ああ、そうだ。君のために用意してあった部屋だから、気兼ねなく過ごしてくれて構わない」
「ありがとうございます」
それからクライヴは、少し気まずそうな顔をして黙ってしまった。
「どうしたのですか? クライヴさま」
「……実は、非常に言いづらいんだが……」
そう言ってクライヴは静かに息をつき、ごまかすように大きな手で口元を覆った。
モニカはどうやら自分が、彼に迷惑をかけているだろうことを察する。
自分が記憶を失い、自らを婚約者という彼のことを忘れているのは、非常にまずいことなのだろう。
申し訳ないという気持ちがあるも、頭の奥には霧がかかったようでクライヴについて何も思い出せない。
「ごめんなさい。私、あなたのお荷物になっていますよね? 協力できることなら、何でもします。あなたのことも、なるべく早く思い出すように努力しますし……」
こうして上等なベッドに寝かせてくれている彼に、できるだけ誠実な態度を取ろうとした。
モニカは小さくうめいて目を覚ました。
嗅ぎ慣れない匂いがする。けれど指先に触れるのは、上等な敷布の感触だ。
金色の睫毛がピクッと動いた後、二、三瞬きしてフワッと目が開いた。
エメラルドのような目は、見る者に思わず溜息をつかせるほど美しい。けれどその目は、いま困惑に彩られている。
「どこ……」
「モニカ」
そこに男性の声が聞こえて、モニカはビクッと身をすくませた。次いで頭を撫でてくる手があり、咄嗟にそれをはね除ける。
「いやっ」
パンッと乾いた音がして、相手は困惑して手を引っ込めた。
「……あなたは……、え……?」
モニカの視線の先には――、白銀の髪の男性が青い目を瞠ってモニカを凝視している。
どうやら驚いているらしく、はね除けられた手はそのまま中途半端に空中にあった。
「す……、すみません。乱暴に扱ってしまいました」
とりあえず謝るも、モニカは混乱していて現状を理解していない。
目の前にどうして『この人』がいるのか理解しておらず、なぜ自分が寝かされているのか、彼が傷ついた目をしているのか。何もかも分からない。
「モニカ……?」
戸惑いを表情一杯にしてこちらを見ている美青年に、モニカは覚えがあった。
隣国ヴィンセント王国の第一王子、クライヴだ。
「あなたは……ヴィンセント王国のクライヴ王子? 私は……どうしてここに……」
ゆっくりと上体を起こそうとして、モニカは酷く頭が痛むのに気付いた。思わず額に手をやり、美しい顔をしかめる。
手を触れた額には、包帯が巻かれてあった。
クライヴはモニカの他人行儀な言い方に、彼女の現状を察する。
「モニカ……、記憶が……?」
「あなたは……どうしてここに?」
まだ不審さを失わない目が問うと、クライヴは無理に笑ってみせた。
「俺はクライヴ。……君の婚約者だ」
「クライヴさま……。婚約者……」
言われた名前と単語を反芻し、モニカは目を眇める。
「君は自分の国からこの国に移動する際、何者かに襲われたんだ。それで多分頭を強く打って……。一時的に俺のことを忘れてしまったのだと思う。自分のことは覚えている? 名前や国のこと、ご家族のこと」
クライヴが必要以上に触れず、優しく尋ねたのが功を奏した。少し冷静になったモニカは、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「私は……、モニカ・コールドウェル・ウィドリントン。お父さまは国王陛下で……、お母さまは王妃陛下。弟と妹が一人ずついます」
「そうだね」
モニカの他の記憶が安定していたのに、クライヴはホッとした。けれど、その中から自分との関係だけが抜け落ちていることが、堪らなく悲しい。
「クライヴさま……あなたは……」
けれど、初対面の彼女を怖がらせないように、クライヴは微笑んで自己紹介をした。
「俺はクライヴ・ハルフォード・ヴィンセント。ヴィンセント王国の第一王子で、君の婚約者だ。妹が一人いる」
彼が名乗ったフルネームを、モニカは口の中で復唱する。
「それで……クライヴさま、ここはあなたの国?」
「ああ、そうだ。君のために用意してあった部屋だから、気兼ねなく過ごしてくれて構わない」
「ありがとうございます」
それからクライヴは、少し気まずそうな顔をして黙ってしまった。
「どうしたのですか? クライヴさま」
「……実は、非常に言いづらいんだが……」
そう言ってクライヴは静かに息をつき、ごまかすように大きな手で口元を覆った。
モニカはどうやら自分が、彼に迷惑をかけているだろうことを察する。
自分が記憶を失い、自らを婚約者という彼のことを忘れているのは、非常にまずいことなのだろう。
申し訳ないという気持ちがあるも、頭の奥には霧がかかったようでクライヴについて何も思い出せない。
「ごめんなさい。私、あなたのお荷物になっていますよね? 協力できることなら、何でもします。あなたのことも、なるべく早く思い出すように努力しますし……」
こうして上等なベッドに寝かせてくれている彼に、できるだけ誠実な態度を取ろうとした。
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