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いい事は自分の足で積極的に探しにいける

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「その被害に遭った子は大丈夫なの?」

 心配すると、慎也はボウルでオクラとマヨ、めんつゆを和えつつ言う。

「思い悩んでいたみたいだ。会社のヘルプラインに通報するにも、あとから知られたら自分が責められるんじゃないかとか、周りに『お前さえ我慢すればいいだろ』って言われるんじゃないかとか」

「はぁ?」

 私は冷笑混じりに言う。

「加害しておきながら、被害を訴えたほうが悪いって言うの? 加害者だけじゃなくて、周りまでモラ体質なの、やばいんじゃありません事? 社長、副社長。おたくの会社、モラモラしてますわよ」

「だよねー」

 正樹はビールを飲みつつ頷く。

「すでに〝そう〟育ってしまった大人の男について、今さらどうこう言っても仕方ない。今は通報した女性社員を守っていく事に注力したい。会社の風通しはいいに超した事はないしな。問題があったら一人で抱え込んでしまう前に、簡単に周りに相談、解決する環境にしたい。そりゃ通報されたら大事おおごとだと思うだろうけど、通報される事をした側に問題がある。そうなるまで放置した周囲、上司にも問題がある。周りの環境を含めて会社を改善、アップデートしていけたらって思うよ。な、正樹」

 慎也に言われ、正樹が頷く。

「そうだね。パワハラモラハラなんて、今時いまどきじゃないし。年齢関係なく、皆で和気藹々仕事をして、会社全体の結果を出せるようにしてきたい。そのために、僕らも社長室に引きこもって〝特別〟になるんじゃなくて、気軽に色んな社員と話して〝話〟を聞けたらいいなって思うよ」

「んふふ、頼もしい」

 よく、社長さんがビルのエントランスを掃除しているとかあるけど、結局そういう事なんだろうと思う。

 社長って聞くと、一般社員から一番遠い存在に思える。
 権力を持っていて、管理職の上の上。自分たちの声なんて届かないに決まっているって思いがちだ。

 だからこそ、ドラマでもよくあるけど、普通の人に紛れて社員の様子を見ているんだろう。

 人伝いに聞く話より、自分の目で見たもののほうが信じられるから。

「九割以上通報された側が悪いけど、両者に言い分があると思う。けどきちんと見極めたあと、きちんとフォローしてあげてね。一方だけが悪で、悪を成敗したら終わりはお話の世界だけ。ハラスメントをしたのが本当だとしても、その人の人生も生活もある。改善できるなら改善してもらう。そして被害を受けた女性には、これ以上その人と接触しない環境を整えるとか、できる事はあると思うから」

「だな。ホイどうぞ」

 慎也が小鉢に入れたオクラを出し、パラパラと鰹節をかけてニカッと笑いかけてくる。

「卒乳してから一か月経ったし、ビール飲む?」

「飲む!!」

 私はビシッとサムズアップして元気よく頷いた。

「あー、うま」

 ビールをキンキンに冷やしてくれるすずのカップにトクトク注ぎ、口の周りにヒゲをつけて私は笑う。

「私さ、いずれ本社に入るなら、そういう所で皆の話を聞いて、絡まったものをほぐしていく仕事ってのもいいな」

「確かに向いてるかもな。営業の成績も見事なもんだけど、結局はコミュニケーション能力だし」

 オクラを食べつつ慎也が頷く。

「自分のやりたい仕事をしなよ。やりがいがあって、情熱を傾けられる仕事。優美ちゃんは仕事に生き生きしてる姿が似合ってると思うし」

「うん!」

 正樹の言葉に私はにっこり笑った。

「まぁまぁ、君らも飲んでくれたまえ。バリバリ仕事をするには、まず食べてしっかり寝てからじゃないと、おつむが動きませんので」

「えー? アルコール飲んで寝たら、逆に眠りが浅くなるんですけどぉ」

 正樹が反論してくる。コノヤロウ。

「そこは寝る前の運動で、何とかなるだろ」

 おい、慎也。

「その表現、おっさん臭……」

 ボソッと言うと、慎也が無言で落ち込んだ。

「とりま、毎日お疲れ様!」

 カップを掲げると、二人が「うーっす」と缶をぶつけてきた。



**



 二人から聞いた女性社員について、思いを馳せてみる。



 毎日ただでさえ仕事が忙しくて、私生活でも色んな事があると思う。

 でも同僚や友達に話を聞いてもらって、ちょっと憂さ晴らしをして、グチグチ言いながら彼女が前に進んでいけたらいいなと願う。

 どんな人だって聖人じゃないから、つらい出来事があったのに「学びです」と前向きにニコニコしなくていい。

 勿論、ヘルプラインを使った事に責任なんて感じなくていい。

〝相手〟というきっかけがなければ、通報する事態にはならなかったんだから。

 嫌な事は、黙ってても向こうから飛び込んでぶち当たってくる。
 ぶつかりおじさんみたいなもんだ。

 会社での人間関係以外でも、友達や恋人、家族、その他の事で思いがけない事が起こる可能性はある。自分が体調を崩す事だって考えられる。

 犬も歩けば棒に当たっちゃうもんだ。

 でも、余計な事をせずに、じっとしていればいいとまでは思わない。

 いい事は黙っていても舞い込んでくるけれど、さらに自分の足で積極的に探しにいける。

 天気のいい日に散歩して、綺麗な花を見つけるかもしれないし、ワンチャンネコチャンをモフれるかもしれない。
 可愛いカフェを見つけるかもしれないし、美味しいラーメン屋さんに出会うかもしれない。

 映画館に行けば好きな作品を見られるし、ライブだって推しに会いに行ける。
 書店に行けば好きな作家の本の新刊があるかもしれないし、まだ出会っていない面白い作品に出会えるかもしれない。

 花火大会やお祭りなどのイベント事や旅行なんて、非日常に入り込んで現実を一瞬忘れられる。

 それらは家に閉じこもってジッとしていたら、出会えない幸せだ。

 動かずに「いい事ないかなー」ってただ待ってるだけだと、ぶつかってくる不幸のほうを多く感じて「私って不幸」になってしまう。

 勿論、動くには気力がいる。

 落ち込んだり、疲れてしまった時は、まずゆっくり休んでほしい。

 しっかり寝て、空腹じゃないか確認して、余裕があったらお風呂に入る。

 調子が悪い時は、まずこの三つを最低限守る。

 その上で気圧とかPMSとか持病など、自分が不調になりがちな原因を考える。

 満たされている時、あまりネガティブ思考にはなりづらいと思う。

 自分を満たして、いい気分になれるものを摂取してから初めて、「私って不幸だろうか?」と考えてみる。

〝小さな幸せ探し〟がうまくできていたら、「美味しい物を食べられたし、まぁまぁ幸せだな」と思える。

 だったらあなたは不幸じゃない。

 その心の状態をデフォルトに設定して、嫌な事があった時は「いつもの私じゃないしな」と思っておこう。

 踏んだり蹴ったりな出来事があったら、「今日は私が主役の日ではなかった」。それでOK!

 そうやって、ネガティブな感情から自分を解放していけたらな、と思う。

 しばらくは一連の事に囚われて、時間も思考も拘束されるだろう。

 いやんなって、「ふざけんなよクソッタレが」と思うだろう。当たり前だ。
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