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凶刃
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Tシャツにスウェット地のロングスカート姿の彼女は、長い髪を下ろしたまま、やや俯き気味にこちらを見ている。
顔に掛かった髪を払わず、上目遣いに窺っているものだから、なんだか怖い。
「……夕貴、離れてろ」
亮は私を制止した腕でそっと押してくる。
それからポケットからスマホを出し、何か操作した。
「え……、でも……」
「長谷川くんっ!」
何か言いかけた時、高瀬さんが鬼気迫る表情で亮に話しかけてきた。
「ねぇ……っ、どうして私じゃ駄目なの!? その女との事を会社に通報したら、目を覚まして私の元に帰ってきてくれると思っていたのに……っ!」
高瀬さんの目は血走ってギラギラしていて、尋常じゃない。
……というか、会社に通報した事を自白してしまっているけれど、構っていられないぐらい我を失っている。
そして私も、大体の事は高瀬さんがやったと見当をつけていたから、今さらこう言われても驚かないし傷付かない。
ただ、彼女の目的が亮とはいえ、ここまですべての人間関係を破壊する必要はあったのかと問いただしたい。
「高瀬さ……」
「うるさいっ!」
彼女に話しかけようとすると、物凄い剣幕で怒鳴られた。
「あんた、どうしてここにいるの? あれだけ痛めつけてやったのに、どうしてのうのうと亮の隣にいるの? 生きていられるの? 死んだ方がマシってぐらいの目に遭わせてやったのに、どうしておめおめと生き恥さらしてるんだよ! 死ねよ! 仕事失って路頭に迷って、体でも売れよ!」
信じられないぐらいの悪意をぶつけられ、私は思考を停止させて硬直した。
先日、駅前で話しかけて来た時の彼女は、私への敵意を持っていたかもしれないけれど、うまく隠して普通の〝できる女〟を演じられていた。
けれど今は、取り繕う余裕すらなく、剥き出しの悪意を私たちに曝け出していた。
「夕貴、走って駐車場まで行って、西崎さんのところに行け」
亮は前を向いたまま、短く私に指示する。
「こんな状態の高瀬さんと二人きりにできない!」
秀弥さんは……、と思うけれど、マンションの立体駐車場は呼び出し時間などがかかるため、平地の駐車場のように停めてすぐ……とはいかない。
「あーあ! 庇い合って美しい姉弟愛ですこと。外では姉弟ですって言っておきながら、体の関係があるくせに。気持ち悪い」
蔑んだ声で言われ、胸の奥にズグリと鈍い痛みが走る。
「亮、こんな女はもうやめて、私と生きようよ! 私ほど亮の事を愛してる人はいないの! この女には西崎がいるんでしょ? ならそいつに任せて亮は自分に似合う人に目を向ければいいじゃない。私たち、あんなに色んな事を話して理解しあったじゃない。どうして途中から亮の人生に割り込んできた他人に、そこまで肩入れするの?」
高瀬さんは自棄っぱちになった声で言いながらも、通りのほうをチラチラと気にしている。
秀弥さんが来る事を怖れているんだろうか。
それとも、他人にこの状況を見られるのを避けたがっている?
でも、ここまで何も隠さず怒鳴り散らしているのに、第三者を気にするなんて今さらな気がする。
「俺を一番傷つけたお前が言う言葉じゃねぇよ」
亮は低い声で言い、高瀬さんを睨む。
「世界が滅んで女がお前だけになっても、お前だけは好きにならない」
彼がそう言ったあと、高瀬さんは大きく息を吸って、悲鳴に似た声を漏らした。
「~~~~っ、なんでぇ……っ!? なんで私よりその女のほうがいいの!? 男二人を相手にしてるなんて、普通じゃないでしょ? ただのヤリマンでしょ? 私のほうが清らかなのに! 亮だけを思ってる純粋な女性なのに!」
見開いた目から涙を流す彼女は、もう正気を保てていないようだ。
「自分だけは味方だってツラをしておいて、夕貴の情報を田町に売って、自分もおこぼれに与って俺に跨がったくせに何言ってんだよ。頭おかしいんじゃねぇか」
その時、私は亮の手が小さく震えている事に気づいた。
――駄目だ。
――彼を守らないと。
深呼吸して覚悟を決めた私は、スッと息を吸って亮を庇うように前に出た。
「高瀬さん、もうここから去ってください。それじゃないと警察を呼びます。大体、どうしてここを知ったんですか? また尾行していたんですか? いい加減にしてください。もう私たちに関わらないで!」
彼女を睨んで厳しく言ったあと、高瀬さんは見開いた目で私を凝視し、ボソッと呟いた。
「……うるさい」
そう言ったあと、彼女はトートバッグの中から包丁を出し、体当たりするようにぶつかってきた。
顔に掛かった髪を払わず、上目遣いに窺っているものだから、なんだか怖い。
「……夕貴、離れてろ」
亮は私を制止した腕でそっと押してくる。
それからポケットからスマホを出し、何か操作した。
「え……、でも……」
「長谷川くんっ!」
何か言いかけた時、高瀬さんが鬼気迫る表情で亮に話しかけてきた。
「ねぇ……っ、どうして私じゃ駄目なの!? その女との事を会社に通報したら、目を覚まして私の元に帰ってきてくれると思っていたのに……っ!」
高瀬さんの目は血走ってギラギラしていて、尋常じゃない。
……というか、会社に通報した事を自白してしまっているけれど、構っていられないぐらい我を失っている。
そして私も、大体の事は高瀬さんがやったと見当をつけていたから、今さらこう言われても驚かないし傷付かない。
ただ、彼女の目的が亮とはいえ、ここまですべての人間関係を破壊する必要はあったのかと問いただしたい。
「高瀬さ……」
「うるさいっ!」
彼女に話しかけようとすると、物凄い剣幕で怒鳴られた。
「あんた、どうしてここにいるの? あれだけ痛めつけてやったのに、どうしてのうのうと亮の隣にいるの? 生きていられるの? 死んだ方がマシってぐらいの目に遭わせてやったのに、どうしておめおめと生き恥さらしてるんだよ! 死ねよ! 仕事失って路頭に迷って、体でも売れよ!」
信じられないぐらいの悪意をぶつけられ、私は思考を停止させて硬直した。
先日、駅前で話しかけて来た時の彼女は、私への敵意を持っていたかもしれないけれど、うまく隠して普通の〝できる女〟を演じられていた。
けれど今は、取り繕う余裕すらなく、剥き出しの悪意を私たちに曝け出していた。
「夕貴、走って駐車場まで行って、西崎さんのところに行け」
亮は前を向いたまま、短く私に指示する。
「こんな状態の高瀬さんと二人きりにできない!」
秀弥さんは……、と思うけれど、マンションの立体駐車場は呼び出し時間などがかかるため、平地の駐車場のように停めてすぐ……とはいかない。
「あーあ! 庇い合って美しい姉弟愛ですこと。外では姉弟ですって言っておきながら、体の関係があるくせに。気持ち悪い」
蔑んだ声で言われ、胸の奥にズグリと鈍い痛みが走る。
「亮、こんな女はもうやめて、私と生きようよ! 私ほど亮の事を愛してる人はいないの! この女には西崎がいるんでしょ? ならそいつに任せて亮は自分に似合う人に目を向ければいいじゃない。私たち、あんなに色んな事を話して理解しあったじゃない。どうして途中から亮の人生に割り込んできた他人に、そこまで肩入れするの?」
高瀬さんは自棄っぱちになった声で言いながらも、通りのほうをチラチラと気にしている。
秀弥さんが来る事を怖れているんだろうか。
それとも、他人にこの状況を見られるのを避けたがっている?
でも、ここまで何も隠さず怒鳴り散らしているのに、第三者を気にするなんて今さらな気がする。
「俺を一番傷つけたお前が言う言葉じゃねぇよ」
亮は低い声で言い、高瀬さんを睨む。
「世界が滅んで女がお前だけになっても、お前だけは好きにならない」
彼がそう言ったあと、高瀬さんは大きく息を吸って、悲鳴に似た声を漏らした。
「~~~~っ、なんでぇ……っ!? なんで私よりその女のほうがいいの!? 男二人を相手にしてるなんて、普通じゃないでしょ? ただのヤリマンでしょ? 私のほうが清らかなのに! 亮だけを思ってる純粋な女性なのに!」
見開いた目から涙を流す彼女は、もう正気を保てていないようだ。
「自分だけは味方だってツラをしておいて、夕貴の情報を田町に売って、自分もおこぼれに与って俺に跨がったくせに何言ってんだよ。頭おかしいんじゃねぇか」
その時、私は亮の手が小さく震えている事に気づいた。
――駄目だ。
――彼を守らないと。
深呼吸して覚悟を決めた私は、スッと息を吸って亮を庇うように前に出た。
「高瀬さん、もうここから去ってください。それじゃないと警察を呼びます。大体、どうしてここを知ったんですか? また尾行していたんですか? いい加減にしてください。もう私たちに関わらないで!」
彼女を睨んで厳しく言ったあと、高瀬さんは見開いた目で私を凝視し、ボソッと呟いた。
「……うるさい」
そう言ったあと、彼女はトートバッグの中から包丁を出し、体当たりするようにぶつかってきた。
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