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課長補佐と私

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「分かりました。飲むなら美味しいチーズをアテにワインを飲みたいです」

「じゃあ、とっておきの店を紹介するよ」

 秀弥さんは人当たりがいいし、ミスをした時も不条理に怒らない人なので、男女問わず人気があった。

「それじゃあ、仕事が終わったらエントランスで待っています」

「分かった」

 会釈をしてまた歩き始めると、同僚が「夕貴!」と飛びつくように腕を組んできた。

「また西崎課長補佐とデート?」

「デートじゃないよ」

「まったまたぁ。皆もうお見通しなんだからね? もう、とっとと結婚しちゃえ!」

「もぉ……」

 私はじゃれついてくる彼女をヨシヨシと撫でて笑う。

 秀弥さんを狙う女性は大勢いる。

 でも彼は常に全員に対して一線を引いているので、私を特別扱いしているのは一目瞭然だった。

 私以外の女性がお誘いをすると、人当たりのいい笑顔のまま「そういう事は他の男にやってね。きっと喜ぶよ」とスッパリ切り捨てるのだ。

 だからなのか、彼を〝爽やかツンドラ〟と呼ぶ人もいた。

 私は勿論、会社で〝女〟は出していない。

 公私混同はしたくないし、ただでさえ僻まれているから、『だから長谷川さんは……』と言われないように気をつけている。

 当然嫌がらせはあったけど、仲良くしてくれる同僚はいるし全員が敵じゃない。

 皆が秀弥さんを狙っている訳じゃないし、彼氏や夫がいる人は目の保養程度に思っているだけだろう。

 男性社員は私たちに無関心なので、ちょっとの意地悪を我慢すればなんとかなった。

 嫌がらせをされていた当時は、陰湿な事をされ陰口を叩かれた。

 勿論、落ち込んだし会社に行くのが嫌になったけど、職場の人は幼稚ないじめをしている側を見るのが不快だったらしい。

 匿名の誰かが職場いじめを上司に密告し、事実確認をされたあと〝話し合い〟をして『もうしません』と約束をしてもらえた。

 そのあとは平穏な日々を過ごしているけれど、調子に乗ればどうなるか分からないから、会社では淡々と仕事をこなしていた。

 ……とはいえ、人気のない所で秀弥さんにお誘いは受けるんだけど。

 廊下を歩きながら、同僚が尋ねてくる。

「結婚の話は出てないの?」

「んー……。どうかな。そういう事は言われてない」

 事実を答えたけれど、彼女は満足していないようだ。

「心当たりは? 絶対なんかありそうだけど」

「うーん……。新しい物件を探してるっぽくて、『どう思う?』って聞かれる時はある」

「そ・れ・だ! 絶対同棲する新居探してるよ! きゃーっ!」

「ちょっ……、お静かに!」

 私は同僚の口を塞ぎ、キョロキョロと周囲を見る。

 でも彼女が言う通り、「だったらいいな……」とは思っている。

 秀弥さんの部屋に行った時、マガジンラックにブライダル関係の雑誌があるのを見てしまった。

 けど、サプライズにしたいのか、彼からはまだ何も言われていない。

 徹底的に隠したいなら雑誌を見えないところに隠すだろうけど、〝匂わせ〟な状況でも私から尋ねない限り、彼は何も言わない。

 おまけに今まで秀弥さんから「愛してる」と言われた事はなかった。

 だから私は彼との関係が〝何〟なのか、いまだに分かっていない。

 秀弥さんは会社では理想の上司だけれど、プライベートではちょっとつかみ所のない人だ。

 普通にデートしていれば優しいし、気が利くし理想の彼氏と言える。

 けれどセックスしても肝心の言葉はくれないし、一緒にいても彼が何を考えているのかいまいち分からない。

 でも他に付き合っている人がいる様子はないし、彼の家に他の女が上がり込んでいる形跡もない。

 あのブライダル雑誌は私のため……と思いたい。

 胸の奥に期待を抱くものの、「なに勘違いしてんの」と言われるのが怖くて、いまだに何も聞けていなかった。

 不安は沢山あるけれど、彼の〝相手〟は私しかいない自信はある。

 なぜなら秀弥さんはセックスをする時、アブノーマルなプレイを好んでいて、相手をできるのは私しかいない自負があるからだ。

 ベッドを共にする関係になったあと、最初は普通のセックスをしていた。

 けれど、ある日『ちょっと趣向を凝らさないか?』と言われてから、秀弥さんは少しずつ本性を表していった。

 口淫ぐらいなら予想していたけど、道具を使ったり縛ったり、目隠しされたりお尻を叩かれたり……。

 勿論初めての体験で、怖かったし恥ずかしかった。

 普通の女性ならドン引きしたかもしれない。

 でも彼の導き方がうまかったのか、私にも素質があったのか、今ではアブノーマルなプレイが私たちの〝普通〟になっていた。

 だから私以外に秀弥さんの〝相手〟になる人はいない。……と思いたい。



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