上 下
52 / 60

三カ国会談

しおりを挟む
 シーラが目覚めると、デボラは既に禊に入った後だった。

 顔面蒼白になってイグニスに訴えても、「お前より母上の方が芙力が強いのだから、母上を信頼しなさい」との事だ。

 会談は数日後。

 クメルを発つ前まで、シーラは皇竜の神殿に向かいデボラが禊をする様子を見守っていた。

 しかし流石というべきか、デボラの禊姿はシーラが体験していたよりずっと容易そうに見える。
 竜樹の欠片を胸に抱いて霊水に浸かっても、顔色一つ変えず祈りの集中度も高い。

 デボラが身を浸す霊水は、竜樹という穢れも一緒に入るため毎回変えられている。

 せめてと思い、シーラは巫女たちに混じって水を換える力仕事を手伝うのだった。

 出発日には、真っ黒で炭のようだった竜樹の欠片は徐々に木の色を取り戻しつつあった。

 母の祈りの力を尊敬しながらも、次の日にはシーラはイグニスについて会談が行われる街に向かうのだった。





 会談は三国が交じり会うレティ河のほとりにある、ガズァル領土の街イキスで行われた。

 街の規模的にガズァル国王とイグニスは、セプテア国内にある街を候補に挙げたのだが、ルドガーが「こちらの不手際があってこのような事になったのに、自国で行うなど不敬な真似はできない」と辞退したのだ。

 カリューシアとガズァルの民から見れば、自分たちの大切な王が敵国に向かうのは心配の種にもなる。

 それを踏まえた上で、ルドガーは「もうセプテアに腹の裏はない」と示すために自らガズァルに向かうと言った。

 前日に一泊し、イキスで一番大きな庭園で会談は行われた。

 ガズァル様式の庭園が見事なそこには王国えり抜きのコックが料理を用意し、三国の貴人をもてなす。
 古めかしい神殿を模した宮殿のような建物内部で食事は行われ、その後に真面目な顔での話し合いが設けられた。

 シーラとライオットは三国の皇帝、国王の後方に座って控えている。

 同時に随分と顔色が悪くなってやつれたダルメアが、同じようにしてセプテア側の席に座っているのもずっと気になっていた。

「まず、今回の動乱につきましてお詫び申し上げます」

 あの後、忙殺されるほどの激務に追われたのか、ルドガーは幾分顔の輪郭をシャープにしていた。
 しかし凛とした佇まいや目の光は強くなっている。

 皇帝として采配を振るい執るべき仕事をして、気力が漲っているようにも思えた。

「此度の宣戦布告はそこにいるダルメアの一存であり、皇帝である私は発言権を奪われ幽閉されたという、何とも情けない背景があります。しかし恥をさらしてでも、私は長年の友であるカリューシアとガズァルに、心からの平和を望みたいと思っています」

 ルドガーの言葉に、ガズァル国王ギネスは笑みを深める。

「我が国もカリューシアも、非常に驚いた。代々親睦を深めていたセプテアがまさか……とな」

 本心を隠さない声にもルドガーは怯まず、真っ直ぐにギネスの目を見ている。
 彼には皇帝としてすべての責任を被る覚悟があった。

「しかし同時に、先帝レイリー陛下の忘れ形見であるルドガー陛下を信じてもいた。まさかあなたがこのような愚行を起こす訳はない、と。だからこそ、良き共であるセプテアの内情が、現在どのようになっているのか私たちも知りたいと思っている」

 ギネス王の言葉は信頼に満ちていた。
 そのありがたみを感じたのか、ルドガーの目の奥にも光るものがある。

「セプテアの謝罪は受け入れよう。こちらが求める賠償をしてくだされば、カリューシアもガズァルも特に異論はない。セプテアにルドガー陛下以外の治め手がいるとも思えないし、あなたほど国を思っている支配者もいないだろう」

 イグニスの言葉は、暗に後ろにいるダルメアへの皮肉でもあった。

「お心遣い、心より感謝致します。戦争の被害があったレティ河付近の景観回復や、近隣の町村への負担金は、すべて帝国が請け負わせて頂きます」

 ルドガーは胸に手を当て、深く一礼する。

「こちらも法外な金額を請求するつもりはないので、そこは気負わず。それよりも、私たちはそこにいる宰相殿がどのような心づもりであったのか、すべてを聞きたい。また娘より聞き及んでいる、ルドガー陛下がその身に竜樹の呪いを宿さずにいられなかった理由――、先帝レイリー陛下の死の真相もちゃんと知りたい。我々が和平に応じるのは、それが条件です」

 イグニスは最初の一言はやや冗談めかして、だが続く言葉は至極真剣に言ってダルメアを見る。
 ギネスも同様に厳しい目つきで宰相を見ていた。

 ダルメアは頭の禿げた部分に汗を掻き、視線をキョロキョロとさせている。
 以前の不遜な態度はどこかへ行ってしまったようだ。

「……と、カリューシアとガズァルの国王陛下が仰っている。ユーティビア卿、すべてを話してはどうか」

 ルドガーが冷ややかな眼差しをやると、ダルメアが頻りに唇を舌で舐め始める。

 どうやらシーラたちが知らない場所で、セプテア国内で大逆転があったようだ。

 怯えていると言ってもいいダルメアを前にしても、シーラはまったく「可哀相」とは思えない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴
恋愛
「結婚してください……」 「……はい?」 「……あっ!?」  主人公の小日向恋幸(こひなたこゆき)は、23歳でプロデビューを果たした恋愛小説家である。  そんな彼女はある日、行きつけの喫茶店で偶然出会った32歳の男性・裕一郎(ゆういちろう)を一眼見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。  ――……その裕一郎こそが、前世で結婚を誓った許嫁の生まれ変わりだったのだ。  初対面逆プロポーズから始まる2人の関係。  前世の記憶を持つ恋幸とは対照的に、裕一郎は前世について何も覚えておらず更には彼女に塩対応で、熱い想いは恋幸の一方通行……かと思いきや。  なんと裕一郎は、冷たい態度とは裏腹に恋幸を溺愛していた。その理由は、 「……貴女に夢の中で出会って、一目惚れしました。と、言ったら……気持ち悪いと、思いますか?」  そして、裕一郎がなかなか恋幸に手を出そうとしなかった驚きの『とある要因』とは――……?  これは、ハイスペックなスパダリの裕一郎と共に、少しずれた思考の恋幸が前世の『願望』を叶えるため奮闘するお話である。 (🌸だいたい1〜3日おきに1話更新中です) (🌸『※』マーク=年齢制限表現があります) ※2人の関係性・信頼の深め方重視のため、R-15〜18表現が入るまで話数と時間がかかります。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...