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三カ国会談
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シーラが目覚めると、デボラは既に禊に入った後だった。
顔面蒼白になってイグニスに訴えても、「お前より母上の方が芙力が強いのだから、母上を信頼しなさい」との事だ。
会談は数日後。
クメルを発つ前まで、シーラは皇竜の神殿に向かいデボラが禊をする様子を見守っていた。
しかし流石というべきか、デボラの禊姿はシーラが体験していたよりずっと容易そうに見える。
竜樹の欠片を胸に抱いて霊水に浸かっても、顔色一つ変えず祈りの集中度も高い。
デボラが身を浸す霊水は、竜樹という穢れも一緒に入るため毎回変えられている。
せめてと思い、シーラは巫女たちに混じって水を換える力仕事を手伝うのだった。
出発日には、真っ黒で炭のようだった竜樹の欠片は徐々に木の色を取り戻しつつあった。
母の祈りの力を尊敬しながらも、次の日にはシーラはイグニスについて会談が行われる街に向かうのだった。
会談は三国が交じり会うレティ河のほとりにある、ガズァル領土の街イキスで行われた。
街の規模的にガズァル国王とイグニスは、セプテア国内にある街を候補に挙げたのだが、ルドガーが「こちらの不手際があってこのような事になったのに、自国で行うなど不敬な真似はできない」と辞退したのだ。
カリューシアとガズァルの民から見れば、自分たちの大切な王が敵国に向かうのは心配の種にもなる。
それを踏まえた上で、ルドガーは「もうセプテアに腹の裏はない」と示すために自らガズァルに向かうと言った。
前日に一泊し、イキスで一番大きな庭園で会談は行われた。
ガズァル様式の庭園が見事なそこには王国えり抜きのコックが料理を用意し、三国の貴人をもてなす。
古めかしい神殿を模した宮殿のような建物内部で食事は行われ、その後に真面目な顔での話し合いが設けられた。
シーラとライオットは三国の皇帝、国王の後方に座って控えている。
同時に随分と顔色が悪くなってやつれたダルメアが、同じようにしてセプテア側の席に座っているのもずっと気になっていた。
「まず、今回の動乱につきましてお詫び申し上げます」
あの後、忙殺されるほどの激務に追われたのか、ルドガーは幾分顔の輪郭をシャープにしていた。
しかし凛とした佇まいや目の光は強くなっている。
皇帝として采配を振るい執るべき仕事をして、気力が漲っているようにも思えた。
「此度の宣戦布告はそこにいるダルメアの一存であり、皇帝である私は発言権を奪われ幽閉されたという、何とも情けない背景があります。しかし恥をさらしてでも、私は長年の友であるカリューシアとガズァルに、心からの平和を望みたいと思っています」
ルドガーの言葉に、ガズァル国王ギネスは笑みを深める。
「我が国もカリューシアも、非常に驚いた。代々親睦を深めていたセプテアがまさか……とな」
本心を隠さない声にもルドガーは怯まず、真っ直ぐにギネスの目を見ている。
彼には皇帝としてすべての責任を被る覚悟があった。
「しかし同時に、先帝レイリー陛下の忘れ形見であるルドガー陛下を信じてもいた。まさかあなたがこのような愚行を起こす訳はない、と。だからこそ、良き共であるセプテアの内情が、現在どのようになっているのか私たちも知りたいと思っている」
ギネス王の言葉は信頼に満ちていた。
そのありがたみを感じたのか、ルドガーの目の奥にも光るものがある。
「セプテアの謝罪は受け入れよう。こちらが求める賠償をしてくだされば、カリューシアもガズァルも特に異論はない。セプテアにルドガー陛下以外の治め手がいるとも思えないし、あなたほど国を思っている支配者もいないだろう」
イグニスの言葉は、暗に後ろにいるダルメアへの皮肉でもあった。
「お心遣い、心より感謝致します。戦争の被害があったレティ河付近の景観回復や、近隣の町村への負担金は、すべて帝国が請け負わせて頂きます」
ルドガーは胸に手を当て、深く一礼する。
「こちらも法外な金額を請求するつもりはないので、そこは気負わず。それよりも、私たちはそこにいる宰相殿がどのような心づもりであったのか、すべてを聞きたい。また娘より聞き及んでいる、ルドガー陛下がその身に竜樹の呪いを宿さずにいられなかった理由――、先帝レイリー陛下の死の真相もちゃんと知りたい。我々が和平に応じるのは、それが条件です」
イグニスは最初の一言はやや冗談めかして、だが続く言葉は至極真剣に言ってダルメアを見る。
ギネスも同様に厳しい目つきで宰相を見ていた。
ダルメアは頭の禿げた部分に汗を掻き、視線をキョロキョロとさせている。
以前の不遜な態度はどこかへ行ってしまったようだ。
「……と、カリューシアとガズァルの国王陛下が仰っている。ユーティビア卿、すべてを話してはどうか」
ルドガーが冷ややかな眼差しをやると、ダルメアが頻りに唇を舌で舐め始める。
どうやらシーラたちが知らない場所で、セプテア国内で大逆転があったようだ。
怯えていると言ってもいいダルメアを前にしても、シーラはまったく「可哀相」とは思えない。
顔面蒼白になってイグニスに訴えても、「お前より母上の方が芙力が強いのだから、母上を信頼しなさい」との事だ。
会談は数日後。
クメルを発つ前まで、シーラは皇竜の神殿に向かいデボラが禊をする様子を見守っていた。
しかし流石というべきか、デボラの禊姿はシーラが体験していたよりずっと容易そうに見える。
竜樹の欠片を胸に抱いて霊水に浸かっても、顔色一つ変えず祈りの集中度も高い。
デボラが身を浸す霊水は、竜樹という穢れも一緒に入るため毎回変えられている。
せめてと思い、シーラは巫女たちに混じって水を換える力仕事を手伝うのだった。
出発日には、真っ黒で炭のようだった竜樹の欠片は徐々に木の色を取り戻しつつあった。
母の祈りの力を尊敬しながらも、次の日にはシーラはイグニスについて会談が行われる街に向かうのだった。
会談は三国が交じり会うレティ河のほとりにある、ガズァル領土の街イキスで行われた。
街の規模的にガズァル国王とイグニスは、セプテア国内にある街を候補に挙げたのだが、ルドガーが「こちらの不手際があってこのような事になったのに、自国で行うなど不敬な真似はできない」と辞退したのだ。
カリューシアとガズァルの民から見れば、自分たちの大切な王が敵国に向かうのは心配の種にもなる。
それを踏まえた上で、ルドガーは「もうセプテアに腹の裏はない」と示すために自らガズァルに向かうと言った。
前日に一泊し、イキスで一番大きな庭園で会談は行われた。
ガズァル様式の庭園が見事なそこには王国えり抜きのコックが料理を用意し、三国の貴人をもてなす。
古めかしい神殿を模した宮殿のような建物内部で食事は行われ、その後に真面目な顔での話し合いが設けられた。
シーラとライオットは三国の皇帝、国王の後方に座って控えている。
同時に随分と顔色が悪くなってやつれたダルメアが、同じようにしてセプテア側の席に座っているのもずっと気になっていた。
「まず、今回の動乱につきましてお詫び申し上げます」
あの後、忙殺されるほどの激務に追われたのか、ルドガーは幾分顔の輪郭をシャープにしていた。
しかし凛とした佇まいや目の光は強くなっている。
皇帝として采配を振るい執るべき仕事をして、気力が漲っているようにも思えた。
「此度の宣戦布告はそこにいるダルメアの一存であり、皇帝である私は発言権を奪われ幽閉されたという、何とも情けない背景があります。しかし恥をさらしてでも、私は長年の友であるカリューシアとガズァルに、心からの平和を望みたいと思っています」
ルドガーの言葉に、ガズァル国王ギネスは笑みを深める。
「我が国もカリューシアも、非常に驚いた。代々親睦を深めていたセプテアがまさか……とな」
本心を隠さない声にもルドガーは怯まず、真っ直ぐにギネスの目を見ている。
彼には皇帝としてすべての責任を被る覚悟があった。
「しかし同時に、先帝レイリー陛下の忘れ形見であるルドガー陛下を信じてもいた。まさかあなたがこのような愚行を起こす訳はない、と。だからこそ、良き共であるセプテアの内情が、現在どのようになっているのか私たちも知りたいと思っている」
ギネス王の言葉は信頼に満ちていた。
そのありがたみを感じたのか、ルドガーの目の奥にも光るものがある。
「セプテアの謝罪は受け入れよう。こちらが求める賠償をしてくだされば、カリューシアもガズァルも特に異論はない。セプテアにルドガー陛下以外の治め手がいるとも思えないし、あなたほど国を思っている支配者もいないだろう」
イグニスの言葉は、暗に後ろにいるダルメアへの皮肉でもあった。
「お心遣い、心より感謝致します。戦争の被害があったレティ河付近の景観回復や、近隣の町村への負担金は、すべて帝国が請け負わせて頂きます」
ルドガーは胸に手を当て、深く一礼する。
「こちらも法外な金額を請求するつもりはないので、そこは気負わず。それよりも、私たちはそこにいる宰相殿がどのような心づもりであったのか、すべてを聞きたい。また娘より聞き及んでいる、ルドガー陛下がその身に竜樹の呪いを宿さずにいられなかった理由――、先帝レイリー陛下の死の真相もちゃんと知りたい。我々が和平に応じるのは、それが条件です」
イグニスは最初の一言はやや冗談めかして、だが続く言葉は至極真剣に言ってダルメアを見る。
ギネスも同様に厳しい目つきで宰相を見ていた。
ダルメアは頭の禿げた部分に汗を掻き、視線をキョロキョロとさせている。
以前の不遜な態度はどこかへ行ってしまったようだ。
「……と、カリューシアとガズァルの国王陛下が仰っている。ユーティビア卿、すべてを話してはどうか」
ルドガーが冷ややかな眼差しをやると、ダルメアが頻りに唇を舌で舐め始める。
どうやらシーラたちが知らない場所で、セプテア国内で大逆転があったようだ。
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