37 / 60
両親の協力
しおりを挟む
だからシーラからダルメアという宰相といけ好かない娘が、愚かしい事情から戦争を起こした――かもしれないという可能性を聞き、暗澹たる気持ちになる。
「……お前が話した事はすべて信じよう。他国の令嬢との間に波を立たせてしまったのはよくないが、私がその場にいたとしても竜を貶められ黙っていられる気はしない」
神殿のこぢんまりとした居住スペースで、疲労顔の国王イグニスが言う。
「宣戦布告と言っても……。セプテアの動向はどうなっているのです?」
シーラの問いに、イグニスが答える。
「現在ガズァルの竜騎士が国境近くを飛んで警戒しているようだ。竜騎士が我が国の上空に入る事も許可していて、レティ河を越えようとすればすぐ守ってくれるらしい」
レティ河の川中島には二十年前に、シーラ達の親世代によって平和記念碑が建てられていた。
仲良しの王家は年に一度プライベートで会い、川中島でピクニックをする事も多かった。
子供たちが成長したり、セプテアの先王夫婦が亡くなった事から近年はそれも催されていないが――。
「……ライオットたちも頑張ってくれているのですね」
シーラが呟いた時、王妃デボラが娘を心配する。
「戦争の事はお父様やガズァルの国王陛下にお任せするとして……。あなたは先日からここに籠もって、何をしているのですか? 禊ぎをすると言っても今までこんなに連泊した事はないではありませんか」
母の鋭い指摘に、シーラは一瞬気まずく視線を逸らす。
サラリと何かいい嘘をつこうと思い、変わらない表情のまま思考を巡らせていたのだが――。
「あなたは何か誤魔化そうとする時、逆に何でもない顔をします。隠し事をしているのなら無駄ですよ? 祈りを捧げたいとか禊ぎをしたいとかは日常茶飯事ですが、こんなに数日籠もっていれば逆に疑われると知りなさい」
デボラもまたシーラの母だけあって、譲らない時は譲らない。
イグニスも心配そうにシーラを見つめ、背中の疼きも気になったシーラは、とうとう降参してすべて話す事にした。
順を追って、自分が元いた世界で何があったかという事から、皇竜の協力を得て運命を変えたいと立ち向かっている現在まで。
包み隠さず話すシーラの言葉を、両親は眉間に深い皺を寄せ静かに聞いていた。
「本当にあなたは……。無理ばかりして……」
目に涙を溜めたデボラは、シーラをしっかりと抱き締めた。
「その刻印というのは、禊をすれば本当に取れるのか?」
「はい。皇竜のお墨付きです。彼の気が満ちるこの神殿で大人しくしていれば、竜樹の呪いも解けるだろうという話でした」
両親共に、はぁー……と重たい溜め息をつき、しばらく沈黙が落ちる。
「その刻印を見せてみなさい」
デボラがシーラを衝立の向こうに連れて行き、娘は母に向かって背中を出す。
背後でデボラが静かに息を吸い込んだのが分かったが、やがて「分かりました」と言う声と共に巫女服が戻された。
「あなたはこのまま禊に集中なさい。何か必要なものがあれば、すぐに手配させます。わたくしもなるべく神殿に来るようにしますから」
「お母様……。ですが今は大事な局面で……」
「国の情勢も大切ですが、あなたの事は母として当たり前に大事にしています。あなたは刻印を綺麗にし終わったら、次にすべき事を考えなさい」
「……はい」
理解のある両親に感謝をし、シーラは力強く頷く。
それからシーラは数週間、集中して禊に挑んだ。
全身を冷たい水に浸らせ一心に祈り続ける事は、生半可な覚悟ではできない。体力も削られるし、体が辛くなるあまり祈りがおろそかになる事も多々ある。
祈りが弱まれば、その分呪いが解けるのも遅くなってしまう。
連続して祈りを捧げるのは約一時間として、シーラは太古からの竜の怒りを静めるべく祈り続けた。
戦況はレティ河沿いに帝国の魔導兵団と騎士団、ガズァルの竜騎士団と騎士団がぶつかり合っていた。
カリューシアが持つ軍は二国に対し微々たるもので、ガズァルの軍に交じって交戦している。元からカリューシアとガズァルの軍事演習はよくしていて、それが功を奏した。
しかし王家の目線で言えば、そのような備えなど役に立たなければ良かったのだが……。
最初は竜たちの連携もあり、ガズァルの竜騎士団が圧倒していた。
竜は背中にいる騎士を運び、彼らの攻撃を補佐する他に、竜自身も強い魔力を帯びてブレスを吹いたり魔法を使う。
セプテアは押されていて二国は楽観的な目で見ていたのだが、ある日戦況が変わった。
帝国の首都から運ばれた何か禍々しい物の登場により、竜たちの動きがおかしくなったのだ。
どうにも、その『何か』に気持ちを乱されているらしい。
「……お前が話した事はすべて信じよう。他国の令嬢との間に波を立たせてしまったのはよくないが、私がその場にいたとしても竜を貶められ黙っていられる気はしない」
神殿のこぢんまりとした居住スペースで、疲労顔の国王イグニスが言う。
「宣戦布告と言っても……。セプテアの動向はどうなっているのです?」
シーラの問いに、イグニスが答える。
「現在ガズァルの竜騎士が国境近くを飛んで警戒しているようだ。竜騎士が我が国の上空に入る事も許可していて、レティ河を越えようとすればすぐ守ってくれるらしい」
レティ河の川中島には二十年前に、シーラ達の親世代によって平和記念碑が建てられていた。
仲良しの王家は年に一度プライベートで会い、川中島でピクニックをする事も多かった。
子供たちが成長したり、セプテアの先王夫婦が亡くなった事から近年はそれも催されていないが――。
「……ライオットたちも頑張ってくれているのですね」
シーラが呟いた時、王妃デボラが娘を心配する。
「戦争の事はお父様やガズァルの国王陛下にお任せするとして……。あなたは先日からここに籠もって、何をしているのですか? 禊ぎをすると言っても今までこんなに連泊した事はないではありませんか」
母の鋭い指摘に、シーラは一瞬気まずく視線を逸らす。
サラリと何かいい嘘をつこうと思い、変わらない表情のまま思考を巡らせていたのだが――。
「あなたは何か誤魔化そうとする時、逆に何でもない顔をします。隠し事をしているのなら無駄ですよ? 祈りを捧げたいとか禊ぎをしたいとかは日常茶飯事ですが、こんなに数日籠もっていれば逆に疑われると知りなさい」
デボラもまたシーラの母だけあって、譲らない時は譲らない。
イグニスも心配そうにシーラを見つめ、背中の疼きも気になったシーラは、とうとう降参してすべて話す事にした。
順を追って、自分が元いた世界で何があったかという事から、皇竜の協力を得て運命を変えたいと立ち向かっている現在まで。
包み隠さず話すシーラの言葉を、両親は眉間に深い皺を寄せ静かに聞いていた。
「本当にあなたは……。無理ばかりして……」
目に涙を溜めたデボラは、シーラをしっかりと抱き締めた。
「その刻印というのは、禊をすれば本当に取れるのか?」
「はい。皇竜のお墨付きです。彼の気が満ちるこの神殿で大人しくしていれば、竜樹の呪いも解けるだろうという話でした」
両親共に、はぁー……と重たい溜め息をつき、しばらく沈黙が落ちる。
「その刻印を見せてみなさい」
デボラがシーラを衝立の向こうに連れて行き、娘は母に向かって背中を出す。
背後でデボラが静かに息を吸い込んだのが分かったが、やがて「分かりました」と言う声と共に巫女服が戻された。
「あなたはこのまま禊に集中なさい。何か必要なものがあれば、すぐに手配させます。わたくしもなるべく神殿に来るようにしますから」
「お母様……。ですが今は大事な局面で……」
「国の情勢も大切ですが、あなたの事は母として当たり前に大事にしています。あなたは刻印を綺麗にし終わったら、次にすべき事を考えなさい」
「……はい」
理解のある両親に感謝をし、シーラは力強く頷く。
それからシーラは数週間、集中して禊に挑んだ。
全身を冷たい水に浸らせ一心に祈り続ける事は、生半可な覚悟ではできない。体力も削られるし、体が辛くなるあまり祈りがおろそかになる事も多々ある。
祈りが弱まれば、その分呪いが解けるのも遅くなってしまう。
連続して祈りを捧げるのは約一時間として、シーラは太古からの竜の怒りを静めるべく祈り続けた。
戦況はレティ河沿いに帝国の魔導兵団と騎士団、ガズァルの竜騎士団と騎士団がぶつかり合っていた。
カリューシアが持つ軍は二国に対し微々たるもので、ガズァルの軍に交じって交戦している。元からカリューシアとガズァルの軍事演習はよくしていて、それが功を奏した。
しかし王家の目線で言えば、そのような備えなど役に立たなければ良かったのだが……。
最初は竜たちの連携もあり、ガズァルの竜騎士団が圧倒していた。
竜は背中にいる騎士を運び、彼らの攻撃を補佐する他に、竜自身も強い魔力を帯びてブレスを吹いたり魔法を使う。
セプテアは押されていて二国は楽観的な目で見ていたのだが、ある日戦況が変わった。
帝国の首都から運ばれた何か禍々しい物の登場により、竜たちの動きがおかしくなったのだ。
どうにも、その『何か』に気持ちを乱されているらしい。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜
百崎千鶴
恋愛
「結婚してください……」
「……はい?」
「……あっ!?」
主人公の小日向恋幸(こひなたこゆき)は、23歳でプロデビューを果たした恋愛小説家である。
そんな彼女はある日、行きつけの喫茶店で偶然出会った32歳の男性・裕一郎(ゆういちろう)を一眼見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
――……その裕一郎こそが、前世で結婚を誓った許嫁の生まれ変わりだったのだ。
初対面逆プロポーズから始まる2人の関係。
前世の記憶を持つ恋幸とは対照的に、裕一郎は前世について何も覚えておらず更には彼女に塩対応で、熱い想いは恋幸の一方通行……かと思いきや。
なんと裕一郎は、冷たい態度とは裏腹に恋幸を溺愛していた。その理由は、
「……貴女に夢の中で出会って、一目惚れしました。と、言ったら……気持ち悪いと、思いますか?」
そして、裕一郎がなかなか恋幸に手を出そうとしなかった驚きの『とある要因』とは――……?
これは、ハイスペックなスパダリの裕一郎と共に、少しずれた思考の恋幸が前世の『願望』を叶えるため奮闘するお話である。
(🌸だいたい1〜3日おきに1話更新中です)
(🌸『※』マーク=年齢制限表現があります)
※2人の関係性・信頼の深め方重視のため、R-15〜18表現が入るまで話数と時間がかかります。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる