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ルドガーが望んだもの

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 力ない拳で床を叩き、声にならない声で慟哭する。

 それが届いたのか、ふとシーラの目に光が戻った。

「……泣かないで、ルドガー」

 どんな目に遭わされても、ルドガーはシーラの大事な幼馴染みだ。

 気が多いと言われても仕方がないが、一時はライオットとルドガーの二人に恋をしていた。
 今はライオットの手を取る事を望んだが、だからと言ってルドガーを敵に回したつもりはない。

 彼が望む事があるのなら、それで彼が救われるのならできる限りの事をしてあげたい。

「……あなたは何がしたいの?」

 ルドガーの膝の中、シーラは彼の変わり果てた頬に手を当て囁く。
 目は血走っていても、金色の瞳の輝きは変わらない。

 ライオットを救えなかったのなら、いま自分に残されたのはルドガーのみ。

 ――彼の望みを聞きたい。

「……皇竜を呼んでほしいんだ」

 壁にもたれかかり、疲れ切ったルドガーが呟く。

「皇竜をどうしたいのですか? 私たちカリューシアの王族でも、易しい理由では彼を呼び出せません」

 ようやくシーラが正気に戻り、自分の話に耳を傾けてくれた事にルドガーは安堵した。だが目的はそこよりも深いところにある。

「……皇竜の血が必要だ」

「――――」

 至高の存在の血を必要とするなど、シーラは考えた事がない。

 そもそもにして強すぎる魔力を帯びる皇竜の血は、何かにとっては薬になるかもしれないが、同時に使い方を誤れば劇毒にもなり得る。

「……どうして皇竜の血など必要なのですか? あなたのその姿と関係があるの?」

 まっすぐルドガーを見つめるシーラの問いに、彼は居心地悪く視線を逸らすだけだ。

 その間も体には痛みが走るらしく、呼吸が乱れ、眉間に皺を寄せ苦痛を耐えている。

 ――このままでは、ライオットだけでなくルドガーまでも失ってしまう。

 二人を失えば、シーラは自分がどうなってしまうか分からない。
 だからこそ、覚悟を決めて頷いた。

「……分かりました。歌う事だけはお約束します。ですが皇竜の血がなぜ必要なのか、彼を前に嘘偽りのない申し開きをしてください。彼がそれを『是』としたのなら、血は与えられるでしょう。皇竜を呼ぶ力はあっても、私たちには彼を従わせる能力はありません」

「……感謝する」

 掠れるようなルドガーの言葉に、シーラは優しく彼を抱き締めた。

「……正直、あなたを許せません。あなたがなぜ私たちを裏切ったのか、ライオットの命を奪ったのか。何一つ理由は判明されていません。ですが思慮深いあなたの事ですから、何かしらの深い理由があっての事だと思います」

 ルドガーからは死の匂いがした。

 いつも通り清潔に身を清めているだろうに、どこか冷たくほの暗い香りがする。
 ルドガーの背後に冥府の神が控え、彼の腕を握っているとしてもおかしくない。

「……私の事は、許さなくてもいい」

 乾いてひび割れた唇が自嘲し、シーラはぎゅっと眉間に皺を寄せる。

「あなたのすべてを見届けさせて頂きます。お分かりかと思いますが、竜種はヒトよりずっと賢い生き物です。私が皇竜を呼び出したところを軍隊で押さえつけようとしても、彼の怒りを買うだけです。圧倒的な力で叩きのめされ、数え切れない犠牲が出るでしょう」

「……分かっている」

 生きる事にさえ疲れてしまったかのようなルドガーの頬に、涙が一筋光っていた。

「……もう、これしかできないんだ。すまない」

 最後の一言に、ルドガーが命と引き換えにしても、何かをなそうとしているのを察する。

「あなたには生きて頂きます。ライオットの命を奪った分、あなたには生きて、償って頂きます」

 涙を纏った視線の先、変わり果てたルドガーが微かに頷いた気がした。



**



 それから一週間後、ともに憔悴したシーラとルドガーはカリューシアに向かった。

 ライオットを殺された事で、ガズァルとセプテアは険悪になり、宣戦布告まで秒読みという雰囲気だった。

 いま、ライオットの両親が懸命にセプテアに「なぜ」を繰り返している。

 もう故人とはいえ、先帝レイリーはライオットの父ギネスの親友だ。
 甥にも等しいルドガーが、なぜ自分の息子を殺したのかと疑問で一杯なのだろう。

 勿論、シーラを巡っての三角関係に気づいていないほど鈍くもない。

 だがそれぞれ二十歳も越える年齢になれば、誰かの恋が破れる覚悟はできていたはずだ。

 そして、ライオットの両親とてルドガーが愚かな男だと思っていない。

 何度も何度も、ガズァルはセプテアに書状をよこした。
 だがセプテア側からはけむに巻く返事があるのみで、事態は進行するどころか悪化する一方だ。

 レティ河を挟んで三国は隣り合っている。

 国勢が緊迫したなか、二人を乗せた馬車はカリューシアに向かっていた。
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