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大切な話 編

怖い物なんてありませんから

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 彼を父の代わりとは思わないけど、包容力があって優しいところは似ていて、落ち込んだ時に慰められていると、不思議なぐらい勇気を与えてもらえる。

 尊さん自身、傷を負った人だからというのもあるんだろうけれど、「彼は父性の強い人なのかもしれない」とも思ってしまった。

「……尊さんのもとに生まれてくる子供って、幸せだと思いますよ」

 顔を上げて微笑みかけると、彼は驚いたように目を見開いてから、泣きそうな顔で笑った。

「そうだったらいいな」

 彼がそんな表情をする理由は理解している。

 母子家庭で生まれ、母と妹が亡くなったあとは実父や継母、すべての環境を恨んで成長した。

 大人になって力をつけるまでは我慢しろと自分に言い聞かせても、その胸の奥では激しい憎悪が渦巻いていたはずだ。

 理性的な彼はそんな自分を恥じ、ちゃんとした親になれるか不安を抱いている。

 ――でも、大丈夫。

「……私たち、二人揃ったら怖い物なんてありませんから」

 涙を拭ってニコッと笑うと、尊さんは「だな」と優しく笑ってキスをしてきた。





「朱里」

「はい?」

 寝る前に髪をまとめてシルクのナイトキャップに押し込んでいると、尊さんがコスメブランドのRMKの紙袋を差しだしてきた。

「エッ」

 驚きながら受け取ると、尊さんは苦笑いしながら言う。

「少しずついいと思った物をプレゼントしてく」

 言われて、神くんからの贈り物を思いだした。

「まだ張り合ってたんですか?」

「俺の中では終わらない戦いなんだよ」

「んふふ。……ありがとうございます」

 中に入っていたのはデューイーメルトリップカラーで、普段使いしやすい肌馴染みのいい色だ。

「それ、ツヤ系にしては色持ちが良くて、保湿もしてくれるらしい」

「おや、どこ情報ですか?」

 情報の出所を気にすると、尊さんはサムズアップして言った。

「速水家の女性陣。百合さんが花王系列のブランドが好きらしくて、ちえりさんもそれから始まってあちこち試して、結局今は同じような感じで落ち着いてるらしい」

「あらー……、あの方々、コスメの話もできる感じですか……」

 私の目がキランと輝く。

「まぁ、ステージに上がるのにメイクは必須だし、長時間引いて汗を掻いても落ちないのとか、色々探したみたいだ」

「あぁ……、なるほど」

「それで、良さそうなのを教えてもらった。発色のいいのとか、用途別にオススメはあるみたいだけど、俺としては朱里の唇のケアを一番にしたい。……という男のエゴだ」

「んふふ! そのエゴ、受け入れます!」

 私はリップの色を確認し、つけてみた感じを想像してワクワクする。

「明日、さっそくつけてみますね。月曜日からオフィスにつけていきます」

「おう」

 尊さんは微笑んでから、ナイトキャップを被った私の頭をポフポフ叩く。

「これはなんの帽子だ? 寝癖防止?」

「半分合ってます。髪が擦れるとダメージを負ってしまうんです。シルク百パーセントだと保湿もしてくれるので、ツルツルになります。これはロングヘア用なんですが……。エイリアンみたいでしょう」

 真顔で言った瞬間、尊さんが「ぶふっ」と横を向いて噴き出した。

 言った通り、ロングヘア用のナイトキャップは後ろに袋が垂れ下がっているので、まさにエイリアンの長い頭に似ている。

「ちょ……っ、待ってくれ……っ、ツボった……っ」

 尊さんはプルプル震えて笑い、私を見てはまた顔を伏せて笑う。

 その姿を見て、私は後頭部の袋を摘まんで見せびらかし、ドヤ顔をする。

 すると尊さんはまた笑い始めた。

 彼はしばらく笑ったあと、「はぁ……」と溜め息をついてベッドに倒れ込む。

「こんなに目がぱっちりで可愛いエイリアンがいたら、ちょっと……、考えちゃうよな」

「やだ、異種間恋愛アリの人だ」

「俺は生粋のアカリストだよ」

 クスクス笑って言った尊さんは、グイッと私の後頭部に手を回し、キスをしてきた。

「ん……」

 チュッと小さな音が立って唇が離れたあと、私はお風呂上がりで前髪の下りた尊さんを見て頬を染める。
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