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洗礼 編

修羅場注意報

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「そのうち社長就任パーティーもあると思うし、忙しくなるな」

「秘書として誠心誠意お支えしますとも」

 私もメッセージアプリでエミリさんからちょいちょい連絡を受け、秘書の仕事がどういうものか教えてもらっている。

 正式な引き継ぎは四月に入ってからになるけれど、その前に雰囲気や基本的な情報を教えてもらえるのはありがたい。

「パーティー、美味しい物出るかな」

 ご馳走を想像して呟くと、尊さんはクスッと笑った。

「多分、大きいホテルの広間でやるから、結構いいもん食えると思うぜ」

「よし!」

 両手の拳をグッと握ると、尊さんは「スクスク育てよ」と笑ったのだった。



**



 翌日出社すると、辞令が出ていた。

 念のため確認すると予定通り尊さんは副社長に、私は秘書課所属、副社長秘書になっていた。

(とうとうか……)

 掲示されている紙を見終わった私は、そのまま商品開発部のフロアに向かった。

 けど――。





(う……っ」

 フロアに入った瞬間、刺すような視線を感じ、私はたじろぐ。

 あからさまに闘争心を燃やしている人はいないけれど、険の籠もった鋭い視線を送られれば、嫌でも感情が伝わってくる。

(……そりゃあ、抜け駆けされたって思うだろうなぁ……)

 予想はしていたけど、実際にこういう目を向けられるとつらい。

 今までも神くんに優しくしてもらったり、係長に誘われている私は要注意人物みたいだったけれど、彼らに媚びていなかったから許されていた感はあった。

 でも大好きな速水部長がいなくなり、それと一緒に私が彼の側で秘書をやり始めるなんて聞けば、彼女たちだって穏やかでないはずだ。

「おはよー」

 先に来ていた恵に挨拶をすると、「おーっす」と返事がくる。

 席についてパソコンを起動させていると、恵がスーッと椅子を移動させて囁いてきた。

「修羅場注意報」

「うす」

 忠告を受け、私は短く返事をする。

 そのうち時間差で尊さんが来たけれど、彼は普通にデスクの間を突っ切って部長室に入り、自分のデスクについた。

 女性社員は尊さんをうっとりした目で見て、「御曹司」「副社長」と呟いている。

 そのあとに、ワンセットで私のほうを見てくるので、視線がつらい……。

(あと少しでおさらばだし、我慢するか……)

 自分に言い聞かせていつものように仕事の準備を進めていると、綾子さんとその取り巻きが近づいてきた。んん!

「おはよう、上村さん」

「……おはようございます」

 努めて普通に挨拶を返したけれど、綾子さんたちの雰囲気は勿論いつもと違う。

 微笑んではいるけれど、目が笑っていないし空気がピリピリしている。

(ああ……)

 内心溜め息をついた私は、「なんでしょうか?」とニコッと笑いかけた。

「ねぇ、上村さん。急だけど今日飲みに行かない?」

「えっ? 本当に急ですね?」

 コウキタカー!

「上村さん、異動しちゃうんでしょ? その前に色々話しておきたいと思って」

 ……色々、ですか。

 なまぬるーく笑った私は、断ろうか受け入れるべきか迷う。

「あっ、私もいいですか?」

 その時、挙手した恵がガララッと椅子を移動させて登場する。

 綾子さんたちは恵を見て「お前は誘ってない」という顔をしたけれど、すぐに考えを変えたみたいだ。

「中村さんも一緒のほうが来やすいなら、二人でおいでよ。ご馳走しちゃう」

「やったー、タダ飯!」

 恵が拍手をして喜ぶ。

 そんな感じで参加が決定してしまったけれど、ただただ、波乱しか予想できなかった。



**
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