上 下
225 / 449
体調不良 編

自分を大切にできるのは自分だけ

しおりを挟む
「……ごめんなさい。重たいですよね」

「馬鹿言うな。こんぐらいで重たいなんて言わねぇよ」

 私をおんぶしたまま悠々と歩く尊さんの声が、広い背中越しに伝わってくる。

 彼が気を遣ってそっと歩いてくれているのを知ると、その優しさに胸の奥がギュッとなる。

 同時に、先日尊さんが言っていた言葉を思い出した。

『俺は朱里を背負って歩くし、子供ができたら抱っこして進む』

 あの時はただのたとえだと思っていたけど、実際におんぶされると彼の覚悟が本当に伝わってくる気がする。

「……恥ずかしい事なのに、茶化さないんですね」

 エレベーターに乗って外に出たあと、道行く人の視線を感じた私は、尊さんの肩口に顔を埋めて言う。

「悪い。何が恥ずかしい事なのか分からない。茶化す必要があると思えねぇし」

 けれどスッパリと言われ、「あ……」と自分の心につけられた傷を思い知った。

「…………昭人に、体調悪い時に生理って言ったら、『そういう事、恥ずかしいし気まずくなるから男の俺に言わないでくれる? 羞恥心ないの? 女失格』って言われたんです。その上、デートを断ったものだから『生理なら仕方ないよな』って言われて、…………だから、男性に生理の事を口にできなくなって……」

 私が言った事の理由を知った尊さんは、大きな溜め息をつき、ボソッと言った。

「マジであいつクソだな」

 小さな声で言った言葉の奥に、昭人への怒りと苛立ちが窺えて、私はギュッと彼の体に回した腕に力を込める。

「それに後日、酔っぱらった時に『朱里と生理って字面が似てるよな。赤いところも同じ』って一人で笑ってました。最低……」

 あの時の不快さを思いだしてムスッと言うと、「ガキか」と尊さんが吐き捨てた。

 そのあと尊さんはしばらく黙っていたけれど、ゆっくり歩きながら穏やかな声で言った。

「田村のからかいは論外として、頼むから、職場でもプライベートでも、体調が悪かったらすぐに言ってくれ。男の俺には分からないからこそ、本人に不調を申告してほしいんだ。言われないと、朱里の不調に気づかないまま無理させてしまうかもしれない。『生理は病気じゃない』なんて言う人もいるけど、女性が百人いれば百通りの生理痛やPMSがある。他人の〝普通〟に合わせる必要はないし、自分を大切にできるのは自分だけって考えを、頭に叩き込んでほしい」

「…………はい…………」

 私は昭人とはまったく違う反応をした尊さんの優しさに、思わず涙ぐんでしまった。

 そのあと咳き込み、俯いて彼の顔に咳を掛けないよう努める。

「ごめんなさい」

「謝らなくていい。……っていうか、夫になるんだから看病でも何でもやらせてくれよ。弱ってる朱里も全部見せてくれ。俺の前で強がらなくていいから」

「…………はい」

 体調は最悪なのに、尊さんの優しさが身に染みて気分は最高だ。

 やがていつもの駐車場についた尊さんは、少し迷ってから尋ねてきた。

「後部座席で横になるか?」

「いえ。縦になってるほうが楽なので」

「分かった」

 答えると、尊さんは助手席のドアを開けてからしゃがみ、私をシートに座らせた。

 そして荷物を後部座席に置き、運転席に乗ってエンジンを掛ける。

「つらかったら無理に話さなくていいから」

「大丈夫です」

 少ししてから尊さんはコンビニに車を止め、「ちょっと待っててくれ」と言って店内に入る。

 すぐに買い物を終えた彼は、何やら沢山買い物したビニール袋を後部座席に置き、私にスポーツドリンクのペットボトルを手渡す。

「あと、こっち向いて。気休めだけど」

 車内のライトをつけた尊さんは、私の額に冷感ジェルシートをぺたりと貼った。

「ありがとうございます」

 スポドリを飲もうとしたけれど手に力が入らないな……、と思っていたら、尊さんがヒョイと私の手からペットボトルをとり、キャップを開けてくれた。

「ありが……」

「当然の事をしてるだけだから、お礼を言わなくていいよ」

 尊さんは私の頭をクシャッと撫でたあと、またハンドルを握って車を発進させる。

 私は冷たいスポドリを飲んだあと、しばし目を閉じてシートにもたれ掛かっていた。

 やがて、尊さんがポツリと言う。

「……前に昔の事を話してくれたろ?」

 ノロノロと彼を見ると、尊さんは前を向いたまま淡い笑みを浮かべていた。

「俺が墓参りをして、六本木の駅で潰れてた時、朱里が介抱してくれた話」

「ああ……、はい」

「あの時、吐いてとんでもない醜態晒したのに、朱里はそれを逆手に取らなかった。世の中には色んな奴がいて、誰かに恩を着せたら金や何かしらの礼を望む奴がいる。なのに朱里は黙って世話を焼いて、そのあとも名乗り出なかった。六日にあの話を聞いたあと、心の底から『信頼できる子だな』って思ったんだ」

 当時は半ばやけくそになって介抱しただけだけど、尊さんにそう思われていたとは知らず、ちょっと照れくさくなる。

「その前から朱里を見守って大切にしたいと思っていたけど、ますます『大事にしよう』って思えた。……だから俺も、朱里が体調を崩したらどんな事だってする」

 愛情深い言葉を聞き、私は無言で涙を流す。

 弱っている時にここぞとばかり優しくするの、ずるいな。ますます好きになっちゃう。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

処理中です...