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予期せぬ来訪者 編
家の前にいたのは
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「…………」
は? 無理、無理なんですが。
胸が異様にドキドキして、緊張してしまう。
(エレベーター、もう下に行っちゃったかな)
私はバッグに下げている防犯ブザーのチャームを握り、唾を飲んで喉を湿らせる。
緊張して固まっていた時――、人陰が私の名前を呼んだ。
「朱里?」
聞き覚えのある声にハッとすると、背の高い人物がこちらに歩み寄ってくる。
冬場だからハッキリした体のシルエットは分からないけれど、照明を受けた顔を見て思わず声を漏らした。
「……昭人……」
一年前に私をフッたあと、六本木ですれ違ったあとも無反応だった彼が、私の家の前にいた。
「……なにやってんの」
まず出た言葉がそれだった。
彼は決まり悪そうな表情をしていて、物言いたげに私を見てくる。
「こんな所にいていいの? 彼女さんは? 結婚するんでしょ?」
「別れた」
「はぁ……?」
思わず大きめの声を上げてしまってから、「無理もないか」と思い直した。
六本木で二人とすれ違った時、尊さんは大きめの爆弾を落とした。
尊さんはイケイ食品のナントカさんの浮気を調べる過程で、加代さんの事を知った。
でも彼が仕留めたかったのは怜香さんであって、二人はあくまで〝ついで〟だった。
それでも、加代さんとの結婚を真剣に考えていた昭人にとって、あれは大事件だっただろう。
あの頃の私はまだ昭人に未練を持ち、尊さんが二人に爆弾を投じたのを見て驚きながらも、ちょっとスカッとしてしまった。
でも尊さんと付き合ってどん底から引き上げられ、正常な思考回路に戻った今、二人が別れたと聞いて多少なりとも責任を感じる。
そこまで考え、とてつもない罪悪感を抱いてしまった。
溜め息をついた時、先日、玄関から不審な物音が聞こえたのを思いだす。
「もしかしてちょっと前もうちに来た?」
尋ねると、昭人は視線を逸らして頷いた。
「タイミング見計らって入ったけど、部屋の前まできて考え直した」
「……マジそれ、犯罪になりかねないから、頼むからやめて。元カノとはいえ、許可なしに建物に侵入して待たれるの、本当にヤバイから」
廊下で話して近所迷惑にならないか心配だったけど、昭人を家に上げるのは抵抗があった。
「……話があるから、家入れてくれない?」
頼まれたけど、私は首を横に振った。
「私は今、付き合っている人がいるし、そういうの良くないと思う」
「……あの性格の悪い男か」
昭人は尊さんを思いだし、苦々しい顔でわざとらしく溜め息をつく。
「話があるなら、日を改めて昼間にしよう。夜に私の家では駄目。申し訳ないけど不信感があるし怖い。そんな状態で話を……って言われても、素直に聞けないと思うの。昭人だって対等な立場で話したいでしょう?」
私は尊さんが言いそうな事を口にした。
自分の感情を説明し、今の状況は良くない事を伝える一方で、時と場所を変えたら対応できるから、それならどうかと提案をする。
以前の私なら、昭人を見た時点で『今すぐ帰ってよ!』と言っていたと思う。
でもそういう対応をされたら、昭人は絶対ムッとするだろう。
夜だし、自宅の前で一人という圧倒的に不利な状態で、もし昭人を怒らせたらどうなるか分からない。
元彼を疑いたくないけど、別れて一時は向こうだって彼女ができたのに、今になって私の家まで押しかけるのは普通じゃない。
だから昭人を刺激しないように、感情的にならず冷静に話をした。
動揺を見せず昭人に訴えると、彼は渋々頷いた。
「……その通りだな。お前には付き合ってる相手がいるし、無理な事をすれば俺がストーカー扱いされる」
「分かってくれてありがとう。明日はちょっと予定があるから、明後日か来週末の昼間はどう?」
「じゃあ、あとで連絡…………」
そこまで言って、昭人は言葉を途切れさせる。
別れたあと、私はしばらく昭人のSNSをネトストしてしまっていたけど、恵に言われて連絡先を削除し、SNSもブロックした。
ブロックされたのは昭人も気づいていたんだろう。
だから今、私たちに連絡手段はない。
「……ブロックしたのはごめん。でも改めて繋がるつもりもないの。明後日の十二時に、大学生時代にいつも行ってた千駄木のカフェはどう?」
通っていた大学は今住んでいる西日暮里からすぐ近くで、カフェも目と鼻の先なんだけど、しょうがない。
覚えている限り昭人の住まいも護国寺駅近くで、お互い大学を挟んで似たような場所に住んでいる。
別れたあとに引っ越さなかった私にも、落ち度はあったかもしれない。
「そうしよう。……じゃあ、悪かったな」
「ううん」
無事に話が終わって安堵した私は、昭人の姿が廊下の角を曲がるまで見送った。
エレベーターがフロアに着いてドアが閉まったあと、私は大きな溜め息をついて壁に寄りかかった。
(ビビった…………)
昭人だと分かる寸前まで、今までの嫌な体験が蘇って本当に怖かった。
(まぁ、今回は相手が昭人で、話したら分かってくれて良かった)
加えて、こういうのはこれで最後にしたいと思った。
もう少し経てば尊さんと同棲を始めるし、一人暮らしゆえの危険な生活とはおさらばしたい。
(とりあえず、尊さんに報告しますか)
私は無意識に溜め息をつき、家の鍵を開けて玄関に入ると、ショートブーツを脱いで奥に進む。
――と、着信音が鳴り、驚きのあまり「えぅっ」と変な声を漏らしてしまった。
は? 無理、無理なんですが。
胸が異様にドキドキして、緊張してしまう。
(エレベーター、もう下に行っちゃったかな)
私はバッグに下げている防犯ブザーのチャームを握り、唾を飲んで喉を湿らせる。
緊張して固まっていた時――、人陰が私の名前を呼んだ。
「朱里?」
聞き覚えのある声にハッとすると、背の高い人物がこちらに歩み寄ってくる。
冬場だからハッキリした体のシルエットは分からないけれど、照明を受けた顔を見て思わず声を漏らした。
「……昭人……」
一年前に私をフッたあと、六本木ですれ違ったあとも無反応だった彼が、私の家の前にいた。
「……なにやってんの」
まず出た言葉がそれだった。
彼は決まり悪そうな表情をしていて、物言いたげに私を見てくる。
「こんな所にいていいの? 彼女さんは? 結婚するんでしょ?」
「別れた」
「はぁ……?」
思わず大きめの声を上げてしまってから、「無理もないか」と思い直した。
六本木で二人とすれ違った時、尊さんは大きめの爆弾を落とした。
尊さんはイケイ食品のナントカさんの浮気を調べる過程で、加代さんの事を知った。
でも彼が仕留めたかったのは怜香さんであって、二人はあくまで〝ついで〟だった。
それでも、加代さんとの結婚を真剣に考えていた昭人にとって、あれは大事件だっただろう。
あの頃の私はまだ昭人に未練を持ち、尊さんが二人に爆弾を投じたのを見て驚きながらも、ちょっとスカッとしてしまった。
でも尊さんと付き合ってどん底から引き上げられ、正常な思考回路に戻った今、二人が別れたと聞いて多少なりとも責任を感じる。
そこまで考え、とてつもない罪悪感を抱いてしまった。
溜め息をついた時、先日、玄関から不審な物音が聞こえたのを思いだす。
「もしかしてちょっと前もうちに来た?」
尋ねると、昭人は視線を逸らして頷いた。
「タイミング見計らって入ったけど、部屋の前まできて考え直した」
「……マジそれ、犯罪になりかねないから、頼むからやめて。元カノとはいえ、許可なしに建物に侵入して待たれるの、本当にヤバイから」
廊下で話して近所迷惑にならないか心配だったけど、昭人を家に上げるのは抵抗があった。
「……話があるから、家入れてくれない?」
頼まれたけど、私は首を横に振った。
「私は今、付き合っている人がいるし、そういうの良くないと思う」
「……あの性格の悪い男か」
昭人は尊さんを思いだし、苦々しい顔でわざとらしく溜め息をつく。
「話があるなら、日を改めて昼間にしよう。夜に私の家では駄目。申し訳ないけど不信感があるし怖い。そんな状態で話を……って言われても、素直に聞けないと思うの。昭人だって対等な立場で話したいでしょう?」
私は尊さんが言いそうな事を口にした。
自分の感情を説明し、今の状況は良くない事を伝える一方で、時と場所を変えたら対応できるから、それならどうかと提案をする。
以前の私なら、昭人を見た時点で『今すぐ帰ってよ!』と言っていたと思う。
でもそういう対応をされたら、昭人は絶対ムッとするだろう。
夜だし、自宅の前で一人という圧倒的に不利な状態で、もし昭人を怒らせたらどうなるか分からない。
元彼を疑いたくないけど、別れて一時は向こうだって彼女ができたのに、今になって私の家まで押しかけるのは普通じゃない。
だから昭人を刺激しないように、感情的にならず冷静に話をした。
動揺を見せず昭人に訴えると、彼は渋々頷いた。
「……その通りだな。お前には付き合ってる相手がいるし、無理な事をすれば俺がストーカー扱いされる」
「分かってくれてありがとう。明日はちょっと予定があるから、明後日か来週末の昼間はどう?」
「じゃあ、あとで連絡…………」
そこまで言って、昭人は言葉を途切れさせる。
別れたあと、私はしばらく昭人のSNSをネトストしてしまっていたけど、恵に言われて連絡先を削除し、SNSもブロックした。
ブロックされたのは昭人も気づいていたんだろう。
だから今、私たちに連絡手段はない。
「……ブロックしたのはごめん。でも改めて繋がるつもりもないの。明後日の十二時に、大学生時代にいつも行ってた千駄木のカフェはどう?」
通っていた大学は今住んでいる西日暮里からすぐ近くで、カフェも目と鼻の先なんだけど、しょうがない。
覚えている限り昭人の住まいも護国寺駅近くで、お互い大学を挟んで似たような場所に住んでいる。
別れたあとに引っ越さなかった私にも、落ち度はあったかもしれない。
「そうしよう。……じゃあ、悪かったな」
「ううん」
無事に話が終わって安堵した私は、昭人の姿が廊下の角を曲がるまで見送った。
エレベーターがフロアに着いてドアが閉まったあと、私は大きな溜め息をついて壁に寄りかかった。
(ビビった…………)
昭人だと分かる寸前まで、今までの嫌な体験が蘇って本当に怖かった。
(まぁ、今回は相手が昭人で、話したら分かってくれて良かった)
加えて、こういうのはこれで最後にしたいと思った。
もう少し経てば尊さんと同棲を始めるし、一人暮らしゆえの危険な生活とはおさらばしたい。
(とりあえず、尊さんに報告しますか)
私は無意識に溜め息をつき、家の鍵を開けて玄関に入ると、ショートブーツを脱いで奥に進む。
――と、着信音が鳴り、驚きのあまり「えぅっ」と変な声を漏らしてしまった。
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