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新年会 編

嫉妬と自己嫌悪

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「あっ、どうも。美味しくいただいてます」

 私はペコリと綾子さんに会釈する。

「ねー、見て! 速水部長ったら、今日も格好いいったら。飲み物がビールじゃなくてウイスキーやワインってのも、大人の男って感じだよね~」

「ですねー」

 適当に話を合わせつつ、内心では『尊さんがそういうお酒を飲んでる理由を、私は知ってる……』とどや顔してしまう。

『酒は美味いけど、なるべくカロリーの低い酒を飲む習慣をつけてる』

 プロフェッショナル速水尊は、健康志向の男なのだ。

 とは分かっているものの、私は甘いカクテルや梅酒をガブガブ飲んでやる。わはは。

「速水部長って無駄のない体をしてるでしょ? きっとカロリーにも気を遣ってると思うんだよね。だからって訳じゃないけど、私もワインに詳しくなろうと思って最近勉強してるの」

「綾子さんは女の鑑ですね~。私は好きな人の趣味に合わせて、普段興味のないものを勉強しようと思わないな」

 恵の言葉の裏に、『自分は好きな男色に染まるつもりはない』と言っているのが見え隠れしている。

 それを知ってか知らずか、綾子さんはニコッと笑って言った。

「そう? 私は人生は常に勉強だと思ってる。興味を持っていなかった事でも、何かきっかけがあったら柔軟に受け入れると、人生が豊かになると思うの」

「凄いですね」

 思わず言った言葉は本心だ。

 綾子さんは確かにミーハー気質だし、流行りものを追いかけていて、高価なものを好み、派手に浪費している自分に陶酔している感じがある。

 それを『自分の軸がない』と嫌う人はいるだろう。

 でも綾子さんにも矜持はあり、彼女は自分の美学のもとに生きている。

 加えて私とタイプの違う人は、私にできない事をする人だ。

 綾子さんは積極的に合コンに行き、自分の人生をグレードアップさせてくれる男性をゲットするために、自分磨きをしていい女であろうとしている。

 大きな目的――幸せな結婚生活のために、様々な事にチャレンジする生き方は、私にはできない事だ。

 恵の嫌みともとれる言葉に怒るでもなく、サラリと自分の生き方を説明した彼女は格好良かった。

 その姿を見て、ジワリ……と胸の奥に黒い物が広がってしまう。

 ――私は綾子さんに嫉妬している。

 ――本当は彼女が魅力的な人だと分かっているから脅威に思っていて、いつ尊さんをとられるかビクビクしている。

 ――だから恵がちょっと馬鹿にしたように言うのを聞いても、『やめなって』と言えずにいるんだ。

 ――嫉妬している人の悪口を聞いて、ちょっと気持ちよくなっている自分がいる。

(情けないな)

〝分かって〟しまった私は、飲み会のさなかだというのに、ズン……と落ち込んでしまった。

「ごめんなさい、ちょっとお手洗い行ってきます。お酒美味しいから、調子に乗って飲み過ぎちゃったみたい」

 気持ちを切り替えるため、一度席を立つ事にした。

「あー、利尿作用あるからね。いってら」

 恵はヒラヒラと手を振り、私はバッグを持ってトイレに向かった。

 フロアを出る時にチラッと尊さんを見ると、彼は周囲の人と話して微笑しながら、私に視線を走らせたところだった。

「あー、もう、速水部長好きだわー! 結婚してくれ!」

 酔っぱらった男性社員の声がし、皆がドッと笑う。

 もらい笑いをした私は、溜め息をついて階段に向かった。





「はー」

 用事を終えて鏡を見ると、顔が赤い。でもまだ飲める。

 すぐに落ちてしまうと分かっていながらも、私はリップを塗った。

(分かってはいたけど、同じ職場にいるのに私的に話せないってストレスだな)

 仕事中はそう思わないけれど、飲み会になると『私の尊さんなのに……』と嫉妬してしまう子供みたいな自分がいるのに気づく。

 男性社員や、彼に恋愛感情を抱かない人、年上の人にまで嫉妬する必要はない。

 なのに尊さんと同じ場所にいるのに、彼の隣にいられない事に疎外感を得ていた。

(駄目だな、子供っぽい。尊さんに呆れられる)

 私は溜め息をついたあと、トイレに誰もいないのを確認してから、「あっかるーいあっかるーい朱里ちゃんっ!」と歌いながら踊り、パンッと頬を叩いた。

「よっしゃ」

 気合いを入れてトイレから出た時――。

「よう」

 係長が目の前に立っていて、驚きのあまり悲鳴を上げそうになった。

 トイレの前で待たないで!
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