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家デート 編
〝速水の歩き方〟
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それからまたソファに座り、ぬるくなったコーヒーを飲んだ。
「踊るの、好きなんですか?」
「んー、そうだな……。答えまでの前置きが長くなるけど、海外に行った時、まずは観光地を見て、その次は街の人が贔屓にしてる店で、その土地の空気を感じたいって思うんだ」
脚を組んだ尊さんは、遠くを見る目で微笑む。
きっと、私が行った事のない異国の街並みを思い出しているんだろうか。
「英語は話せるとして、他の言語は日常会話、挨拶程度かな。でもその国の言葉を使うと、とても喜んでくれる。日本人だって、外国人がカタコトでも日本語を話したら嬉しくなるだろ?」
「はい」
「あとは、現地のバールとかで同じもんを食って、同じ酒を飲んでると自然と話せる事もある。で、うまく盛り上がったら、観光の穴場を教えてもらうかな」
「へええ……。凄いですね。海外旅行の通みたい」
「男一人だから何とかなってるところは割とあるかも。女性が個人旅行してない訳じゃないけど、慣れてないなら経験者と行くか、ツアーのほうがいいかな」
「……私が海外行く時は、尊さんも一緒に行ってくれるんでしょ?」
尋ねると、彼はクシャッと笑う。
「勿論。〝速水の歩き方〟で良ければ」
「んふふ!」
有名ガイドブックになぞらえて言われ、私は思わず笑う。
それから、気になっていた事を聞く。
「現地で踊る時って、パートナーいるんです?」
「あー、本当にその場にいた人だからな。老若男女問わずだ」
「へええ……。そんなに、色んな人が踊るんです?」
私の感覚だと、おじさんおばさんが踊るって言ったら、町内会の盆踊りとかお祭りぐらいしか思いつかない。
「踊りや音楽の根付き方がちょっと違うように感じる。日本でいきなり歌い出したら、変な目で見られるだろ?」
「確かに」
「向こうだと飲食店やバールで、割と普通に歌う事があるし、音楽があったら自然と踊りだす人もいる。割と身近なんだよ」
「そっかー……」
尊さんの話を聞いたあと、私はスマホでアルゼンチンタンゴを検索して動画を見始める。
「わ……、凄い。足さばきが人間じゃない。うわっ、女性の脚なっが! っていうか、セクシー……」
「今度、フラメンコとかアルゼンチンタンゴ、機会があったら見に行くか」
「行きたい!」
私はピッと挙手する。
「そういうの、やってるんですか?」
「割とあるな。日本は世界で二番目にフラメンコの競技人口が多い国で、あちこちに教室があって定期的にショーをやってる。それを出し物にしてる飲食店もあるし。アルゼンチンタンゴも、海外ダンサーを呼んでの公演が年に何回かあるな。バンドネオンやピアノとかの生演奏もあって、音楽だけでも楽しめる」
「バンドネオン?」
聞き慣れない単語に、私は首を傾げる。
「アコーディオンみたいなやつ。鍵盤はなくて、沢山穴が空いててそれを指で塞ぎ、空気を入れて奏でる」
「へええ……」
「こういうののピアノやヴァイオリンって、クラシックとはまた違う鳴り方をしてて、すげぇいいんだよ。お上品なのばっかりが楽器じゃねぇって教えてくれる」
彼の言葉を聞いて、尊さんがピアノを嗜んでいる事を思いだす。
「……尊さんは、ピアノを弾く時はクラシック? ジャズ専門?」
「両方弾くかな。教室に通ってた時はクラシック専門だった」
彼は少し遠くを見て微笑む。
「……でも正直、ピアノを習ってた頃はきつい事が多かった。自宅にいても息苦しいのに、息抜きのピアノでも楽譜通りに弾いてコンクールを目指して……っていうのがつらかった。……だからジャズの型破りで自由なリズムに惹かれた」
尊さんの過去を知った今だからこそ、彼の言いたい事がとても分かった。
「ジャズを始めて世界が広がったように思えたな。でたらめに弾いているようでいながら、ちゃんと法則や構成があるんだ。コードも必要だ。クラシックも悪くねぇけど、アドリブを効かせられるジャズがとても魅力的に感じた」
そう言って尊さんは私の腕に手を置いて、ピアノを奏でるように指を動かし、優しく微笑む。
「最初の質問からズレたけど、歌や踊りって言葉が通じなくても〝分かる〟だろ? だから好きっていうのもあるのかな」
「あぁー、確かに」
洋楽はなんて歌ってるのかよく分からないけど、それでも『この曲好き!』ってなる。
「最初、海外にフラッと行き始めたのは、東京にいるのがしんどかったからだ。怜香の目が届かない場所で、自由に色んなものを楽しみたかった。……飼い殺しは心を殺すからな」
語り始めた事は、きっと尊さんの心の大事な部分だ。
「踊るの、好きなんですか?」
「んー、そうだな……。答えまでの前置きが長くなるけど、海外に行った時、まずは観光地を見て、その次は街の人が贔屓にしてる店で、その土地の空気を感じたいって思うんだ」
脚を組んだ尊さんは、遠くを見る目で微笑む。
きっと、私が行った事のない異国の街並みを思い出しているんだろうか。
「英語は話せるとして、他の言語は日常会話、挨拶程度かな。でもその国の言葉を使うと、とても喜んでくれる。日本人だって、外国人がカタコトでも日本語を話したら嬉しくなるだろ?」
「はい」
「あとは、現地のバールとかで同じもんを食って、同じ酒を飲んでると自然と話せる事もある。で、うまく盛り上がったら、観光の穴場を教えてもらうかな」
「へええ……。凄いですね。海外旅行の通みたい」
「男一人だから何とかなってるところは割とあるかも。女性が個人旅行してない訳じゃないけど、慣れてないなら経験者と行くか、ツアーのほうがいいかな」
「……私が海外行く時は、尊さんも一緒に行ってくれるんでしょ?」
尋ねると、彼はクシャッと笑う。
「勿論。〝速水の歩き方〟で良ければ」
「んふふ!」
有名ガイドブックになぞらえて言われ、私は思わず笑う。
それから、気になっていた事を聞く。
「現地で踊る時って、パートナーいるんです?」
「あー、本当にその場にいた人だからな。老若男女問わずだ」
「へええ……。そんなに、色んな人が踊るんです?」
私の感覚だと、おじさんおばさんが踊るって言ったら、町内会の盆踊りとかお祭りぐらいしか思いつかない。
「踊りや音楽の根付き方がちょっと違うように感じる。日本でいきなり歌い出したら、変な目で見られるだろ?」
「確かに」
「向こうだと飲食店やバールで、割と普通に歌う事があるし、音楽があったら自然と踊りだす人もいる。割と身近なんだよ」
「そっかー……」
尊さんの話を聞いたあと、私はスマホでアルゼンチンタンゴを検索して動画を見始める。
「わ……、凄い。足さばきが人間じゃない。うわっ、女性の脚なっが! っていうか、セクシー……」
「今度、フラメンコとかアルゼンチンタンゴ、機会があったら見に行くか」
「行きたい!」
私はピッと挙手する。
「そういうの、やってるんですか?」
「割とあるな。日本は世界で二番目にフラメンコの競技人口が多い国で、あちこちに教室があって定期的にショーをやってる。それを出し物にしてる飲食店もあるし。アルゼンチンタンゴも、海外ダンサーを呼んでの公演が年に何回かあるな。バンドネオンやピアノとかの生演奏もあって、音楽だけでも楽しめる」
「バンドネオン?」
聞き慣れない単語に、私は首を傾げる。
「アコーディオンみたいなやつ。鍵盤はなくて、沢山穴が空いててそれを指で塞ぎ、空気を入れて奏でる」
「へええ……」
「こういうののピアノやヴァイオリンって、クラシックとはまた違う鳴り方をしてて、すげぇいいんだよ。お上品なのばっかりが楽器じゃねぇって教えてくれる」
彼の言葉を聞いて、尊さんがピアノを嗜んでいる事を思いだす。
「……尊さんは、ピアノを弾く時はクラシック? ジャズ専門?」
「両方弾くかな。教室に通ってた時はクラシック専門だった」
彼は少し遠くを見て微笑む。
「……でも正直、ピアノを習ってた頃はきつい事が多かった。自宅にいても息苦しいのに、息抜きのピアノでも楽譜通りに弾いてコンクールを目指して……っていうのがつらかった。……だからジャズの型破りで自由なリズムに惹かれた」
尊さんの過去を知った今だからこそ、彼の言いたい事がとても分かった。
「ジャズを始めて世界が広がったように思えたな。でたらめに弾いているようでいながら、ちゃんと法則や構成があるんだ。コードも必要だ。クラシックも悪くねぇけど、アドリブを効かせられるジャズがとても魅力的に感じた」
そう言って尊さんは私の腕に手を置いて、ピアノを奏でるように指を動かし、優しく微笑む。
「最初の質問からズレたけど、歌や踊りって言葉が通じなくても〝分かる〟だろ? だから好きっていうのもあるのかな」
「あぁー、確かに」
洋楽はなんて歌ってるのかよく分からないけど、それでも『この曲好き!』ってなる。
「最初、海外にフラッと行き始めたのは、東京にいるのがしんどかったからだ。怜香の目が届かない場所で、自由に色んなものを楽しみたかった。……飼い殺しは心を殺すからな」
語り始めた事は、きっと尊さんの心の大事な部分だ。
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