上 下
117 / 464
手に入れた女神 編

完全にやり方を間違えた

しおりを挟む
 会議室での行為が終わったあと、俺はぐったりとした朱里の服を整え猛省した。

(……完全にやり方を間違えた)

 証拠隠滅のために換気をしたあと、何かしないと間が持たないと思い、俺は資料を配り始める。

 そうじゃないだろ! もっとこう……、いい感じにデートに誘ったり……!

 あまりに恋愛下手な自分に呆れた俺は、内心で絶叫する。

『……あの夜だけの関係じゃなかったんですか?』

 もう一人の自分と緊急会議を開いていた最中に、朱里にそう言われたものだから、ついバカみたいな返事をしてしまった。

『……あれ? 俺たちセフレになったんじゃなかったっけ?』

 違うだろ!! バカたれが!! 今の冗談は言っちゃいけないタイプの冗談だ!

 朱里に好かれないように意地悪な上司を演じてきたから、こんなところでいつもの癖が出てしまった。

 言ったあとに大後悔した俺は、変な汗をタラタラと掻く。

(いや待て。このまま軽口を叩いてたら完全に自滅する。恥ずかしいとか慣れてないとか言ってねぇで、ストレートにデートに誘えよ!)

『今週末、飯行かないか?』

 誘えた! …………いや。

(……あ。すげぇ嫌がってる)

 そりゃそうか。……なら。

『虎ノ門のフレンチで、ワインを好きなだけ飲ませてやる』

 あぁ……。やだ。高い店といい酒をチラつかせて、思うように操ろうとしてる俺、ただのおっさんじゃねぇか。

『……そういうトコ、ワインを好き放題飲む場所じゃないですし……』

 あ、でもちょっと食いついた。

『ふぅん? じゃあ、美味い飯を食って、そのあとバーで飲む。お前が酔っぱらってもきちんと送る。今度はしたくないなら、送り狼はしない』

 これならどうだ。すげぇ健全デートだろ。

 ……まぁ、一緒にいてムラムラしねぇって保証はねぇけど……。

『……なんで私にそんなにこだわるんですか』

 思いの外、飯作戦が効いてるな。さすが食いしん坊だ。

 こいつが飯につられやすいのは、中村さんからの報告で分かっている。

 とにかく、釣るきっかけは飯でも酒でもいい。ちゃんとまともな席を設けてきちんと話したい。

 そのために、わざと朱里の興味を引く事を言った。

『お前さ、俺と条件ありで付き合ってみない?』

『はい!?』

 うん、そうなるな。でも食いついた。

 そのあと怜香からエミリを宛がわれようとしている事を匂わせ、話を聞いてもらうという体で改めて食事に誘ったのだった。



**




 長い昔話を聞き終えた私は、呆然として尊さんを見つめた。

 情報が多すぎて、どう反応していいのか分からない。

「……引いたか?」

 尊さんは心配そうに言い、自嘲する。

「……『何やってんですか、あんたは』って言いたくなりますけど……。でも……」

 ――この人、忍だった。

 ずっと私を見守ってきた事よりも、彼が〝忍〟だった事のほうが私にとっては重要だ。

「……忍、なの? あの橋で私の自殺を止めて、叱ってくれた人……」

 自信なさげな表情で尋ねると、尊さんは苦笑いする。

「……ああ。あのあとも生きててくれて良かったよ。……それにお前を助けられたから、俺は希望を見いだす事ができたし……」

「…………っ」

 確認して本当だと認識したあと、目の奥が熱くなって涙を零してしまった。

「~~~~っ、なんで言わなかったんですか! バカ!」

 私は起き上がって、ドンッと彼の胸板を叩く。

「だって〝忍〟だって言ったら、お前は俺を特別視するだろ」

「当たり前じゃないですか! 私の初恋の人なんだから!」

「は?」

 叩きつけるように言うと、尊さんは目を丸くして固まった。

「全部あなたのせいですよ! 思春期の女の子の自殺を格好良く止めて、フルネームも連絡先も教えず、大人になって再会できたら運命だと思って向き直る? 少女漫画みたいな決め台詞言われて、好きにならない女の子がどこにいますか! あれで性癖歪められたんですから!」

「…………そこまでは知らねぇよ」

 私が斜め上の反応をしたものだから、尊さんは呆然として頭を掻く。

「だってお前、田村クンと付き合ってただろ。それもすげぇ未練タラタラになるぐらい好きだったんだろ? 会社では負のオーラまき散らしてたし、バーでマスターに絡んでたし……」

 事実を指摘され、私は唇を尖らせる。

「尊さんだって宮本さんと付き合ったじゃないですか。いくら初恋の人がいるとはいえ、告白されて良さそうだったら一応付き合いますよ。……〝忍〟と連絡を取れる状況だったなら別だけど、どこに住んでいるか分かりませんでした。……いつ会える保証もないし……」

「そりゃあ……、それぞれの人生だしな。俺だって最初はお前にノータッチで生きていくつもりだったし、まさかこうなると思ってなかったよ」

 カウチソファに座り直した尊さんは、機嫌を窺うように私の顔を覗き込み、そっと髪を撫でてくる。

 私はその手をギュッと握り、潤んだ目で尊さんを睨む。
しおりを挟む
感想 267

あなたにおすすめの小説

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...