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年末イチャイチャ 編
乗りたいに決まってる
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私は心の中で突っ込みを入れながら、亮平と買い物に行かなきゃいけない事態になり、内心溜め息をついた。
「荷物はそう重くならないだろうし、一人でいいよ」
「いや、自分で飲むビールとか買いたいし」
「そう」
母は私と亮平が微妙な関係になっているのに気づいていない。というか、私が気づかせていない。
母は新しい家族を作った事で、私に負い目を持っている。
だから家ではいつも明るく振る舞い、〝理想の母〟を演じようとしていた。
夫の元妻と比べられないように、亮平と美奈歩に少しでも好かれるように、けれど私の事も独りぼっちにしないように、本当に気を遣って過ごしている。
上村家で生活するようになってから十年近く経っているけれど、母はいまだ明るく振る舞い続けていた。
まるで演技していたのが〝地〟になり、定着してしまったかのようだ。
そんな母に心配を掛けたくないから、私はどんながあっても言わないようにしていた。
痴漢に遭っても弱音を吐かなかったし、社会人になって一人暮らしになったあと、最寄り駅から家まで誰かにつけられても、決して家族に助けを求めなかった。
昭人にフラれてボロボロになった時も、母から聞かれるまで黙っていた。
その代わり親友の恵には何でも相談して、顔の広い彼女の男友達に、痴漢対策などしてもらっていた。
本当は警察に連絡するのが一番だろうけど、実家に何か言われるかと思うと勇気が出なかった。
「じゃあ、さっさと行ってくる」
私は脱いだばかりのコートを着て、マフラーを巻く。
亮平は先に玄関に行き、黒いチェスターコートを羽織っていた。
いつものように、亮平とは匂わせ程度に変な空気になり、何も起こらずに終わった。
匂わせ程度とは、カゴを持つ手がちょっと重なったり、商品棚の前に立っていると触れそうなほど近くに立たれたりとかだ。
「邪魔」と言うとすぐにどいてくれるから、害がある訳ではない。
けど、そこはかとなく嫌な気持ちになる。
それが私と亮平の距離感だ。
帰宅したあと、お昼にお寿司を食べ、夕方まで母の手伝いをしてから「良いお年を」と行って実家を出た。
(疲れたな……)
私は駅に向かって歩きながら、コキコキと音を鳴らして首を回す。
それからずっと開いていなかったスマホをチェックした。
(あれ、尊さんからメッセージがある)
ドキドキしてアプリを開くと、こうあった。
『もう実家での用事終わった?』
彼が私を気にしてくれていると知っただけで、この上なく嬉しくなる。
『これから最寄り駅の吉祥寺に向かいます。一度自分のマンションに寄るので、尊さんの家に着くまでもうちょっと掛かると思います』
立ち止まってメッセージを打つと、すぐに既読がついた。
『吉祥寺駅近くのビルとかで時間潰せる? ちょっと待てるなら車で迎えに行くけど』
………………尊さんの車の助手席、乗りたいに決まってる。
申し訳ないなって思ったけど、心の中の天秤は「お願いします!」にグンッと傾いた。
『待ってます』
『渋滞しなかったら三十分ちょいで行く』
現金にも一気にテンションを上げた私は、浮かれた足取りで駅直結の商業施設に向かった。
甘味があるフロアで食べたい物を見ていると、三十分はあっという間だ。
ちょいちょいスマホを気にしていたら彼から連絡が入り、駐車場に向かった。
「朱里」
駐車場入り口にいる尊さんが私を見て片手を上げ、その姿を見て笑顔になった私は、ポスンと彼に抱きついた。
彼は私を抱き留め、ポンポンと背中を叩いて歩きだす。
「ん? なんか買ったのか?」
「プリン。瓶に顔がついてて可愛いんです。色んな味があって、つい色々買っちゃった」
「ふぅん? 二人で食べたら何とかなるか」
「ですね!」
リモコンでロックが開いた尊さんの車は、黒いレクサスRZだ。
そんな高級車に乗った事がない私は、恐る恐る助手席に乗り込む。
「これって靴脱がなくていいやつですか?」
「何で靴脱ぐんだよ」
突っ込みながら、尊さんは普通に運転席に乗る。
「学生の時、従兄が乗っていた車にフカフカのマットが敷いてあって、靴は脱いでトレーに入れないといけなかったんです」
「その人なりの流儀だと思うけど、俺は普通に土足」
そう言って尊さんはアクセルを踏み、静かに車を発進させた。
「荷物はそう重くならないだろうし、一人でいいよ」
「いや、自分で飲むビールとか買いたいし」
「そう」
母は私と亮平が微妙な関係になっているのに気づいていない。というか、私が気づかせていない。
母は新しい家族を作った事で、私に負い目を持っている。
だから家ではいつも明るく振る舞い、〝理想の母〟を演じようとしていた。
夫の元妻と比べられないように、亮平と美奈歩に少しでも好かれるように、けれど私の事も独りぼっちにしないように、本当に気を遣って過ごしている。
上村家で生活するようになってから十年近く経っているけれど、母はいまだ明るく振る舞い続けていた。
まるで演技していたのが〝地〟になり、定着してしまったかのようだ。
そんな母に心配を掛けたくないから、私はどんながあっても言わないようにしていた。
痴漢に遭っても弱音を吐かなかったし、社会人になって一人暮らしになったあと、最寄り駅から家まで誰かにつけられても、決して家族に助けを求めなかった。
昭人にフラれてボロボロになった時も、母から聞かれるまで黙っていた。
その代わり親友の恵には何でも相談して、顔の広い彼女の男友達に、痴漢対策などしてもらっていた。
本当は警察に連絡するのが一番だろうけど、実家に何か言われるかと思うと勇気が出なかった。
「じゃあ、さっさと行ってくる」
私は脱いだばかりのコートを着て、マフラーを巻く。
亮平は先に玄関に行き、黒いチェスターコートを羽織っていた。
いつものように、亮平とは匂わせ程度に変な空気になり、何も起こらずに終わった。
匂わせ程度とは、カゴを持つ手がちょっと重なったり、商品棚の前に立っていると触れそうなほど近くに立たれたりとかだ。
「邪魔」と言うとすぐにどいてくれるから、害がある訳ではない。
けど、そこはかとなく嫌な気持ちになる。
それが私と亮平の距離感だ。
帰宅したあと、お昼にお寿司を食べ、夕方まで母の手伝いをしてから「良いお年を」と行って実家を出た。
(疲れたな……)
私は駅に向かって歩きながら、コキコキと音を鳴らして首を回す。
それからずっと開いていなかったスマホをチェックした。
(あれ、尊さんからメッセージがある)
ドキドキしてアプリを開くと、こうあった。
『もう実家での用事終わった?』
彼が私を気にしてくれていると知っただけで、この上なく嬉しくなる。
『これから最寄り駅の吉祥寺に向かいます。一度自分のマンションに寄るので、尊さんの家に着くまでもうちょっと掛かると思います』
立ち止まってメッセージを打つと、すぐに既読がついた。
『吉祥寺駅近くのビルとかで時間潰せる? ちょっと待てるなら車で迎えに行くけど』
………………尊さんの車の助手席、乗りたいに決まってる。
申し訳ないなって思ったけど、心の中の天秤は「お願いします!」にグンッと傾いた。
『待ってます』
『渋滞しなかったら三十分ちょいで行く』
現金にも一気にテンションを上げた私は、浮かれた足取りで駅直結の商業施設に向かった。
甘味があるフロアで食べたい物を見ていると、三十分はあっという間だ。
ちょいちょいスマホを気にしていたら彼から連絡が入り、駐車場に向かった。
「朱里」
駐車場入り口にいる尊さんが私を見て片手を上げ、その姿を見て笑顔になった私は、ポスンと彼に抱きついた。
彼は私を抱き留め、ポンポンと背中を叩いて歩きだす。
「ん? なんか買ったのか?」
「プリン。瓶に顔がついてて可愛いんです。色んな味があって、つい色々買っちゃった」
「ふぅん? 二人で食べたら何とかなるか」
「ですね!」
リモコンでロックが開いた尊さんの車は、黒いレクサスRZだ。
そんな高級車に乗った事がない私は、恐る恐る助手席に乗り込む。
「これって靴脱がなくていいやつですか?」
「何で靴脱ぐんだよ」
突っ込みながら、尊さんは普通に運転席に乗る。
「学生の時、従兄が乗っていた車にフカフカのマットが敷いてあって、靴は脱いでトレーに入れないといけなかったんです」
「その人なりの流儀だと思うけど、俺は普通に土足」
そう言って尊さんはアクセルを踏み、静かに車を発進させた。
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