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初デート 編

爆弾

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「別に脅すつもりはない。ただ、君がやってる事は、朱里の自尊心を著しく傷つける行為だ。九年付き合った恋人と別れたなら、何らかの感情が付きまとうだろう。だが、君はもうすでに新しい彼女と婚約している身だ。それなのにここまで朱里に突っかかるなんて、一般常識のある社会人のやる事と思えない。一流企業の営業がこんなに残念な性格をしているなら、何かしでかす前に『気をつけたほうがいい』と上司に口添えするのは当然の事だろう?」

 尊さんの言葉を聞いて、昭人はぐうの音も出ないようだった。

「昭人くん、行こうよ」

 加代さんが昭人の腕を引っ張る。

 ……まぁ、そのほうがいいだろうね。

 昭人はできる男で弁が立つけど、尊さんのほうがずっと性格が悪い。こういう言い合いをして、昭人に勝ち目があると思えない。

 ……まさか〝性格が悪い〟が、褒め言葉になる日がくると思わなかったけど。

 彼女に言われて昭人は舌打ちをし、再び歩き出そうとする。

 尊さんはそんな二人を追いかけるように首を巡らせ、薄く笑った。

「どうぞお幸せに。……株式会社イケイ食品の総務、相良さがら加代さん。

 付け加えた尊さんの言葉を聞いて、昭人が「は!?」と弾かれたようにこちらを振り向いた。

「……っ、不倫ってなんだよ!」

 青ざめた昭人の質問に、尊さんはわざとらしく首を傾げる。

「さぁ? 俺はただ噂を聞いただけだから、本人に確認してみたら? イケイ食品には他社の社長令嬢と結婚して新婚二年目の宇野うの常務がいるけど、常務と相良さんは学生時代の先輩後輩に当たるんだっけ? 弁当を用意したりとか、会社に適当に嘘をついて二人でラブホ行ったりとか……。まぁ、昔の話だよな? 俺が聞いたのはかなり前だし」

 …………う、…………わぁ…………。

 私は目をまん丸に見開き、悪辣な笑みを浮かべている尊さんの横顔を見る。

「加代?」

 昭人が顔面蒼白になって婚約者を見る。

 加代さんの左手の薬指には、昭人から贈られただろう立派なダイヤモンドの指輪が光っていた。

「……し、知らない……、そ、その人がでまかせ言ってるだけで……」

 加代さんは涙ぐみ、彼女もまた真っ青な顔をしていた。

 そのあと路上で激しい罵り合いが始まったけれど、尊さんは私の手を引いて「レストランの予約に遅れるから行くか」と歩き始めた。

「ちょ……っ、ちょっと……!」

 私は昭人たちを何度も振り返り、手を引っ張る尊さんの顔を見る。

「放っておけよ。ガキじゃねぇんだから、自分の不始末ぐらい自分でつけられるだろ」

「でも……!」

 何か言おうと思ったけれど、あまりの出来事に頭が混乱して、うまく言葉にならない。

 気がつくと私は地下鉄に揺られていた。

 尊さんに手を握られて呆然としている間に、私は夜景が綺麗なレストランの席に座っていた。

「飲み物は?」

 尊さんにメニューを渡され、私はようやくハッとする。

 口を半開きにして尊さんを見ると、彼は何事もなかったかのように「俺は一杯目はシャンパンにしとくかな」と言った。

「……じゃ、じゃあ……。同じものを……」

「畏まりました」

 給仕はオーダーを聞いて、お辞儀をして立ち去っていく。

 私はいまだぼんやりとして、とりあえずお水を一口飲んだ。

「…………さっきのアレ、本当ですか?」

「田村くんと相良さんに落とした爆弾?」

「……爆弾って自覚あったんですね」

「ははっ、それでないと落とす意味ないだろ。あの話は本当だよ。俺は割と顔が広い。各社の重役に知り合いが多いし、仕事でもプライベートでも食事したり酒を飲んだりする事がある」

「…………はぁ…………」

 私は重たい溜め息をつき、テーブルに肘をついて顔を押さえた。

「なに? まだ未練があるから、ああいうのは望んでなかった?」

 私たちがいるのは窓に面したカウンター席で、テーブルの奥にスタッフが入って鉄板で調理するスタイルだ。

 私は顔を上げると、ぼんやりと夜景を見て小さく首を横に振る。

「……分かりません。混乱しちゃって。…………『ざまみろ』っていう感情と、同情する気持ちと、勝手にライバル心を抱いていた女性が不倫していて、…………安心、しちゃった気持ちとか、彼女を〝下〟に見る感情とか……。そういうのでグチャグチャになってしまって……」

「これで立派な〝仕返し〟にはなっただろ。一発盛大にやられたから、こっちも相応に一発やり返す。あとは深追いせずに、お互いの人生を歩めばいいんだ」

〝仕返し〟という言葉を聞いて、私は眉間に皺を寄せて尊さんを見る。
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