【R-18】やさしい手の記憶

臣桜

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親子

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「クロエ」
 きし、と木製の床を踏む音がしてバルトルトが跪き、娘の頬を軽く叩く。
「気の早い子だな。死んだつもりになるんじゃない。それは本当に命を脅かす毒ではないんだ」
「えっ?」
 びっくりしたクロエが飴色の目を瞠り、涙を浮かべていたフリッツとギルベルトも目を向いてバルトルトを見た。
「その薬は……、長い期間飲み続けていると、男の機能を低下させてゆく薬だ。だからお前が飲んでも何の毒にもならないんだよ、クロエ。フリッツに一度飲ませたとしても、一回だけじゃ何の効果もない」
「本当か? 親父殿」
 乱暴に涙を拭ったギルベルトが問い、バルトルトが決まり悪そうに頷く。
「私が甥っ子を殺す訳がないじゃないか」
 ザアザアと雨が小屋の屋根を打つ音がするなか、四人がばつが悪そうに顔を見合わせ、そっと視線を外してクロエが起き上がる。
「……恥ずかしい」
「……まぁ、いいじゃないか。クロエがそれほど俺を思ってくれていたのを知れて嬉しいし、ギルだってクロエを嫌っていた訳じゃなかった。俺は……不能になるには早い年齢だが、叔父さんの本音がきけて良かった」
 フリッツが穏やかに笑い、その言葉の最後にバルトルトが床に膝をつけたまま頭を下げた。
「すまない、フリッツ。私はどうしてもギルが可愛いあまりに、母親すらなくしてしまったこの子に、何かを与えたいと思って……お前が世継ぎを作れなかったら、ギルの子供がそうなるのではと思い……。愚かな事をしたと思っている。
 許してくれとは言わない。ただ、ギルはこの事に関係はないから、今まで通りに接してやってくれないか……? 私はどんな処罰も受ける覚悟がある。どうか……!」
 国王の弟であり、外交を任されている大臣とは思えない小さな背中がそこにあった。
「親父殿……」
 ギルベルトが自分の中で想像していた私利私欲による暗躍や、暗殺。
 そういうものとは少し違った、親が子を思うが故の暴走が、今回の火種だった。
 バルトルトの上着の肩にフリッツの手がそっと添えられ、「頭を上げて下さい」と穏やかな声がする。
「叔父さん、俺は今回の事は父さんにも誰にも言うつもりはありません。結果、誰も傷付かずに済んだのですから」
「だが……」
「俺が望む事は、叔父さんともギルとも今まで通りの付き合いをしたいという事。あとは、今まで日陰の者になっていたクロエに対して、叔父さんが誠意のある態度を取って欲しいという事です。
 彼女は今回の事で一方的な被害者になってしまっています。叔父さんが叔母さんを亡くして、そこでロシェの婦人と関係ができてしまった事は、今ではどうにもならない事実です。でも、だからと言ってクロエが虐げられていい理由にはなりません。
 本来あるべき場所で、受けるべき教育を受けて、そうされる事が当たり前の人物です。クロエという女性は」
 三人の視線がクロエに集まり、クロエはそっと視線を木製の床に落とした。
「親父殿、クロエの母君はロシェのどなたなんだ? その婦人も不倫をしているのか?」
 息子の問い掛けにバルトルトは全てを話す決意をし、その場にどっかりと胡坐を掻く。
「私が関係を持ったのは、ロシェの王族のアナイス公爵夫人だ」
「え? 確かアナイス公爵婦人は……」
 ギルベルトの脳裏に思い出されるのは、晴れ凪の季節に隣国まで馬車に揺られ、正装をさせられた小さい頃の記憶。
 葬列の中、白い棺が衛兵に抱え上げられて国旗が風に翻り――。
「もう……二十年前に亡くなられた」
 ぽつりと落とすようにバルトルトが呟き、節くれだった指を何とはなしに折り曲げてみる。
「元々病弱な方で、生まれた時から長くは生きられないと医者に告げられていたらしい。だからなのか、いつも前向きで明るく笑っている方で、社交場の好きな華やかな方だった。浮名を馳せて、彼女なら後腐れもないだろうと様々な男が言い寄り、関係を持った。
 そんな折だ。エラを喪って失意にいた私が外交でロシェを訪ねた時、婦人が私を気にかけて下さって……。ただ一晩の仲になるには、私はどうにも暗すぎたらしい。
 私が帰国してからもアナイス婦人は私を気遣って手紙を下さり、励まして下さった。ご自身も病魔に侵されているというのに、本当に気丈な方だった。
 そして手紙をやり取りしている間に、婦人の中で私の子供が……クロエが大きくなり……」
「母様は、私を産み落として亡くなったのね」
 苦しそうに言葉を引き絞った続きをクロエが引き受け、小さく息をついた。
「……私、ただ不義の子だからという理由で、忌まれているのだと思ったわ。母様には嫌われているから、ロシェの方に引き取り手がないのだとも」
「……お前もギルも、思い込みの激しい所は私に似ているね」
 疲れているが、隠していた事を全て吐き出せたバルトルトが、どこか晴れやかな笑顔を浮かべる。
「叔父さんはクロエを引き取ろうとしたんですか?」
 四人は全員床に座り込んでいて、そこに身分の差はなかった。
「ああ、初めはここの近くにあるシェーンベルグの館に住まわせようとしたんだが……、この子がさっき言っていた通り、私を巻き込む事を嫌がって。代わりに使用人夫婦に預けて育ててもらう事になった。
 金は十分に送ってクロエが望む物や勉強道具を与えるつもりだったが、クロエ自身が浪費を嫌う子になってしまった。私が時折こちらへ視察に来ても、勘付いたクロエは遠くへ逃げ出してしまったりで中々会えず……。
 だから、今回クロエを……悪い言葉で言うなら利用しようとして、そのために脅してこの小屋や畑を荒らすと言い、城へ上がらせた。この子なら器量もよくて頭もいいので、きっとフリッツに気に入られる。そうしたら信頼されている間に少しずつ薬を飲ませて……、と私は浅はかな事を考えていたんだ」
 解き明かされてゆく謎を聞きながら、フリッツは思考回路をどんどん自分の都合の良いように展開させていった。
 この親子の誤解も解けつつあって、クロエの素性もハッキリした。
 クロエは森で一人暮らしをしている身寄りのない娘ではなく、自分の叔父と隣国の王族の間にできた娘だ。
 フースとロシェの国交は、昔は戦争をしていた歴史はあるものの今は良好だ。
 時折国境で小競り合いがあったり、密輸の黒い噂があるものの、もし自分とクロエが結ばれて、フースとロシェの今後に役立つのなら……。
 綺麗なブルーの目がキラキラと輝いて目の前に座っているクロエを見て、訝しげに細められた。
「……クロエ?」
 クロエは具合悪そうに口元を押さえ、顔色を悪くしている。
「どうした? クロエ? 具合でも悪いのか?」
 フリッツの呼びかけでギルベルトも気付き、妹の肩を揺すった。
「気持ち……悪い」
 自分を揺する兄の腕を制してクロエはフリッツの胸の中に倒れこみ、そのまま脱力してしまう。
「どういう事だ!? 親父殿! 女には毒じゃないんだろう!?」
「ほ、本当だ! あれは無害だ! とにかく、クロエを医者に見せよう」
 慌てふためいた男三人はクロエを抱えて外套を身につけ、フリッツがクロエを自分のマントの中にすっぽりと包んでから、小屋のことはそのままに慌てて馬を走らせて王宮へ戻って行った。
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