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意外な犯人

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 ――と。

「んっ、……あ!」

 ビクッと体を震わせ、アリアが感じたのと同時に薄く目を開いた。

「アリア!?」
「……ルーカス……さま」

 ぼんやりとしたままアリアは夫の名を呼び、ふにゃりと笑ってみせる。

 その唇が次に何か言う前に、アリアは夫にキスをされていた。

「んっ……、ぅ」

 余裕など一切感じられない、激しいキス。

 そこに生きている妻がいるのだと、ルーカスはキスでもって確かめていた。

「んっ、……ん、んぅ!」

 苦しいと言わんばかりにアリアがルーカスの背中を叩き、妻の唇を貪っていたルーカスはやっと顔を上げる。

 その時、ポタッとアリアの顔に熱いものが滴り、彼女は青い目を瞬かせた。

「泣いて……いるのですか?」
「…………」

 それにルーカスは何も言わず、乱暴に目元を拭って横を向く。が、すぐにアリアを見て胸元を合わせる。

「……誰に襲われた?」
「え?」

「誰にこんな目に遭わされた? 顔を覚えているか? 人数は?」

「……え?」

 アリアはルーカスの言っていることが分からない。

 ゆっくりと起き上がろうとして、その時になってやっと自分がはしたない格好をしているのに気付く。

「やっ……!」

 バッと両手ではだけた胸を覆い、そのあとに遅れてスカートを直す。

「……み、……見ました?」

「それはいい。誰にこんな乱暴をされた?」

「……らんぼう?」

 目の前で今にも泣き出しそうな顔をしているルーカスに、アリアはただ訳が分からずキョトンとするだけだ。

「山賊か何かに襲われて……、その、犯されたのでは……ないのか?」

 言いづらそうに尋ね、ルーカスはいたわるようにアリアの乱れた髪を撫でる。

 自分の妻が傷物になったとしても、絶対に自分は彼女を愛し続け、支えると決めていた。

 ――が。

「い、いいえ。そんなことはありませんでした」

 ポカンとしたまま、アリアは首を横に振る。

「隠さなくていい。服を――、脱がされていたのは俺も見た。その体が濡れていたのも……、確認した」

 ギュッとアリアを抱きしめ、宥めるように薄い背中をポンポンと撫でると、ルーカスの腕の中でアリアの体温が上がってゆく。

「…………。確認、したのですか?」
「妻の危機ならするだろう」

 会話がかみあっていないのを、どうやらルーカスも今になって感じてきた。

「アリア? 本当に何があった? 君が本当に誰にも乱暴をされていないというのなら、君はどうしてこんな場所で肌を晒して濡らしていた?」

 頭の中に疑問符しかない声と顔で尋ねられれば、アリアも白状せざるを得ない。

「その……、服は、……じ、自分で……、脱いだのだと思います」

「は?」

 消え入りそうな声に、ルーカスはこれ以上ないという疑問符を浮かべる。

「私、マグノリアさまの祠を掃除していて、木も剪定していたのです。ルーカスさまと出会えて夫婦になれたお礼を……と思いまして」

「あぁ、だがそれがどうして?」

「それが……。枝にまたがって剪定しているうちに、なぜか体が興奮してしまって……。マグノリアさまの気配がすぐ近くにあって、とてもいい匂いで……」

 目の前のアリアは恥ずかしそうに赤面し、もじもじしている。

 どうやら話が別の方向に向かっているのに気づき、ルーカスは真顔になっていた。

「マグノリアさま、人の姿をとるとルーカスさまそっくりのお顔になるんです。体は感じてしまうし、やめてと言おうとしても相手は神さまですし、旦那さまのお顔ですし……」

「…………」

 恥じらうアリアの目の前で、ルーカスは目をまん丸にしたまま固まっていた。

「つまり……、そのマグノリアの神とやらに……抱かれたのか?」

「い、いえ。マグノリアさまは肉体を持ちませんから、勝手に私が香りや気配で感じてしまっただけです。不貞行為ではありません!」

 赤面しつつも、アリアは自分が浮気をした訳ではないと必死に言う。

 ――が、ルーカスの心配からの絶望、そして混乱は、すべて怒りに着地した。

 スックと立ち上がり、長い脚が振り上げられたかと思うと、それが思い切りマグノリアの神木に叩きつけられた。

「このエロ神がぁっ!」

 ドォン! と凄まじい音がし、振動で上からマグノリアの花がハラハラと落ちてくる。

「えっと……」

 びっくりして固まっているアリアの目の前で、ルーカスは金色の目を怒りで燃やし、巨木に向かって怒鳴りつける。

「よくも人の妻に手を出してくれたな! 神だろうが体がなかろうが、許さんぞ! 燃やしてくれる!」

「駄目ですーっ!」

 自分が懸命に世話をした巨木へのあまりの仕打ちに、アリアは思わずルーカスの脚にしがみつく。

「ほ、本当に私が一人で感じていただけで、誰も何も悪くないのです! それにせっかく剪定して、来年も綺麗に咲けるようにしたのですから、乱暴はやめてくださいっ」

「しかしな、アリア」

「お願いしますっ! 私たち二人がこうして夫婦でいられるのも、マグノリアさまのお陰なのですよ?」

「…………」

 目を潤ませて妻が脚にすがりつき、上目遣いに見上げてくる。

 胸の内は怒りでどうにかなりそうだが、なにせアリアが可愛すぎた。

「……本当に、誰にも襲われていないのだな? 服を脱いだのも自分で、濡らしたのもアリア一人……厳密にはマグノリアの気配や香りとやらに……、なのだな?」

「はい……。心配をかけてしまい申し訳ございません。私、本当に大丈夫です」

 霧は先ほどよりも薄くなっていた。

 ルーカスの持ってきたカンテラは二人を照らし、マグノリアの木々や祠にも影を落とす。

「……はぁ……っ」

 木の幹に手をつき、ルーカスは深い深い溜息をつく。

「……で、そのマグノリアの神は、どうしてアリアに手を出してきたんだ?」

 地面に座り込み、ルーカスは疲れたように背中を丸めている。

「よく分からないのですが……、きっと私が一生懸命お世話をしたから……。嬉しかった? のではないでしょうか?」

「……嬉しくて人の妻を犯すな」

 ハァーッとまた重たい溜息をつき、ルーカスは両手で顔を覆う。

「すみません。本当にすみません。ご心配をおかけしましたよね」

「……別にアリアには怒っていない」

 目の前にちょこんと座って、心配そうにこちらを覗き込んでいるアリア。

 その姿を見て、つくづく何も危害がなくて良かったと思う。

「アリア、神にお参りしたい気持ちは分かる。ならどうして俺を誘ってくれなかった? 言ってくれれば一緒に来たのに」

 サラリと彼女の黒髪をすくって言うと、ふとアリアは気まずそうな顔をする。

「えっと、それは……」
「ん?」

 すぐに「すみませんでした。今度からちゃんと言います」という返事があるかと思えば、アリアはなにやら口元でモゴモゴ言葉を迷わせている。
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