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舞踏会2

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「私は本当に、幸運だ」

 スッと背筋を伸ばして目の前で微笑むルーカスは、完璧以外の言葉が見つからない。

 カリスマという言葉が似合い、すべての勝利や成功が約束されたようなオーラがある。金色の目は期待の光をまとい、ツンツンとした黒髪も艶がある。

(あぁ……、眩しいわ)

 彼の手を握り、ワルツのファーストポジションを取ると、いよいよ緊張が高まってくる。

 ルーカスはまっすぐにアリアを見つめてきて、その遠慮のない視線に気圧される。

 アリアも失礼のない程度にルーカスを見ている。が、相手が王太子という立場であることや、この国で女性人気一番の男性ということで、その目線も迷いがちだ。

 やがて三拍子の前奏が始まり、ダンスフロアの全員が優雅にワルツを踊り出した。

「アリア嬢は、誰かいい仲になっている人はいるのか?」

 踊り始めてすぐにそんな質問があり、アリアはステップを間違えそうになってしまう。

「い、いません。私、本当に男性とはご縁がなくて……」

「冗談だろう?」

「本当です。親密な仲になってお手紙を交わした方も、お恥ずかしながらいないのです」

 クルクル、クルクル。男女が花を咲かすように円舞を続ける。

 アリアの答えを聞いて、しばらくルーカスは信じられないというように金色の目を見開いていた。

「では……。結婚を前提に、付き合いを申し込んでもいいだろうか?」

「エッ!?」

 さすがにその申し出は予想外で、アリアは思わず足を止めてしまった。

 ワルツの勢いのままにルーカスの腕がアリアを引き、彼女の体はすっぽりとルーカスの胸の中に収まってしまう。

 ドンッと次のカップルがルーカスにぶつかってしまい、どこかの貴族が「失礼」と謝っていた。

 周囲でダンスを見ていた貴族たちがザワッとし、令嬢たちはヒソヒソとしている。

「すみません、すぐ……」

「いや、いい。早いがバルコニーで話さないか?」

 ルーカスはワルツの円から抜け出て、ダンスホールの端でアリアを優しく見つめる。

「私は構いませんが……。でも殿下が舞踏会にいないというのは……」

「急に城を抜け出るという訳でもないから、行こう」

 そのままルーカスはアリアの手を引き、片手にシャンパングラス二つを持ってバルコニーへ出た。

 ダンスホールの熱気を後ろに、アリアは心地いい夜風に目を細める。

「殿下と踊る栄誉を与えていただいたのに、恥をかかせてしまって申し訳ございません」

 が、すぐに深々とお辞儀をした。

 ダンスを失敗した時、ざわついた周囲の批判的な言葉も断片的に耳に入ってきた。自分が失敗してしまったということは、マイペースなアリアでも分かっている。

「そんなこと気にしなくていい。私はいま……、君を独り占めしたくて堪らない」

 テーブルにシャンパングラスを置き、ルーカスはじっとアリアを見つめる。

「…………」

 男性にこんなふうにアプローチをされたことはなく、アリアはなんと言っていいものか言葉を迷わせた。

 が、ふとルーカスが最初に話しかけてきた時を思い出し、小さく笑う。

「殿下、もし宜しければ最初に話しかけてくださった時のように、素の王子さまを見せていただけませんか?」

「あ……。はは、聞こえていたんだな」

 シャンパンを一口飲み、ルーカスはバルコニーの手すりに肘をついていた。

 そしてそのまま――、アリアを斜めに見下ろして一言いう。

「アリア、一目惚れをした。俺の女になれ」

「……っ」

『王太子』という枠を払ったルーカスの素の声に、アリアはじわっと体を熱くした。

 自分からそうしてほしいと言ったのに、なんだかその変貌とも言える変わりようは「ずるい」ような気がする。

 ブルーの目を見開き、アリアは固まっていた。

 フワッと夜風が吹き、アリアの後れ毛やサイドに流した前髪を揺らしてゆく。

 ルーカスからは香水ではない、何か爽やかな香りがした。それが鼻腔に届いてアリアの胸をときめかせる。

「私……、が」

 何か言いかけようとしてまたアリアはボーッとし、そこにルーカスの手がスッと伸びた。

「一目惚れというと、君の外見しか見えていないように聞こえるかもしれない。だが俺は勘がいいほうだ。君は性格もとてもいい女性だと、俺の直感が告げている」

 指の背でアリアの頬を撫で、ルーカスは情熱的に彼女を見つめる。

 黒髪に青い瞳。清涼に整ったアリアの美貌は、一見クールそうに見える。

 が、その面はいま、これ以上ないほど赤くなっていた。

「よ……、よろこん……、で」

 唇がわななき、かろうじてそれだけ返事をするとアリアは横を向いてしまう。

 ――ここに扇があれば、顔を隠すことができたのに。

「ん? なんだ? 恥じらっているのか?」

 ちょいちょい、と指の背でアリアの頬をつつくと、アリアはさらに向こうへ顔をそらす。

「っはは、可愛いな」

 手すりに手をつき、ルーカスは意地悪そうに微笑んだままアリアを覗き込む。

「アリア」
「……はい」

「ありがとう。俺は君を大事にする」
「……はい」

 まだ酔っ払ってもいないのに、気持ちがフワフワしてどうにかなってしまいそうだ。

「君は俺をどう思っている?」

 ルーカスの長い指がアリアの顎にかかり、く、と力が入るとこちらを向かせる。

 意図的に目をそらしていたのに、そうされてしまってはルーカスの目を見なければならない。

 人と目を合わせて話すことは、礼儀として当たり前だ。

 なのにアリアはルーカスを相手にした時だけそれができず、内心首をひねっていた。

 どうにも、彼のこの世のものとは思えない瞳の色を見ると、美しさのあまり吸い込まれそうになる。

「とても……、すてきです。国中の女性が憧れる麗しい王太子殿下で、その金色の瞳も……魅入られたように目を離せません」

 言葉の前半をルーカスは顔を輝かせて聞いていたが、目のことになるとふと微妙な笑顔になってしまった。

「あの……、何かお気に障ることを言ってしまいましたか?」

 それに気付いたアリアに、ルーカスは笑って月を見上げた。

「アリアはこの世ならざる存在を信じるか?」
「え?」

 妖精のことを思い出し、アリアは一瞬ドキッとなる。

 が、彼女の返事を待たず、ルーカスは先を続けた。

「俺は生まれ落ちて、妖精に呪いをかけられたのだと占い師に言われた。年頃になっても女に魅力を感じなくてな。目の前に妙齢の女性がいるのは認識しているのに、どうしてかその姿を『美しい』とか、性的に見られないでいた」

「まぁ……」

 ルーカスも自分と同じように、妖精から魔法をかけられていた。それを知ったアリアは、妙な親近感を持つ。

「それが今日、初めてアリアを見て美しいと思ったんだ。こんな美しい存在がこの世にいたのかと、感動すらしている。話しかけたいし、触りたい。俺を見てほしいし、俺に恋をしてほしい。……そんな理由と、我が儘な想いがある」

 最後に、ほんの少しだけ恥ずかしそうに笑い、ルーカスはアリアを見る。

「殿下、私の告白も聞いてくださいますか?」

「殿下はいい。ルーカスと呼んでくれ、アリア」

 親しげに笑うルーカスに、アリアはさらに親しみを感じる。

「私も……、ルーカスさまと同じように、妖精に魔法をかけられていました」

「本当か?」

「今まで男性とご縁がなかったのは……、それが理由だったのです」

 苦く笑うアリアをルーカスはじっと見てから、ふと笑みを深める。

「いいじゃないか。互いに似た境遇同士。こうやって俺たちが惹かれ合うのは、運命だったんだ」

 今まで自分が恋をできなかった境遇を、ルーカスはポジティブに捉える。アリアにはそれもまた好ましい。

「ルーカスさま、とても前向きなのですね」

「俺はいま、アリアといられてとても嬉しい。周囲を見ても人形がいるような感覚だったのに、そこに生身の美しい女性がいるんだ。何を悲観することがあるんだ?」

 そう言うルーカスは、本当にキラキラとした目をしている。

「アリア、君のことがもっと知りたい。君と出会えたから舞踏会はもういい。二人きりになれる場所で、話したい」

 初恋を知ったルーカスは、性急にアリアを求める。

 そして美しく魅力的で、自分を好きだと言ってくれているルーカスを、アリアが拒む理由もなかった。

 二人はそのままダンスホールには戻らず、別の廊下からルーカスの部屋へ向かった。
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