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あの方は……

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 リリアンナは母の夢を見ていた。

 記憶の中の優しく美しい母は、光に包まれていい香りをさせていた。柔らかな母の胸に抱かれ、リリアンナは素直に甘える。

「お母様……いい匂い。ずっとこうしていたいです」

 母の温もりに包まれ、夢の中のリリアンナは少女に戻っていた。

「リリアンナ。いい子ね。あなたはお母様の誇りだわ」

 髪を撫でてくれる手はとても優しく、自分の髪と母の髪の色が同じだということが、とても嬉しい。

「お母様も、私の誇りです」
「ふふ、ありがとう。リリアンナ。……あなたにもリオンにも、寂しい思いばかりさせてしまったわね」
「いつお家に戻って来るんですか?」

 期待する少女に、リーズベットは困ったような表情で微笑む。

「お母様はまだ陛下をお守りしなければならないの」

 リリアンナが顔を上げると、隣にウィリアが座っていた。
 若い姿をしている彼は、とても美しい青年だ。同時にリリアンナは「誰かに似ている」と思った。

「リリアンナ、いつもお母様を独り占めしてしまってすまないな」

 ウィリアが大きな手でリリアンナを撫で、その手を彼女は「知っている」と感じる。

「いいえ。陛下はウィンドミドルの大切な王様ですもの。リリィは立派なレディですから、我慢できます」

 言葉とは裏腹に、少女のリリアンナはギュウとリーズベットにしがみついている。

「ふふ、リリアンナは甘えん坊ね」

 母リーズベットも、そういえば声が若い。
 彼女はリリアンナがまだ物心ついた頃の姿――二十代後半の外見をしている。

「あなたには沢山我慢させてしまったわね。三歳の時は、リオンが生まれてお姉ちゃんになって。甘えたい盛りなのに我慢をして、聞き分けのいい子になってしまったわね。こうやってお母様にたっぷり甘えるということが、ほとんどなかったわ」
「いいんです。リリィもいつまでも子供ではありませんから」
「リリアンナは頼もしいな。【――――】のことも、いつも守ってくれて本当に感謝している」

 ウィリアの言葉の一部が、どうも上手く聞こえなかった。
 リリアンナは顔を上げ、『陛下』の顔をじっと見る。

「陛下? いま何て仰ったのですか?」
「【――――】のこと、大事にしてくれているだろう? あの子もリリアンナを好いているじゃないか」

 やはり、誰かの名前の部分だけよく聞こえない。
 まるでその部分だけ、強い風がビュウッと吹いているようだった。
 キョトンとしているリリアンナに、リーズベットが優しく微笑んだ。

「あなたはいつだって【――――】様のことを考えていたでしょう? そのためにお母様の真似をして騎士に混じって強くなって……。本当はお母様の意志など継がなくても、あなたが幸せに生きてくれれば、それで良かったのよ?」

 母の手が、またリリアンナを甘やかす。

「私……そんな大切な人、いたかしら?」

 リリアンナの幼い声に、ウィリアとリーズベットが笑う。

「忘れてしまったの? あなたは【――――】様のことを忘れて、一人の女の子として生きていくの? お父様がいい縁談を探してくださったら、素直にその方の奥さんになれる? そうじゃないでしょう?」
「私……は……」

 ジリッと記憶の向こうが焼けつき、誰かの面影が揺れる。

「お母様は、あなたが幸せならどんな道を歩んでもいいの。『お母様がきっとこう望んでいるから』と、無理に自分を縛らなくていいのよ?」
「……お母様?」
「あなたはあなたの好きなように生きなさい。好きな人を自分で決めて、自分がしたいように行動すればいいわ。幸い、シアナ様もカダン様も、皆さんお優しいもの」

 リーズベットとウィリア以外の人間の名前が出て、リリアンナの思考がノロノロと動きだす。

「シアナ様……。カダン……様。……あぁ、陛下の……」

 二人が『誰』なのかを理解した時、そこに深く関わる『誰か』の存在が色濃くなり、またリリアンナの記憶が強く揺れる。

「あの方……、あの方……は」
「自分に素直になりなさい。リリアンナ」

 フワリと母の気配が遠ざかり、優しい手が頭を撫でてゆく。

「【――――】を頼むぞ、リリアンナ」

 ウィリアの手も、最後にポンポンとあやすようにリリアンナの頭を撫でていった。

「……だってあの方は、もう立派な王様になる方だわ」

 ミルク色の空間の中、リリアンナは一人呟く。

 護衛としての自分は不要なのかもしれないと、何度思ったか分からない。気がつけば頼れる背中を見せるようになっていて、『彼』に追いつこうと必死になっていた。
『彼』が自分にないものを補うために毎日努力するから、リリアンナだって『彼』の隣にいて恥ずかしくないように鍛錬し続けた。
 誰よりも優しくて賢く、王の器である『彼』に幸せになってほしくて、精霊が見られない以外のすべての望みを叶えたいと思った。

 それぐらい、大好きで大切な人だ。

「……そう。あの方は……」
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