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メレルギア

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「メレルギア陛下。私の部下に対する無礼は、私に対する無礼です」

 ウィリアはもとより温厚な性格だ。だがその怒りが一定のラインを越えた時、彼は無表情になり冷徹な雰囲気となる。
 三十八歳の国王という立場にもなって、殴り合いをするとはウィリアも思わなかっただろう。
 だが自分が家族同様に大切にしているリーズベットの身に、女性としての危険が及んだ。それは赫怒(かくど)すべきことだ。
 これが大事なリーズベットでなくとも、女性が暴行されかけている現場にいればウィリアは同じ行動を取っただろう。
 女性に敬意を払っているウィリアには、メレルギアの行動は理解しがたいものだった。

「部下と言っても、所詮は側に置いている愛人だろう。『用』があればすぐ呼んで『事』を済ませられる、護衛という名の娼婦だ」
「……口が過ぎやしませんか。メレルギア陛下」

 ウィリアの声が、低くなる。
 リーズベットは「そんなことはどうでもいい」とかぶりを振っているが、逼迫した空気に口を出せないでいる。

「実際そうだろうが。ただの護衛ならどうして俺に渡せない。和平を結ぼうとしてるんだ。女の一人ぐらい容易いだろう」

 こちらも獰猛な獣のように唸るメレルギアは、掌に炎を生み出していた。

「あなたはリーズベットの存在を勘違いしておられる! 彼女には王都に夫と子供がいて、私とは何も特別な関係にない! それに和平の場で人質を求めるような言動、謹んで頂きたい!」

 言い返すウィリアの周りもまた、あまりの怒気に風が渦巻いていた。

「ハ! どれだけ和平を望むと口で言おうが、結局は手が出るのだな! いいだろう、勝った者が相手の国を好きにすればいい! 俺は元よりシンプルな手法の方が性に合う!」

 メレルギアが好戦的に吠え、そこから先は〝戦争〟が始まった。
 精霊を数百万と従える〝意志〟の担い手が、まともにぶつかり合えばただでは済まない。すぐにその場は高温の炎が渦巻き、風が炎を煽る。

「陛下ぁ!」

 アドナが数歩下がりながら主を呼んだ時、視界の端に猛スピードで遠ざかってゆく馬車を認めた。ファイアナの紋章がついている馬車には、ヘイゲスをはじめ臣下たちが乗っているのだろう。

「ヘイゲス……」

 王を見捨てた宰相に歯ぎしりをし、それでもアドナは最後の良臣として主を止めようと試みる。
 荒れ狂う炎と風の向こう、リーズベットも同じことを考えているようだった。
 逃げ遅れた従者たちは悲鳴を上げて風に巻き込まれ、または炎に焼かれた。天幕も、何もかもが吹き飛ばされ、燃やされてゆく。

「総員待避してください! 今すぐ全力で!」

 リーズベットがもう顔も見えない部下たちを思い、必死に声を張り上げる。
 それまで穏やかだった天気は、凄まじい爆炎から雲が生まれ、風が竜巻を生み、この世の終わりのような空となっていた。力を行使しているのは二人だけなのに、世界に選ばれた〝意志〟がぶつかり合えばただ事では済まない。

「陛下! 陛下! どうぞお気を確かに!!」

 アドナも精一杯声を張り、体が焼けようが裂傷ができようが構わず立ち向かってゆく。
 しかし精霊の契約数が圧倒的に違う〝意志〟の担い手が本気になれば、将軍という立場が情けなくなるほどの結果となる。

「ぐわぁっ!」

 炎の波がアドナに襲いかかり、同時に凄まじい風圧で彼は地に叩きつけられた。

「陛下……」

 地に倒れた彼が目にしたのは、空に浮かぶ小さな太陽だ。
 外側の赤い炎は周囲にあるすべての者を焼き尽くし、中心部分の黄色とも白ともつかなない部分は、もう術者しか生きていられないだろう。
 その中心にかろうじて二人分の影が見え――、ユラッとその太陽が形を歪めたかと思うと、凄まじい爆発が起こった。

「陛下――!!」

 耳が聞こえなくなるほどの爆音の向こう、リーズベットの声が聞こえたような気がする。
 けれど視界も何もかもが真っ白になり、堪えきれないほどの熱に晒される。

 やがてアドナも、何も分からなくなってしまった――。
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