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お楽しみは結婚した後です

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「……情けないことだな。王太子である俺がここに来て、一年が経とうとしているのに」
「姉上は強運持ちな所もあります。精霊の祝福が強いこともありますし、何かしら特別な力が働いたのかもしれませんね」
「さすが、皆が憧れるリリアンナだな」

 ディアルトが苦笑すると、リオンも笑った。

「輝きすぎる姉を持つと、弟もけっこう苦労しますよ?」
「だがそんな姉が自慢だろう?」
「はは、見透かされてますね。お陰で姉上を狙う兵たちから、王都に帰ったら酒に誘われています。姉上の話が聞きたいとか、紹介してほしいとか」
「え?」

 その言葉にディアルトは間抜けな声を出し、ポカンとした顔でリオンを見る。

「大丈夫ですよ。俺だって殿下と姉上の仲を応援しています。連中相手にちょっと驕ってもらうだけですよ」
「ん? う……うん……」

 いまいち腑に落ちないという顔でディアルトが頷き、リオンはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

「殿下は俺がそいつらに、姉上を紹介するとでも思っていましたか?」
「い、いや。……その」
「大丈夫ですよ。姉上のリボンの一本も持って行きませんてば」
「お前なぁ」

 わざと心配させて楽しんでいるリオンに、とうとうディアルトが呆れた声を出す。それにリオンは軽やかに笑ってみせた。

「……さて。リリアンナを迎える準備をしようか。カンヅェル殿と何を話したのか、それも気になるし」

 ディアルトは尻についた土を払い、乱れたままの髪を手で整える。
 その様子を見て、リオンが笑った。

「殿下も姉上と顔を合わせる時は、身なりに気を遣うんですね」
「当たり前だ。リリィにだけは格好つけたい。……まぁ、今まで何度も情けない姿を見せているけど。それでも、リリィにだけは、いつも一番いい姿を見てほしいと思っている」

 言った直後、自分は愛する女を陣の先頭に配置した男だと思い出し、ディアルトの目が暗くなる。
 それを察してか、リオンは姉によく似た笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。姉上は人生の優先順位の一位に、殿下を置いていますから。それでも……。いつか姉上の〝護衛係〟の役目が、なくなればいいですね」
「そうだな。俺は〝その時〟は遠くないと信じている」

 ――夢を叶えるためには、明日の正午自分がしっかりしなければ。

 決意し直し、ディアルトは荒野の向こうから帰還してくる兵を眺めていた。

**

「本当に怪我はないのか?」
「殿下、確認がしつこいです」

 砦の奥、司令室の隣にディアルトの私室はある。
 ドアを開けてすぐの応接セットのソファに向かい合って座り、リリアンナがすげなく言う。

「攻撃を受ける前に、精霊が自動で働いて障壁を張ってくれました。その後に自分の意志で二重に張りましたので、防御としては十分です。傷一つないでしょう?」

 立ち上がって一回りしてみせると、ディアルトの目の前でペチコートがフワリと翻る。
 思わずディアルトが手を伸ばしたので、リリアンナは彼の手をバシッと叩いた。

「手!」

(えっち!)

 ビシッと叱られて、ディアルトは嬉しそうな顔をする。

「相変わらずだなぁ、リリィは」
「お楽しみは結婚した後です」

(そう。結婚したあとに、ゆっくりお付き合いを重ねて夫婦らしくなりましょう)

 リリアンナは心とは裏腹に、いつものように冷静に言ってストンと座る。
 サラリと言ったので聞き逃してもおかしくなかったが、ディアルトは『結婚』に敏感だ。

「結婚! してくれるんだな!?」

 嬉々として見つめられては照れくさい。
 リリアンナは照れ隠しのために、不機嫌そうな顔でそっぽを向く。

「……力を奪ったことについては、不問に処すと仰ったので……。私が反抗する理由もなくなりました」

 そう言うリリアンナの白い頬は、ほんのりと染まっている。
 ディアルトが苦笑して立ち上がる。そしてリリアンナの隣に腰を下ろし、甲冑を脱いでいる彼女の肩に触れてきた。

「……抱き締めていいか?」
「……いつも確認せず抱いているのに」
「ふふ、そうだった」

 リリアンナの肩に触れていた手が、滑るように彼女の背中にまわる。
 ぐっとディアルトの腕に力が入り、彼は唇をリリアンナの滑らかな頬に押しつけた。同時にディアルトの髪が、微かにリリアンナの頬に触れる。

「……いよいよ、明日で命運が決まりますね」

 ディアルトの体に身を預け、リリアンナは呟く。
 鼻腔いっぱい吸い込んだディアルトの匂いは、王宮暮らしの時の香りがすっかり抜けている。石鹸と男らしい体臭がして、その中に野性を感じた。
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