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知らない〝女性〟

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「リリアンナ様……」
「それを、殿下とお話ししなければなりません。騎士団長とも。お二人はどちらです?」

 丁寧に訪ねると、青年はハッと気まずそうな顔になる。

「団長は作戦室にいらっしゃいます。殿下は……」
「……殿下は?」

 ――嫌な予感がする。

 そう感じたが、リリアンナは努めて冷静に訪ねる。

「……負傷者として、自室のベッドにいらっしゃいます」
「――分かりました」

 この一瞬で心にダメージを喰らう覚悟をしたリリアンナは、平坦な声で返事をした。

「殿下のお部屋まで案内を頼めますか?」
「……はい」

 青年は先に歩き出し、リリアンナはその後につく。

 途中、美しいリリアンナを目にして、騎士や兵士たちが浮き足立ち、騒ぎ出す。
 今までリリアンナは自分の外見や、女性としてのあり方に頓着しなかった。しかしこういう時こそ、象徴的な存在が必要なのだと感じた。
 愛嬌を振りまくのは得手ではないが、なるべく穏やかな笑みを浮かべて「もう大丈夫ですよ」と声をかけながら進む。
 リリアンナに微笑みかけられ、ポンと肩を叩かれただけで「よっしゃ!」と声を上げる者も大勢いて、その効果は抜群だ。

(私は今まで、自分の役割を少し勘違いしていたかもしれないわ。女性として見られるのは嫌で、騎士として見てほしいと思ってきた。それは今でも変わらない。……でも女性には、男性にはない魅力があるのも確かなんだわ)

 恐らく、これが美しく爽やかなケインツだとしても、騎士たちの士気がこんなに上がることはないだろう。
 そこにいるだけで場が華やぐという意味では、美しい女性という存在はとても重要である。
 勿論リリアンナは、ただお飾りのためだけに来た訳ではないが。

「こちらです」

 砦の三階まで階段で上がり、位の高い者がいそうな部屋を抜けた奥に、ディアルトの私室があった。

「ありがとうございます」

 青年に礼を言い、リリアンナはドアの前で深呼吸をする。

(殿下。いまリリアンナが参りました)

 心の中で呟くと、リリアンナはノックをし、静かにドアを開いた。
〝リリアンナ〟なら、ディアルトの私室にノックの返事を待たずに入るのは当たり前だからだ。
 ドアを開いて目に入ったのは、格子の嵌められた窓を背にした執務デスクと、その手前にある応接用のソファセット。続き部屋が寝室のようで、リリアンナはそちらに向かって足を進めた。

「あ……っ」

 ――だが、寝室からノック音を聞いて姿を現したのは、リリアンナの知らない〝女性〟だった。

「…………っ」

 カァッ! と怒りで一瞬何も考えられなくなる。
 思わず「殿下!」とどんな状態か分からないディアルトを怒鳴りかけ、彼が怪我を負っていると思い出して喉元で呑み込む。
 改めて女性を見れば、ウォーリナの治癒術士らしい。白い衣を纏っていて髪が長く、大人しそうな顔つきをしている。
 彼女の肩越しに寝室を覗くと、ディアルトがベッドで寝ている姿が確認できた。
 ディアルトに付き添っていたのか、ベッドの脇には彼女が座っていたとおぼしき椅子がある。

 ――加えて、手を握っていたのか、ディアルトの手が毛布からはみ出ていた。

 グラァッと胸の奥で黒い炎が燃え上がる。
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