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一条の光明
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ここの所の王宮の動きを感じ、騎士団はいつでも応援に行けるよう、密かに荷をまとめていた。ライアンから下、更に下へと伝達され、さりげなく準備がされていたのだ。
一時間も経たないうちに準備が整い、リリアンナは自分の馬に跨がっていた。
「私は王宮を守る任があります。リリアンナ様、どうぞお気をつけて」
ケインツに見送られ、リリアンナは馬上から淡く微笑む。
「今までありがとうございます、ケインツ。殿下をお連れして必ず戻ります」
そう告げてリリアンナは馬の腹を蹴り、先発隊として走り始めた。
「前線まで飛ばします! 遅れずついて来てください!」
リリアンナは馬ごと風の加護をかけ、愛馬に風の翼を作る。
足の速い馬がさらに風に乗って速度を増し、周囲の景色が形として認められないほど速く走れるのだ。
前線は馬を休ませず走らせて三日の距離だ。だが風の精霊の加護があるなら、一日で着く。
「休憩は最低限しか入れません! 一日で前線に着いてみせます!」
リリアンナの声に、精鋭たちが「おうっ」と返事をした。
王都を出たのは午前中だ。
夜通し馬を走らせ、翌朝空が白み出す頃にはリリアンナたちは国境近くまで辿り着いていた。
アイリーン砦の後方にいた者が、白馬に跨がる美しい女騎士の姿を見て荷物を持ったまま固まった。
「どうっ」
馬に声をかけ、リリアンナは額に浮いた汗を乱暴に拭った。
全速力で馬を走らせるのに、鞍に尻など置いていられない。腰を浮かせ、ずっと腿の力だけで馬を駆ってきた。
鍛えてあるリリアンナも流石に疲れ、水筒を取りだし喉を鳴らして水を飲む。
プハッと息をつき、声を上げた。
「殿下はどこにいらっしゃいますか!? リリアンナが駆けつけたとお伝えください!」
遠くでドォンッと爆音がし、地が揺れる。
駆けつけた者に馬を任せ、荷物もそのままにリリアンナは早足に歩き出した。
「リ、リリアンナ様ぁっ?」
見る者、見る者、みな口をあんぐりと開けて、ここにいてはいけない女性(ひと)をポカンと見る。
「殿下はどちらに?」
近くにいた騎士に詰め寄ると、彼はリリアンナの美しさに顔を赤くして目を泳がせた。そのあと、気遣わしげに砦の方を見る。
「砦ですね? 分かりました」
「いっ、いえ! 違うんです! 殿下は……っ」
ズンズンと砦に向かって歩いて行くリリアンナを見送り、騎士は誰かに助けを求めるように周囲を見やる。
だがリリアンナの猪突猛進な気質を知っている周囲の騎士たちは、「あーあ」という顔をして首を振るしかできなかった。
**
砦の中は殺伐としていた。
張り詰めた表情で人々が行き交い、それぞれ剣や槍、弓を手に駆け回っている。壕の向こうから戻って来た白兵戦の者たちは、疲弊してその辺りに座り込んでいた。
どこか据えた匂いがし、苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
遠くから絶えず爆音が聞こえ、地響きがする。
酷いとは思っていたが、想像以上だった。
整った顔を歪め、リリアンナは近くにいた比較的元気そうな者に声をかける。
「応援部隊を連れて、リリアンナが参りました。殿下はどこですか?」
「へ……っ? リ、リリアンナ……様……?」
若い騎士はポカンとした顔をし、遅れて「応援」という単語を理解して表情が和らいでゆく。
「応援……。本当ですか? やっと……」
「ええ、本当です。長い間、よくぞ堪えられましたね」
リリアンナの微笑に、青年は思わず涙を零していた。
「……敵陣の動きが変わってきているんです。明らかに装備の重たそうな連中が後陣にきたようで、これから〝仕上げ〟があるような気配があります。誰か大物が訪れるのではと、ここ数日皆ピリピリしています。ファイアナに味方する国なんて知りませんが、もし俺らが国を離れている間に奴らが仲間を連れて来たのだとしたら……っ」
まだ二十歳になったばかりぐらいの青年の肩を、リリアンナはグッと抱いた。
「大丈夫です。この砦を破らせることなど、私がさせません。私たちは先発部隊ですが、あと二日もすれば応援の全軍が到着します。それまで耐え忍び、作戦をたてておけばこちらから大がかりな攻撃ができます。希望を捨てないでください」
薄暗い砦のなか、リリアンナの凛とした声は一条の光明のように思えた。
一時間も経たないうちに準備が整い、リリアンナは自分の馬に跨がっていた。
「私は王宮を守る任があります。リリアンナ様、どうぞお気をつけて」
ケインツに見送られ、リリアンナは馬上から淡く微笑む。
「今までありがとうございます、ケインツ。殿下をお連れして必ず戻ります」
そう告げてリリアンナは馬の腹を蹴り、先発隊として走り始めた。
「前線まで飛ばします! 遅れずついて来てください!」
リリアンナは馬ごと風の加護をかけ、愛馬に風の翼を作る。
足の速い馬がさらに風に乗って速度を増し、周囲の景色が形として認められないほど速く走れるのだ。
前線は馬を休ませず走らせて三日の距離だ。だが風の精霊の加護があるなら、一日で着く。
「休憩は最低限しか入れません! 一日で前線に着いてみせます!」
リリアンナの声に、精鋭たちが「おうっ」と返事をした。
王都を出たのは午前中だ。
夜通し馬を走らせ、翌朝空が白み出す頃にはリリアンナたちは国境近くまで辿り着いていた。
アイリーン砦の後方にいた者が、白馬に跨がる美しい女騎士の姿を見て荷物を持ったまま固まった。
「どうっ」
馬に声をかけ、リリアンナは額に浮いた汗を乱暴に拭った。
全速力で馬を走らせるのに、鞍に尻など置いていられない。腰を浮かせ、ずっと腿の力だけで馬を駆ってきた。
鍛えてあるリリアンナも流石に疲れ、水筒を取りだし喉を鳴らして水を飲む。
プハッと息をつき、声を上げた。
「殿下はどこにいらっしゃいますか!? リリアンナが駆けつけたとお伝えください!」
遠くでドォンッと爆音がし、地が揺れる。
駆けつけた者に馬を任せ、荷物もそのままにリリアンナは早足に歩き出した。
「リ、リリアンナ様ぁっ?」
見る者、見る者、みな口をあんぐりと開けて、ここにいてはいけない女性(ひと)をポカンと見る。
「殿下はどちらに?」
近くにいた騎士に詰め寄ると、彼はリリアンナの美しさに顔を赤くして目を泳がせた。そのあと、気遣わしげに砦の方を見る。
「砦ですね? 分かりました」
「いっ、いえ! 違うんです! 殿下は……っ」
ズンズンと砦に向かって歩いて行くリリアンナを見送り、騎士は誰かに助けを求めるように周囲を見やる。
だがリリアンナの猪突猛進な気質を知っている周囲の騎士たちは、「あーあ」という顔をして首を振るしかできなかった。
**
砦の中は殺伐としていた。
張り詰めた表情で人々が行き交い、それぞれ剣や槍、弓を手に駆け回っている。壕の向こうから戻って来た白兵戦の者たちは、疲弊してその辺りに座り込んでいた。
どこか据えた匂いがし、苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
遠くから絶えず爆音が聞こえ、地響きがする。
酷いとは思っていたが、想像以上だった。
整った顔を歪め、リリアンナは近くにいた比較的元気そうな者に声をかける。
「応援部隊を連れて、リリアンナが参りました。殿下はどこですか?」
「へ……っ? リ、リリアンナ……様……?」
若い騎士はポカンとした顔をし、遅れて「応援」という単語を理解して表情が和らいでゆく。
「応援……。本当ですか? やっと……」
「ええ、本当です。長い間、よくぞ堪えられましたね」
リリアンナの微笑に、青年は思わず涙を零していた。
「……敵陣の動きが変わってきているんです。明らかに装備の重たそうな連中が後陣にきたようで、これから〝仕上げ〟があるような気配があります。誰か大物が訪れるのではと、ここ数日皆ピリピリしています。ファイアナに味方する国なんて知りませんが、もし俺らが国を離れている間に奴らが仲間を連れて来たのだとしたら……っ」
まだ二十歳になったばかりぐらいの青年の肩を、リリアンナはグッと抱いた。
「大丈夫です。この砦を破らせることなど、私がさせません。私たちは先発部隊ですが、あと二日もすれば応援の全軍が到着します。それまで耐え忍び、作戦をたてておけばこちらから大がかりな攻撃ができます。希望を捨てないでください」
薄暗い砦のなか、リリアンナの凛とした声は一条の光明のように思えた。
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