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地獄のような日々
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それからまたリリアンナにとって、地獄のような日々が始まった。
ディアルトを思う憂い顔が増え、笑うことが少なくなる。夜は知らずと涙が零れ、枕を濡らした。
しかし以前と違ったのは、待機時の命令をしっかりこなしていたことだった。
出立前にディアルトは、リリアンナに文書を書いて命令を出した。心がくじけそうになったとき、リリアンナはディアルトの肉筆を見て己を奮い立たせるのだ。
『毎日朝に起き、夜寝ること。三食しっかりとり、運動をすること。リリアンナは今まで通り、騎士たちに憧れられる白百合の君として毅然としていること』
短い文だが、それがディアルトからの命令だ。
毎朝起きて文書を読み、心に刻みつける。
それから走り込みをし、多少食欲がないものの朝食をとる。その後、月の離宮までダッシュをする習慣も忘れず組み込む。
月の離宮前までダッシュをすると、衛兵に挨拶をしその場でディアルトの無事を祈った。
修練場へ行き、凄まじい気迫で剣を振るい、体を使う。
いつもならディアルトに付き添っている時間は、騎士たちに戦場の話を聞いたり父をつてに軍会議の様子などを探る。
そのようにして、リリアンナの待機の日々は過ぎていった。
「今日も、凄い打ち込み具合だな」
重量級の大盾に向かってパンチとキックを連続させるリリアンナを見て、誰かが囁く。
「殿下がいなくなって、以前は抜け殻みたいになってたしな。あの時と比べたら、いいっちゃいいんだろ」
「けど、人でも殺しそうなあの勢いは……。見ていて痛々しいよな」
騎士たちがぼやきながら見る先で、リリアンナはポニーテールをなびかせ猛ラッシュを浴びせていた。攻撃の意志が強く出ているからか、彼女の周囲に自然と風の精霊が集まり、緩やかに渦を巻いている。
「殿下がいなくなって、クールさが増したよな。以前はクールさの中に笑顔が見られて、そのギャップが堪らなかったんだが」
「そうそう。最近はニコリともしなくなって。……あー。何だか心配だなぁ」
「だからって、俺らに何ができるんだよ。地位も強さも殿下には及ばないし、リリアンナ様は殿下以外の男は男としてみなさないだろ」
「……だよなぁ」
ぼやいている若い騎士たちの側で、ケインツが咳払いをした。
「あ」
「やべ」
ディアルトからリリアンナを一任されているケインツに気付いた若い騎士たちは、慌てて自分たちの訓練に戻っていった。
「……ったく」
恐らくまだ二十代そこそこの騎士たちを見送り、ケインツは溜め息をつく。
だがリリアンナを心配をしているのは、皆同じなのだと痛感していた。
今のリリアンナは、気持ちを張り詰めさせ一本の綱の上で一人戦っているようなものだ。
何かきっかけがあれば、底知れない闇の中に一人落ちていきかねない。
彼女の性格を見越して、ケインツはディアルトから念押しされていた。
『頼むから、リリアンナが無茶をしないように見張っていてくれ。いざという時は俺の名前を出して嘘をついてもいい。リリアンナが駄目になる前に、何がなんでも止めてくれ』
いつもどこか掴み所のないディアルトも、その時ばかりは真剣だった。
自分は死地へ向かい、愛するリリアンナは一人置いてけぼりにされる。
そんな状態では、リリアンナの身に何が起こってもディアルトはフォローできない。
『もし俺が死んだら、リリアンナは誰か新しく好きな人を作ってくれるのかな』
随分と弱気なことを言うので、ケインツは『やめてください』と怖い顔をしたものだ。
それに対し、ディアルトはどこか達観した顔で笑ったのだ。
『落ち込んでも次を見つけられる人は強い。過去に縋って生きるのは……、辛すぎる』
二十六歳の彼が言うには、重すぎる言葉だった。
しかし彼なりに、ウィリアを失ってなお自分を育ててくれた母を思ったのだろう。
「殿下。リリアンナ様がいい女だと思われるのなら、ちゃんと生きて返ってきてくださいよ。あの気高い百合のような人は、あなた以外の男では手折れないんですから」
盾に向かって最後の一撃を食らわせ、激しい呼吸を繰り返しているリリアンナを見て、ケインツはそう呟いたのだった。
ディアルトを思う憂い顔が増え、笑うことが少なくなる。夜は知らずと涙が零れ、枕を濡らした。
しかし以前と違ったのは、待機時の命令をしっかりこなしていたことだった。
出立前にディアルトは、リリアンナに文書を書いて命令を出した。心がくじけそうになったとき、リリアンナはディアルトの肉筆を見て己を奮い立たせるのだ。
『毎日朝に起き、夜寝ること。三食しっかりとり、運動をすること。リリアンナは今まで通り、騎士たちに憧れられる白百合の君として毅然としていること』
短い文だが、それがディアルトからの命令だ。
毎朝起きて文書を読み、心に刻みつける。
それから走り込みをし、多少食欲がないものの朝食をとる。その後、月の離宮までダッシュをする習慣も忘れず組み込む。
月の離宮前までダッシュをすると、衛兵に挨拶をしその場でディアルトの無事を祈った。
修練場へ行き、凄まじい気迫で剣を振るい、体を使う。
いつもならディアルトに付き添っている時間は、騎士たちに戦場の話を聞いたり父をつてに軍会議の様子などを探る。
そのようにして、リリアンナの待機の日々は過ぎていった。
「今日も、凄い打ち込み具合だな」
重量級の大盾に向かってパンチとキックを連続させるリリアンナを見て、誰かが囁く。
「殿下がいなくなって、以前は抜け殻みたいになってたしな。あの時と比べたら、いいっちゃいいんだろ」
「けど、人でも殺しそうなあの勢いは……。見ていて痛々しいよな」
騎士たちがぼやきながら見る先で、リリアンナはポニーテールをなびかせ猛ラッシュを浴びせていた。攻撃の意志が強く出ているからか、彼女の周囲に自然と風の精霊が集まり、緩やかに渦を巻いている。
「殿下がいなくなって、クールさが増したよな。以前はクールさの中に笑顔が見られて、そのギャップが堪らなかったんだが」
「そうそう。最近はニコリともしなくなって。……あー。何だか心配だなぁ」
「だからって、俺らに何ができるんだよ。地位も強さも殿下には及ばないし、リリアンナ様は殿下以外の男は男としてみなさないだろ」
「……だよなぁ」
ぼやいている若い騎士たちの側で、ケインツが咳払いをした。
「あ」
「やべ」
ディアルトからリリアンナを一任されているケインツに気付いた若い騎士たちは、慌てて自分たちの訓練に戻っていった。
「……ったく」
恐らくまだ二十代そこそこの騎士たちを見送り、ケインツは溜め息をつく。
だがリリアンナを心配をしているのは、皆同じなのだと痛感していた。
今のリリアンナは、気持ちを張り詰めさせ一本の綱の上で一人戦っているようなものだ。
何かきっかけがあれば、底知れない闇の中に一人落ちていきかねない。
彼女の性格を見越して、ケインツはディアルトから念押しされていた。
『頼むから、リリアンナが無茶をしないように見張っていてくれ。いざという時は俺の名前を出して嘘をついてもいい。リリアンナが駄目になる前に、何がなんでも止めてくれ』
いつもどこか掴み所のないディアルトも、その時ばかりは真剣だった。
自分は死地へ向かい、愛するリリアンナは一人置いてけぼりにされる。
そんな状態では、リリアンナの身に何が起こってもディアルトはフォローできない。
『もし俺が死んだら、リリアンナは誰か新しく好きな人を作ってくれるのかな』
随分と弱気なことを言うので、ケインツは『やめてください』と怖い顔をしたものだ。
それに対し、ディアルトはどこか達観した顔で笑ったのだ。
『落ち込んでも次を見つけられる人は強い。過去に縋って生きるのは……、辛すぎる』
二十六歳の彼が言うには、重すぎる言葉だった。
しかし彼なりに、ウィリアを失ってなお自分を育ててくれた母を思ったのだろう。
「殿下。リリアンナ様がいい女だと思われるのなら、ちゃんと生きて返ってきてくださいよ。あの気高い百合のような人は、あなた以外の男では手折れないんですから」
盾に向かって最後の一撃を食らわせ、激しい呼吸を繰り返しているリリアンナを見て、ケインツはそう呟いたのだった。
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