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これが最後の命令になるかもしれない

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「私にできることはありますか?」

 リリアンナは立ち止まり、ディアルトに向き直った。

「じゃあ、俺が王都にいる間、いつものようにしていてくれ。笑ってくれたらなお嬉しい」
「了解致しました。殿下がご不在の時の命令も、お願い致します」

 リリアンナはカッと長靴の踵をつけ、直立不動になる。

「今まで通り、ちゃんと三食とって適切な運動をし、よく眠ること。体重を以前ほどまで戻し、筋力を戻すこと。俺がいつ戻っても、すぐ護衛の仕事ができるように」
「はいっ!」

 グッと背筋を伸ばし、リリアンナは腹の底から声を出す。

 ――これが最後の命令になるかもしれない。

 そう思うと、今にも目から涙が零れそうだった。
 午前中の明るい空を後ろに、髪を伸ばしやつれた姿のディアルトが微笑んでいる。
 その姿を、リリアンナは目蓋の裏に強く焼き付けた。

「……それでこそ、俺のリリィだ」

 誇らしげに笑い、ディアルトはリリアンナの背に手を添えた。

「行こう。王宮に戻って陛下に必要な物資を報告しなければならない。戦況や死傷者の数。騎士団からも報告はあるだろうが、俺が実際に赴き、目にしたことを説明したほうがいいだろう」
「はい、お供致します」

 門を通って真っ直ぐ歩いて行くディアルトの後を、ここまで持ってきた自分の荷物を再び背負い、リリアンナが追った。

**

「リリアンナ。来てくれるか?」

 ディアルトが声を出したのは、バスルームだ。

 月の離宮に戻り、シアナと挨拶をしたディアルトは、荷物を置き汗を流しにバスルームに入った。帰還の報告を聞いていたロキアがすでに風呂の準備をし、ディアルトは従者への礼もそこそこにバスタブに沈んでしまった。
 リリアンナは続き間で控えていたが、あまりに物音が聞こえない時間が長かったので、ひょっとして眠ってしまったのでは? と思った矢先に声を掛けられて安堵する。

「殿下?」

 声が聞こえてすぐバスルームに向かうと、バスタブに体を浸からせたディアルトが、長い手足をはみ出させていた。手をヒラヒラと動かしてリリアンナを呼んでいて、ちゃんと起きていたようでホッとする。

「どうか致しましたか?」
「何か……、俺が寝てしまわないような話を」

 バスルームには香りのついた蝋燭に火が灯り、寛げる空間になっていた。ディアルトの体を直接見ない角度に椅子があったので、リリアンナはそこに腰掛ける。

(やはり少し寝ていらっしゃったのね。お疲れなのだわ)

 ゆっくり休んでほしいと思い、リリアンナはとりあえず思いついた「寝ないための対策」を口にする。

「昔、昔、あるところに……」
「リリィ。それは寝てしまう定番じゃないか」

 思わず突っ込んだディアルトの声に、リリアンナはクスクス笑う。

「今月の騎士団の練習メニューの報告ですが」
「それも却下だ」

 大きな溜め息をつきつつディアルトは笑い、上半身をひねらせリリアンナを振り向いた。
 寝落ちしていたあいだにロキアに無精髭を剃られ、顔はいつものようにスッキリしている。
 伸びた髪を濡れた手で撫でつけたその姿は、思わず鼓動が不埒なリズムを刻んでしまうほど、凄絶な色香があった。

「殿下。寝てしまっても良いのですよ。お風邪を召されませんよう気を付けて、お風呂から上がってぐっすりお眠りください」

 どことなく、目の前のディアルトからは「一分一秒でも時間を無駄にできない。すぐにでも支度をしてまた過酷な場に向かわなければ」という雰囲気を感じる。

「そう言うけど、俺はこれから陛下のところに行って報告をしなければいけない。必要な物資だってあるし、これからどれぐらいの人数を前線に向かわせればいいか、直接訴える必要がある」

「お言葉ですが、現在の殿下は戦地より戻られて極度の興奮状態にあります。思考は過敏になり、お体も戦地にいるかのように、緊張していつでも敵を迎撃できるような状態だと思えます。そのような状態では、冷静な判断ができないのでは……と僭越ながら進言致します。うかつな言動や行動を慎むためにも、一度ゆっくり食事と睡眠をとり、それから考えるのが宜しいかと存じます」

 冷静にディアルトを分析したリリアンナの言葉に、彼はもう一度手で前髪を掻き上げ、水面に向かって溜め息をつく。
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