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駄目だ
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「物資を補給する三日の間だけ、一緒にいられる」
歩き出したディアルトの言葉に、リリアンナの胸は鈍く痛んだ。
(この方は、この期に及んで私を置いて行こうとするのね)
「私、今度こそ一緒に参ります」
「駄目だ」
随行を願ったが、思ったより強い口調でぴしゃりと却下される。
「前線は本当に酷い状況なんだ。絶対に連れて行けない」
「それでは、私は何のための護衛ですか! 殿下をお守りできない私に、生きている意味など……!」
大きな声を上げたリリアンナの手を、ディアルトがとても強い力で握った。
「俺は君に生きてほしい。……それだけが望みだ」
「……私は死にません」
低い声で返事をするリリアンナも、ディアルトをひたと見つめ引かない。
(ここひと月のあの魂が抜けたような安寧な地獄をまた送るなら、たとえ戦地であっても殿下のお側にいたい)
そう思ったのだが、ディアルトがもう一度簡潔な言葉で拒絶する。
「駄目だ」
あまりに強情なディアルトの態度に、リリアンナは言葉を失う。
いつもならリリアンナが少し強気に出れば、ディアルトは笑って何でも譲ってくれていた。だが今だけは違う。命の危険があるからこそ、ディアルトはリリアンナを守ろうとし、厳しい主の姿を見せている。
ソフィアを前にした時など、もっと君主になるべき人らしく毅然としていてほしいと思っていた。馬鹿にされるのを良しとせず、言い返してほしかった。
その支配者としての強さを、何もいまリリアンナという個人を守るために見せなくても……、と思い、嬉しさと、悔しさと、様々な感情が入り乱れて目頭が熱くなる。
「リオンも戦地の術士をしているだろう。それに加えて君までいなくなってみろ。ライアン殿が悲しまれる」
「…………」
弟と父の名を出され、リリアンナは唇を噛みしめた。
やがて、押し殺した声で尋ねる。
「……弟は、健勝でしたか?」
「ああ、元気だったよ。後衛配属だから彼に危険はない。戦地にいるときも、毎日俺の部屋に呼んで一緒に食事をしていた」
「気にかけてくださり、ありがとうございます」
ディアルトが帰還し、弟も無事だと分かった。安心できる状況のはずなのに、戦争が続いているなら〝終わった〟訳ではない。
今まで守られた王都でぬくぬくと過ごしていたが、戦争をしているということは〝こういうこと〟なのだ。
「戦地に連れて行きたくないのは、君を軽視している訳じゃない。それは分かってくれるね?」
「……はい」
ディアルトはいつもリリアンナを尊重し、護衛として信頼してくれている。そんな彼が「女で力不足だから」という理由でリリアンナを拒絶するはずはない。――それは分かっている。
けれど彼は、その前にリリアンナを〝一人の女性〟として見ていた。
(嬉しい……はずなのに、――こんなにも辛い)
「分かってくれ、リリィ。君は俺の護衛でイリス家は確かに『王家の守り手』だ。だが君は公爵家の娘であり、戦うことを義務づけられている一般騎士や兵士ではない」
「……リオンはどうなのですか」
悔し紛れに弟の名を出しても、ディアルトの意志は変わらない。
「彼は安全を約束されているし、後方から攻撃のできる術士だ。君は敵に接近し、直接ぶちかましていくタイプだろう」
「……脳筋ですみません」
「はは、そんなこと言ってないよ。……そうじゃなくて。俺は王族として公爵家令嬢を大事にしなければいけない。あの大きな屋敷で一人暮らし、当主の座を守っているライアン殿を孤独にしてはいけない。分かるね?」
会話を続けているあいだも二人はゆっくり歩み、城門まで辿り着いた。
騎士たちは在駐の騎士たちにそれぞれ必要な手当てを受けたり、荷物を持ってもらって休める場所までつれて行かれる。
せわしなく人が行き来しているなかには、到着したことで安堵し、座り込んで動けなくなった者もいる。
在駐の騎士たちと普通に会話ができている者は四割ほどで、残りは言葉少なになっているか座り込みうめいている。
その姿が『現実』を伝えていた。
歩き出したディアルトの言葉に、リリアンナの胸は鈍く痛んだ。
(この方は、この期に及んで私を置いて行こうとするのね)
「私、今度こそ一緒に参ります」
「駄目だ」
随行を願ったが、思ったより強い口調でぴしゃりと却下される。
「前線は本当に酷い状況なんだ。絶対に連れて行けない」
「それでは、私は何のための護衛ですか! 殿下をお守りできない私に、生きている意味など……!」
大きな声を上げたリリアンナの手を、ディアルトがとても強い力で握った。
「俺は君に生きてほしい。……それだけが望みだ」
「……私は死にません」
低い声で返事をするリリアンナも、ディアルトをひたと見つめ引かない。
(ここひと月のあの魂が抜けたような安寧な地獄をまた送るなら、たとえ戦地であっても殿下のお側にいたい)
そう思ったのだが、ディアルトがもう一度簡潔な言葉で拒絶する。
「駄目だ」
あまりに強情なディアルトの態度に、リリアンナは言葉を失う。
いつもならリリアンナが少し強気に出れば、ディアルトは笑って何でも譲ってくれていた。だが今だけは違う。命の危険があるからこそ、ディアルトはリリアンナを守ろうとし、厳しい主の姿を見せている。
ソフィアを前にした時など、もっと君主になるべき人らしく毅然としていてほしいと思っていた。馬鹿にされるのを良しとせず、言い返してほしかった。
その支配者としての強さを、何もいまリリアンナという個人を守るために見せなくても……、と思い、嬉しさと、悔しさと、様々な感情が入り乱れて目頭が熱くなる。
「リオンも戦地の術士をしているだろう。それに加えて君までいなくなってみろ。ライアン殿が悲しまれる」
「…………」
弟と父の名を出され、リリアンナは唇を噛みしめた。
やがて、押し殺した声で尋ねる。
「……弟は、健勝でしたか?」
「ああ、元気だったよ。後衛配属だから彼に危険はない。戦地にいるときも、毎日俺の部屋に呼んで一緒に食事をしていた」
「気にかけてくださり、ありがとうございます」
ディアルトが帰還し、弟も無事だと分かった。安心できる状況のはずなのに、戦争が続いているなら〝終わった〟訳ではない。
今まで守られた王都でぬくぬくと過ごしていたが、戦争をしているということは〝こういうこと〟なのだ。
「戦地に連れて行きたくないのは、君を軽視している訳じゃない。それは分かってくれるね?」
「……はい」
ディアルトはいつもリリアンナを尊重し、護衛として信頼してくれている。そんな彼が「女で力不足だから」という理由でリリアンナを拒絶するはずはない。――それは分かっている。
けれど彼は、その前にリリアンナを〝一人の女性〟として見ていた。
(嬉しい……はずなのに、――こんなにも辛い)
「分かってくれ、リリィ。君は俺の護衛でイリス家は確かに『王家の守り手』だ。だが君は公爵家の娘であり、戦うことを義務づけられている一般騎士や兵士ではない」
「……リオンはどうなのですか」
悔し紛れに弟の名を出しても、ディアルトの意志は変わらない。
「彼は安全を約束されているし、後方から攻撃のできる術士だ。君は敵に接近し、直接ぶちかましていくタイプだろう」
「……脳筋ですみません」
「はは、そんなこと言ってないよ。……そうじゃなくて。俺は王族として公爵家令嬢を大事にしなければいけない。あの大きな屋敷で一人暮らし、当主の座を守っているライアン殿を孤独にしてはいけない。分かるね?」
会話を続けているあいだも二人はゆっくり歩み、城門まで辿り着いた。
騎士たちは在駐の騎士たちにそれぞれ必要な手当てを受けたり、荷物を持ってもらって休める場所までつれて行かれる。
せわしなく人が行き来しているなかには、到着したことで安堵し、座り込んで動けなくなった者もいる。
在駐の騎士たちと普通に会話ができている者は四割ほどで、残りは言葉少なになっているか座り込みうめいている。
その姿が『現実』を伝えていた。
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