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荷物をまとめるわ

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 前線の様子を確認したらすぐ戻ってくるだろう。

 最初のうちはそう思っていた。きっと一週間か二週間で戻ってくると、リリアンナは高をくくっていたのだ。
 しかしどれだけ待っても、ディアルトが帰ってくるという知らせはない。いたずらに時が過ぎてゆき、焦燥ばかりが募ってゆく。
 毎日風の精霊に気持ちを集中させ、ディアルトの命令を思い出し「いけない」と首を振る。それでも精霊の加護を強く受けたリリアンナは、気持ちを集中させなくても遠方の戦地の精霊たちの気配を感じ取ることはできた。
 毎日夕方頃になると、ディアルトが向かった北東の前線の精霊が大人しくなるのを感じる。

 ――今日も一日の戦いが終わったのだわ。

 ここ十数年、ずっとその思いばかり抱いている。
 前線での精霊たちのぶつかり合いがどんな規模か分かるからこそ、リリアンナはディアルトを案じ、憂いていた。

「お嬢様、食欲が落ちてしまわれましたね」

 アリカが心配そうに言うのも無理はない。いつもならペロリと平らげる朝食が、遅々として進んでいないのだ。

「そんなことないわ」

 食欲が落ちるなど、そんな不甲斐ないことになどなっていない。ムキになったリリアンナは、フォークでブスッとソーセージを差して口の中に詰め込む。
 もっもっと口を動かすリリアンナを、アリカは溜め息混じりに見ていた。

「もうすぐ殿下が戦地に赴かれてから、ひと月になりますね」
「……知らせがないのは、元気な証拠だわ」

 いつも通りの憎まれ口をきくも、リリアンナの口調は元気がない。

「殿下が戻られた時、お嬢様がお痩せになっているのをご覧になったら、きっと悲しまれます。もう少し食べられませんか?」
「……大丈夫。体に栄養が溜まっているはずだから」

 ぼんやりと「食いだめできている」ととんでも理論を口にし、リリアンナはミルクティーに口をつけた。
 それが食事の終わりの合図だと知ったアリカは、主に気付かれないように溜め息をつく。

 食べずとも生きていられると言っても、その代わりにリリアンナの体からは着実に筋肉が失われている。体だけは変わらず動かしていると言っても、あまり肉類などを食べていないため、リリアンナは以前よりほっそりとした体つきになっていた。

 呆れたことに、そんなリリアンナの姿を見ていつもの騎士団の面々が「今こそ我らが白百合の君を守る時」など騒いでいる。

 元気な男たちのことはさておき、忠実な侍女が心配しているのはリリアンナの精神面だ。
 明らかにリリアンナからは生気や覇気というものが失われている。
 このままでは……、と侍女が歯噛みした時、ロキアの声が遠くから聞こえた。

「リリアンナ様、いらっしゃいますか?」

 コツコツと早足な靴音が聞こえたかと思うと、リリアンナとアリカがいる朝食室の入り口から、ロキアが「失礼」と護衛に声をかけて顔を見せた。

「どうかしましたか?」

 ロキアはディアルトの従者だ。本来なら主と一緒に前線に行くところを、ディアルトに言われ離宮に残って彼の大切な人を見守るよう命令されたようだ。
 そのディアルトの片腕とも言えるロキアの顔を見て、リリアンナはガタッと椅子を鳴らし立ち上がる。

(殿下に……、何かあったの?)

 リリアンナの不安をよそに、ロキアはいつもの冷静な顔のまま告げた。

「急ですが、いま情報部隊が到着し、これから殿下が一時お戻りになるとの知らせが参りました」
「あ……っ。……い、一時? ですか?」

 歓喜の声を漏らしたものの、リリアンナは「一時」という言葉に眉をひそめる。

「はい。戦況は思わしくありません。それに備え、殿下は人員の交代と共に、物資などの補充を嘆願しに戻られるそうです」
「そう……ですか」

 ディアルトが完全に帰ってくる訳ではない。
 一度は落胆したが、リリアンナは持ち前の気丈さを取り戻した。

「殿下にご挨拶してくるわ。そして今度こそ、私も随行できるようにお願いします」

 もう決めたと言わんばかりにキッパリと言い放ち、リリアンナは朝食室を出た。

「お嬢様!? どうされるのです!?」

 急にキビキビとし出したリリアンナの耳に、アリカの悲鳴に似た声が届く。

「荷物をまとめるわ」

 リリアンナは、固い決意を秘めた声で返事をした。
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