20 / 109
俺は何も気にしていないよ
しおりを挟む
昼食の席に、ソフィアは現れなかった。
ディアルトもリリアンナも表には出さないが、場の空気が険悪にならないことに安堵していた。
テーブルの上座にはカダンが座り、もう反対の王妃の席は空席。長いテーブルを挟むように、三兄弟とディアルト、リリアンナが向かい合った。
「ディアルト兄さん、さっきは母上がすみませんでした」
食事が始まり、開口一番ディアルトに謝ったのは次男のオリオだった。
オリオは、ソフィアから受け継いだ金髪が美しい二十歳だ。自分に王位の話はないと思っているのか、オリオは毎日学者たちの所に入り浸っている。
カダンの血を継いだ黒髪の長女ナターシャは、従兄であるディアルトに対して好意を持っているようだ。向かいに座り上品に食事をしつつ、チラチラとディアルトとリリアンナを見ている。
好意と言っても従兄への憧れの域で、その隣にいるのがリリアンナなものだから、ナターシャはこの二人で妄想小説を書いているほどだ。
勿論、そのことをリリアンナは知らない。
「オリオ、どうして君が謝るんだ? 俺は何も気にしていないよ」
いつも通り穏やかな微笑のまま、ディアルトは従弟にいらえる。
ディアルトがそう言うと分かっていたのか、オリオは微妙な顔だ。
母の言動を謝り罪悪感を消したい気持ちと、いつも温厚なディアルトなら許してくれると知っている安堵。そして許されたいがために、半分打算でディアルトに謝っている事への自己嫌悪。様々な感情が交じった顔だ。
「あとリリアンナ、俺はあんたには一応興味ないから」
つけ加えて言ったのは、茶髪の長男バレルだ。
母親が色々引っかき回しているお陰で、バレルはすっかり性格がねじ曲がってしまった。
本来なら政治に興味を持つ学者肌の青年で、武芸もそれなりにこなす。しかし母のソフィアがディアルトにきつく当たれば当たるほど、バレルは罪悪感を抱いて書庫に閉じこもるようになってしまった。
リリアンナは急に話し掛けられ驚いたが「はい」と返事をしておく。
「おや、バレル。〝一応〟なのか。それじゃあ、リリアンナのことを美しいと思っているんだな?」
だがディアルトがバレルをからかい、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「美人は美人でも、ディアルトがいつも側にいるなら俺に可能性はないだろ」
いつものディアルトとバレルの掛け合いが始まるが、渦中のリリアンナは顔色一つ変えず食事を続けている。
(何だかんだ言って、このご兄弟と仲がいいのは本当にありがたいことだわ。ソフィア様だけでなく、ご兄弟まで殿下に敵意を向けられていたら、目も当てられないから)
スープを飲みつつ、リリアンナはそう思う。
噛みつくように言い返したバレルに、ディアルトは眉を上げて「ふぅん?」と楽しそうな笑みを浮かべた。
「……何だよディア。その顔は」
バレルが唸るように言う。しかしディアルトの呼び名はプライベートでのものになっている。
そんな様子を、リリアンナは相好を崩して眺めていた。
王族であれど、これが本来あるべき年相応のやり取りだと思う。
ディアルトとカダンだって、本来なら王座に座るべき人物と、それを奪った……とも言われている現王とで、少々関係がこじれている。だが二人が私的に争いあっているかと言えばそうではない。
カダンはディアルトに精霊を見る力がなくても、彼が望めばいつでも王座を譲る姿勢でいる。だがディアルトは自分が〝出来損ない〟であることへの罪悪感、遠慮からか、決して国王になろうとしない。
リリアンナは時々その姿勢が「国王になることから逃げている」と思えて、煮え切らないディアルトにイライラしてしまうこともある。
――だが分かっている。
――ディアルトに精霊さえ見えることができれば、彼は今すぐにでも王座に座るだろう。
――それもこれも……。
そこまで考え、リリアンは水が入ったグラスを傾けて喉を潤した。
(それにしても、ソフィア様は相変わらず殿下にお厳しい)
先ほど謁見の間にワンワンと響いた彼女の声を思い出し、リリアンナは微かに眉間に皺を寄せた。
ディアルトもリリアンナも表には出さないが、場の空気が険悪にならないことに安堵していた。
テーブルの上座にはカダンが座り、もう反対の王妃の席は空席。長いテーブルを挟むように、三兄弟とディアルト、リリアンナが向かい合った。
「ディアルト兄さん、さっきは母上がすみませんでした」
食事が始まり、開口一番ディアルトに謝ったのは次男のオリオだった。
オリオは、ソフィアから受け継いだ金髪が美しい二十歳だ。自分に王位の話はないと思っているのか、オリオは毎日学者たちの所に入り浸っている。
カダンの血を継いだ黒髪の長女ナターシャは、従兄であるディアルトに対して好意を持っているようだ。向かいに座り上品に食事をしつつ、チラチラとディアルトとリリアンナを見ている。
好意と言っても従兄への憧れの域で、その隣にいるのがリリアンナなものだから、ナターシャはこの二人で妄想小説を書いているほどだ。
勿論、そのことをリリアンナは知らない。
「オリオ、どうして君が謝るんだ? 俺は何も気にしていないよ」
いつも通り穏やかな微笑のまま、ディアルトは従弟にいらえる。
ディアルトがそう言うと分かっていたのか、オリオは微妙な顔だ。
母の言動を謝り罪悪感を消したい気持ちと、いつも温厚なディアルトなら許してくれると知っている安堵。そして許されたいがために、半分打算でディアルトに謝っている事への自己嫌悪。様々な感情が交じった顔だ。
「あとリリアンナ、俺はあんたには一応興味ないから」
つけ加えて言ったのは、茶髪の長男バレルだ。
母親が色々引っかき回しているお陰で、バレルはすっかり性格がねじ曲がってしまった。
本来なら政治に興味を持つ学者肌の青年で、武芸もそれなりにこなす。しかし母のソフィアがディアルトにきつく当たれば当たるほど、バレルは罪悪感を抱いて書庫に閉じこもるようになってしまった。
リリアンナは急に話し掛けられ驚いたが「はい」と返事をしておく。
「おや、バレル。〝一応〟なのか。それじゃあ、リリアンナのことを美しいと思っているんだな?」
だがディアルトがバレルをからかい、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「美人は美人でも、ディアルトがいつも側にいるなら俺に可能性はないだろ」
いつものディアルトとバレルの掛け合いが始まるが、渦中のリリアンナは顔色一つ変えず食事を続けている。
(何だかんだ言って、このご兄弟と仲がいいのは本当にありがたいことだわ。ソフィア様だけでなく、ご兄弟まで殿下に敵意を向けられていたら、目も当てられないから)
スープを飲みつつ、リリアンナはそう思う。
噛みつくように言い返したバレルに、ディアルトは眉を上げて「ふぅん?」と楽しそうな笑みを浮かべた。
「……何だよディア。その顔は」
バレルが唸るように言う。しかしディアルトの呼び名はプライベートでのものになっている。
そんな様子を、リリアンナは相好を崩して眺めていた。
王族であれど、これが本来あるべき年相応のやり取りだと思う。
ディアルトとカダンだって、本来なら王座に座るべき人物と、それを奪った……とも言われている現王とで、少々関係がこじれている。だが二人が私的に争いあっているかと言えばそうではない。
カダンはディアルトに精霊を見る力がなくても、彼が望めばいつでも王座を譲る姿勢でいる。だがディアルトは自分が〝出来損ない〟であることへの罪悪感、遠慮からか、決して国王になろうとしない。
リリアンナは時々その姿勢が「国王になることから逃げている」と思えて、煮え切らないディアルトにイライラしてしまうこともある。
――だが分かっている。
――ディアルトに精霊さえ見えることができれば、彼は今すぐにでも王座に座るだろう。
――それもこれも……。
そこまで考え、リリアンは水が入ったグラスを傾けて喉を潤した。
(それにしても、ソフィア様は相変わらず殿下にお厳しい)
先ほど謁見の間にワンワンと響いた彼女の声を思い出し、リリアンナは微かに眉間に皺を寄せた。
0
お気に入りに追加
464
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
転生したら冷徹公爵様と子作りの真っ最中だった。
シェルビビ
恋愛
明晰夢が趣味の普通の会社員だったのに目を覚ましたらセックスの真っ最中だった。好みのイケメンが目の前にいて、男は自分の事を妻だと言っている。夢だと思い男女の触れ合いを楽しんだ。
いつまで経っても現実に戻る事が出来ず、アルフレッド・ウィンリスタ公爵の妻の妻エルヴィラに転生していたのだ。
監視するための首輪が着けられ、まるでペットのような扱いをされるエルヴィラ。転生前はお金持ちの奥さんになって悠々自適なニートライフを過ごしてたいと思っていたので、理想の生活を手に入れる事に成功する。
元のエルヴィラも喋らない事から黙っていても問題がなく、セックスと贅沢三昧な日々を過ごす。
しかし、エルヴィラの両親と再会し正直に話したところアルフレッドは激高してしまう。
「お前なんか好きにならない」と言われたが、前世から不憫な男キャラが大好きだったため絶対に惚れさせることを決意する。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
イケボな宰相と逃げる女騎士
ほのじー
恋愛
イケボな宰相×腰がくだけないよう踏ん張る女騎士
【Hotランキング2位ありがとうございます!!】
生真面目なジュリアは王妃の女騎士となり、二年が経った。22歳となり行き遅れとなった彼女はもう結婚も諦め一生王妃に仕えると心で誓っていた。
真面目で仕事中感情を乱さない彼女にも苦手な人物がいる。それは誰もが恐れる“氷の宰相”サイラスだ。なぜなら彼の中性的な声が腰にくるからで・・・
サイラス:「ジュリア殿、この書類間違ってませんかね」
ジュリア:「っ・・・もう一度確認しておきます!失礼します!!」
ーバタンー
ジュリア:「はぅぅ・・」(耳元で話しかけないでー!!)
※本編はR15程度です。番外編にてR18表現が入ってきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる