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俺は何も気にしていないよ

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 昼食の席に、ソフィアは現れなかった。

 ディアルトもリリアンナも表には出さないが、場の空気が険悪にならないことに安堵していた。
 テーブルの上座にはカダンが座り、もう反対の王妃の席は空席。長いテーブルを挟むように、三兄弟とディアルト、リリアンナが向かい合った。

「ディアルト兄さん、さっきは母上がすみませんでした」

 食事が始まり、開口一番ディアルトに謝ったのは次男のオリオだった。
 オリオは、ソフィアから受け継いだ金髪が美しい二十歳だ。自分に王位の話はないと思っているのか、オリオは毎日学者たちの所に入り浸っている。

 カダンの血を継いだ黒髪の長女ナターシャは、従兄であるディアルトに対して好意を持っているようだ。向かいに座り上品に食事をしつつ、チラチラとディアルトとリリアンナを見ている。
 好意と言っても従兄への憧れの域で、その隣にいるのがリリアンナなものだから、ナターシャはこの二人で妄想小説を書いているほどだ。

 勿論、そのことをリリアンナは知らない。

「オリオ、どうして君が謝るんだ? 俺は何も気にしていないよ」

 いつも通り穏やかな微笑のまま、ディアルトは従弟にいらえる。
 ディアルトがそう言うと分かっていたのか、オリオは微妙な顔だ。
 母の言動を謝り罪悪感を消したい気持ちと、いつも温厚なディアルトなら許してくれると知っている安堵。そして許されたいがために、半分打算でディアルトに謝っている事への自己嫌悪。様々な感情が交じった顔だ。

「あとリリアンナ、俺はあんたには一応興味ないから」

 つけ加えて言ったのは、茶髪の長男バレルだ。
 母親が色々引っかき回しているお陰で、バレルはすっかり性格がねじ曲がってしまった。
 本来なら政治に興味を持つ学者肌の青年で、武芸もそれなりにこなす。しかし母のソフィアがディアルトにきつく当たれば当たるほど、バレルは罪悪感を抱いて書庫に閉じこもるようになってしまった。

 リリアンナは急に話し掛けられ驚いたが「はい」と返事をしておく。

「おや、バレル。〝一応〟なのか。それじゃあ、リリアンナのことを美しいと思っているんだな?」

 だがディアルトがバレルをからかい、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「美人は美人でも、ディアルトがいつも側にいるなら俺に可能性はないだろ」

 いつものディアルトとバレルの掛け合いが始まるが、渦中のリリアンナは顔色一つ変えず食事を続けている。

(何だかんだ言って、このご兄弟と仲がいいのは本当にありがたいことだわ。ソフィア様だけでなく、ご兄弟まで殿下に敵意を向けられていたら、目も当てられないから)

 スープを飲みつつ、リリアンナはそう思う。
 噛みつくように言い返したバレルに、ディアルトは眉を上げて「ふぅん?」と楽しそうな笑みを浮かべた。

「……何だよディア。その顔は」

 バレルが唸るように言う。しかしディアルトの呼び名はプライベートでのものになっている。

 そんな様子を、リリアンナは相好を崩して眺めていた。
 王族であれど、これが本来あるべき年相応のやり取りだと思う。
 ディアルトとカダンだって、本来なら王座に座るべき人物と、それを奪った……とも言われている現王とで、少々関係がこじれている。だが二人が私的に争いあっているかと言えばそうではない。
 カダンはディアルトに精霊を見る力がなくても、彼が望めばいつでも王座を譲る姿勢でいる。だがディアルトは自分が〝出来損ない〟であることへの罪悪感、遠慮からか、決して国王になろうとしない。
 リリアンナは時々その姿勢が「国王になることから逃げている」と思えて、煮え切らないディアルトにイライラしてしまうこともある。

 ――だが分かっている。
 ――ディアルトに精霊さえ見えることができれば、彼は今すぐにでも王座に座るだろう。
 ――それもこれも……。

 そこまで考え、リリアンは水が入ったグラスを傾けて喉を潤した。

(それにしても、ソフィア様は相変わらず殿下にお厳しい)

 先ほど謁見の間にワンワンと響いた彼女の声を思い出し、リリアンナは微かに眉間に皺を寄せた。
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