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絵画好きの令嬢エメライン
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「んぁ……っ、あ……っ、ぁん……っ」
静かな湖畔に私の嬌声が響く。
場所は湖畔にある木陰。私はいつもそこに椅子を置き、イーゼルを立て風景画を描いていた。
以前は何も起こらなかったのに、最近は周囲に誰もいないのに、目に見えない〝何か〟が私の体を這い回り、愛撫してくるようになった。
最初は風か何かが原因で、体に小さな物が当たったのだろうと思っていた。
けれど目に見えないモノがヌルヌルと私の肌を這い回っていると自覚したあとは、一人で悲鳴を上げて逃げ回る羽目になる。
所属している〝絵画を愛する会〟では、それぞれが絵画に集中できるよう、湖畔のほとりで広く間隔を空けて座っていた。
だから誰かが私の側に来て触れている訳でもない。
一人で悲鳴を上げる私を、離れた所に座っていた令嬢や、最近仲良くなったガードナー侯爵ハロルド様が、心配そうな目で見てくる。
ハロルド様はとても素敵な方だし、異性として気にしている方だ。
身長が高く、濡れ羽色の黒髪に深海のような青い目をした美丈夫で、社交界では彼を狙っているご婦人も多いと聞く。
そんな彼に「目に見えない何かが襲ってくるんです」なんて言えるはずもない。
ただでさえ、一人で奇声を上げる頭のおかしい令嬢と思われかねないのに、これ以上正気を疑われる事を口走りたくない。
周りは広々としていて、私の周囲に誰もいないのは確かだ。
晴天の下、鏡のように凪いだ美しい湖が眼前にあり、遠くには青い山脈が切り立った峰々をくっきりと浮き上がらせている。
とてものどかで平和な光景だというのに、「私、目に見えない何かに襲われているんです!」なんて言えない。言える訳がない。
それに、絵画好きが高じた結果、せっかく入会できたこの会から追い出されたくない。
この日だって晴れた日を狙って皆で写生に臨んだのに、ろくに絵を描けていないまま帰りたくない。
私はそれほど絵を見るのが好きだし、描く事も好きだった。
初めは悪魔に目を付けられたのかと思い、首から十字架をら下げ、心の中で祈りの言葉を唱えていた。――けれど効かない。
何をしても〝何か〟に狙われてしまう私は、とうとうソレをどうにかするよりも、無視して絵を描き続ける事を選択したのだった。
**
私はエメライン。金髪に青い目がサファイアのようと讃美される伯爵令嬢だ。
社交界デビューを果たして二年経った十八歳の今、あちこち舞踏会を渡り歩いては将来の旦那様を探している。
……のだけれど、私には婿捜しより大切な事があった。
絵を描く事だ。
もともと美術館に行って絵画を鑑賞する趣味があったけれど、叔父が自分で絵を描いているの知ってから、私も筆を握るようになった。
鉛筆を握り下絵から描いていく訳だけれど、どうやって奥行きを出すのかなど、叔父に教えてもらい、屋敷に出入りする絵描きにも師事を仰いだ。
やがて一通りの事を学んだあと、私は両親や妹の肖像画を描き、領地内の風景画も描くようになり、満たされた日々を送っていた。
転機が訪れたのは、タウンハウスに友人が訪れた時に私の絵を見てもらった時だ。
『なんて素敵な趣味をお持ちなの!? この才能はもっと多くの人に知られるべきよ!』
友人に絵を褒められただけで、天にも昇る心地になった。
後日、友人が紹介してくれたファーカー公爵夫人主催の〝絵画を愛する会〟に入会したあとは、世界がガラリと変わった。
皆心から絵を愛していて、お互いが描いた絵を批評し合う時も、真剣に意見を出していた。
貴族らしく、相手を傷つける言葉は使わず、褒めちぎったあとに「こうしたらもっと良くなるのではないか」と改善案を出していく。
〝絵画を愛する会〟は趣味の集まりだけれど、ファーカー夫人が「芸術家は繊細だから、心血と時間を注いだ結晶を否定してはならない」と、一点だけ決まりを作ったのだ。
その方針に惹かれた私は、〝絵画を愛する会〟でメキメキと実力を高めていった。
そんな中で、少し気になる方――、ガードナー侯爵ハロルド様と知り合った。
二十八歳の彼は端整な顔立ちをして身長も高く、体も鍛えている。
舞踏会では何度もお見かけした方で、いつも令嬢たちに囲まれている人気者だ。
彼目当てで入会希望を出す女性が大勢いるらしいけれど、ファーカー夫人が自ら面接をし、心から絵を愛している人なのか見定めているので、入会は容易ではない。
私は周囲の令嬢から「いいな」と言われながら、絵画ライフを送っていた。
といっても、会員だからといってハロルド様とイチャつく訳ではなく、淡々と絵を描いては皆さんと交流し、絵画の素晴らしさを周囲に伝えてる活動に勤しんでいるだけだけれど。
ハロルド様を素敵だとは思っているけれど、恋愛目的で入会した訳ではないのであまり彼と絵画以外の話題で話す事はなかった。
なのだけれど……。
**
静かな湖畔に私の嬌声が響く。
場所は湖畔にある木陰。私はいつもそこに椅子を置き、イーゼルを立て風景画を描いていた。
以前は何も起こらなかったのに、最近は周囲に誰もいないのに、目に見えない〝何か〟が私の体を這い回り、愛撫してくるようになった。
最初は風か何かが原因で、体に小さな物が当たったのだろうと思っていた。
けれど目に見えないモノがヌルヌルと私の肌を這い回っていると自覚したあとは、一人で悲鳴を上げて逃げ回る羽目になる。
所属している〝絵画を愛する会〟では、それぞれが絵画に集中できるよう、湖畔のほとりで広く間隔を空けて座っていた。
だから誰かが私の側に来て触れている訳でもない。
一人で悲鳴を上げる私を、離れた所に座っていた令嬢や、最近仲良くなったガードナー侯爵ハロルド様が、心配そうな目で見てくる。
ハロルド様はとても素敵な方だし、異性として気にしている方だ。
身長が高く、濡れ羽色の黒髪に深海のような青い目をした美丈夫で、社交界では彼を狙っているご婦人も多いと聞く。
そんな彼に「目に見えない何かが襲ってくるんです」なんて言えるはずもない。
ただでさえ、一人で奇声を上げる頭のおかしい令嬢と思われかねないのに、これ以上正気を疑われる事を口走りたくない。
周りは広々としていて、私の周囲に誰もいないのは確かだ。
晴天の下、鏡のように凪いだ美しい湖が眼前にあり、遠くには青い山脈が切り立った峰々をくっきりと浮き上がらせている。
とてものどかで平和な光景だというのに、「私、目に見えない何かに襲われているんです!」なんて言えない。言える訳がない。
それに、絵画好きが高じた結果、せっかく入会できたこの会から追い出されたくない。
この日だって晴れた日を狙って皆で写生に臨んだのに、ろくに絵を描けていないまま帰りたくない。
私はそれほど絵を見るのが好きだし、描く事も好きだった。
初めは悪魔に目を付けられたのかと思い、首から十字架をら下げ、心の中で祈りの言葉を唱えていた。――けれど効かない。
何をしても〝何か〟に狙われてしまう私は、とうとうソレをどうにかするよりも、無視して絵を描き続ける事を選択したのだった。
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私はエメライン。金髪に青い目がサファイアのようと讃美される伯爵令嬢だ。
社交界デビューを果たして二年経った十八歳の今、あちこち舞踏会を渡り歩いては将来の旦那様を探している。
……のだけれど、私には婿捜しより大切な事があった。
絵を描く事だ。
もともと美術館に行って絵画を鑑賞する趣味があったけれど、叔父が自分で絵を描いているの知ってから、私も筆を握るようになった。
鉛筆を握り下絵から描いていく訳だけれど、どうやって奥行きを出すのかなど、叔父に教えてもらい、屋敷に出入りする絵描きにも師事を仰いだ。
やがて一通りの事を学んだあと、私は両親や妹の肖像画を描き、領地内の風景画も描くようになり、満たされた日々を送っていた。
転機が訪れたのは、タウンハウスに友人が訪れた時に私の絵を見てもらった時だ。
『なんて素敵な趣味をお持ちなの!? この才能はもっと多くの人に知られるべきよ!』
友人に絵を褒められただけで、天にも昇る心地になった。
後日、友人が紹介してくれたファーカー公爵夫人主催の〝絵画を愛する会〟に入会したあとは、世界がガラリと変わった。
皆心から絵を愛していて、お互いが描いた絵を批評し合う時も、真剣に意見を出していた。
貴族らしく、相手を傷つける言葉は使わず、褒めちぎったあとに「こうしたらもっと良くなるのではないか」と改善案を出していく。
〝絵画を愛する会〟は趣味の集まりだけれど、ファーカー夫人が「芸術家は繊細だから、心血と時間を注いだ結晶を否定してはならない」と、一点だけ決まりを作ったのだ。
その方針に惹かれた私は、〝絵画を愛する会〟でメキメキと実力を高めていった。
そんな中で、少し気になる方――、ガードナー侯爵ハロルド様と知り合った。
二十八歳の彼は端整な顔立ちをして身長も高く、体も鍛えている。
舞踏会では何度もお見かけした方で、いつも令嬢たちに囲まれている人気者だ。
彼目当てで入会希望を出す女性が大勢いるらしいけれど、ファーカー夫人が自ら面接をし、心から絵を愛している人なのか見定めているので、入会は容易ではない。
私は周囲の令嬢から「いいな」と言われながら、絵画ライフを送っていた。
といっても、会員だからといってハロルド様とイチャつく訳ではなく、淡々と絵を描いては皆さんと交流し、絵画の素晴らしさを周囲に伝えてる活動に勤しんでいるだけだけれど。
ハロルド様を素敵だとは思っているけれど、恋愛目的で入会した訳ではないのであまり彼と絵画以外の話題で話す事はなかった。
なのだけれど……。
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