【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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ごめんなさい

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 そのあと、少しずつ気持ちが現実に戻っていく。

「なぜ、そんな風に話が発展するんですか?」

「……だって、女性は好きでしょう? そういう物。それともジュエリーが好き?」

 修吾は自分が突飛な話をしていると、まったく気付いていない顔をしている。

(お金持ちだと考え方も一般の人とは違うんだな……)

 ある意味感心してしまったが、自分と彼の価値観の差をきちんと説明しなくては、と息を吸う。

「お気持ちは嬉しいです。ですが失礼ながら、私は自分で自分の人生を支えたいと思っています。もし誰かに手を貸してもらうとすれば、それは恋人や結婚したあとの夫にです。今回修吾さんからの贈り物を受け取ったのは、〝お礼〟と言われたのと、食事に行くのに相応の格好をしなければ修吾さんにもお店にも失礼だからと思ったからです」

 彼を拒絶している訳ではないと主張するために、鞠花は微笑んだままにこやかに説明する。

「ですがこれ以上一方的にあれこれ頂くのは心苦しいです。修吾さんは失礼ながらお金持ちで、私が『高い』と感じる物を、大して高価ではないと考えているかもしれません。修吾さんの周りの女性は、プレゼントをされて喜んでいるかもしれません。でも私は、誕生日やクリスマス以外に誰かからプレゼントをもらうと、まず『お返しをしないと』と思いますし、一方的にもらうだけじゃ『申し訳ない』と思います。これからまた会って頂けるなら、その認識の差、価値観の違いを知って頂けたらと思います」

 友好的に、けれどきっぱり言い切る鞠花を、修吾はポカンとした表情で見ていた。

 やがてノロノロと口を開く。

「……欲しく、ないんですか?」

「人間ですもの、物欲はありますよ? でも自分の稼ぎに見合った物にしか、興味はありません。ハイブランドに憧れる気持ちはありますが、本当に欲しいと思ったらお金を貯めて自分で買います。憧れている物がすぐに手に入ってしまったら、それはずっと欲しいと思っていた物と、違うモノになった気がしませんか?」

 まだ修吾はよく分かっていない顔をし、鞠花はたとえ話をして説明する。

「仮に私が歌手になりたいと思っていても、コネで簡単になったら、それは夢を叶えた事になりません。世の中にはコネを使ってでも、なれただけで嬉しいと思う人がいるでしょう。でも私は、自分の望みは努力して自分で叶えたい。そう思うんです」

 そこまで話して、固まっていた修吾がようやく息をついた。

「鞠花さんって誰にでもそうなんですか?」

「そう、……とは?」

「プレゼントするって言われたら、こういう風に拒むとか」

「うーん……。程度によると思います。付き合っていた彼は、誕生日、クリスマス以外にプレゼントをくれる事もありました。でも高価な物ではなく、何千円とか手の届きやすい物なんです。気軽に受け取れますし、私も機会を見ていつかお返しできるじゃないですか。……失礼ながら、修吾さんからのプレゼントの場合、何十万、何百万の単位で、桁が違います。だから素直に受け取れません。ごめんなさい」

 ペコリと頭を下げ、そろそろと彼を窺う。

 まだ修吾は呆けた顔をしていて、彼の態度を見ると鞠花の方こそ変わった事を言っているように思える。

 彼は溜め息をついてブラックコーヒーを一口飲み、毒気を抜かれたように笑った。

「今からとても失礼な事を言いますが、どうか気分を害さないでください」

「どうぞ」

 修吾に頷いてみせると、彼は苦笑いしたまま口を開く。

「俺は自分の社会的立場や見た目にある程度自信を持っています。独身ですし、謙遜しないで言えばモテます。こういう言い方をすると鞠花さんは不快に思うでしょうけど、何もしなくても女性が群がるように寄ってくるんです。気まぐれに構えば喜びますし、プレゼントをしても喜んで、『あれが欲しい、これが欲しい』と甘えてきます」

 彼が話す事を、鞠花は大体予想していた。

 もちろん修吾のような人は身近にいなかった。
 だが〝金持ちでイケメンで、こんなに優しい人ならモテる〟ぐらいは分かっている。

「彼女たちの多くは、最終的に俺と結婚する事を望んでいます。結婚を望まなくても、適度に会って楽しく遊んで、好きな物を買ってもらったらそれで満足します。俺もそれに合わせて、……あまり人に言えない不誠実な付き合いをしてきました」

 鞠花は何も言わず、無言で頷く。

「結婚したいと望む女性の中には、家庭的である事や子供が好きなど、自分の長所をアピールしてくる人もいます。『外見も金も関係ない、あなたを愛しているから結婚したい』と言うんです。ですが俺が何もかも失ったとして、彼女たちがそれでも愛してくれるなど思っていません。自分の本質がとても最低な男だと分かっていますから。だから……、失礼ながら、鞠花さんも最初は俺を見て下心ありきで近付いたのかと思いました。すみません」

 そう言われても、鞠花は彼の立場を理解したし、怒る気持ちにもならなかった。

「いいえ、いいんです。助けたのは偶然として、家に連れ帰って手当てして、ご飯……だなんて、ちょっと距離が近すぎましたよね。私はお節介なおばちゃんみたいな距離感で接してしまったんですが、修吾さんが警戒するのも当然です」

「近すぎただなんて、そんな……」

 首を横に振る修吾に、鞠花は微笑む。
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