伝統民芸彼女

臣桜

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死者の列2~再会

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「なんだ……。死者の列っていうから、もっとこう……薄暗いものなのかと思ってた」
 列には人間だけじゃなくて、彼らの足元には犬や猫が歩いたり、頭上には鳥が飛んでいたりもする。時々、動物園の動物らしきものまでいた。
 呆然としている俺に、隣に立ったギンが頼れる姉のような表情で説明してくれる。
「人は知らないものを怖がる生き物じゃ。死んだ後の世界や人はどうなるのか知らぬゆえ、幽霊というものを作り上げて勝手に怖がっておる。本当は、死者の列にいる者たちが現実世界との境界線にいる時、写真などに写り込んでしまっただけなのにな。写りたがりは生きている人間にもいよう。それと同じじゃ。子供が見えない誰かと話しているというのもあろう。生まれたばかりの子は、生まれる前の世界の影響をまだ受けているおる。それゆえ、チャンネルが合うにすぎぬのじゃ」
「そうなんだ……」
 よく夏場になると心霊番組とかがあるけど、最近ではやらせだとかCGだとかいうのが強く表に出てきて、俺も正直ああいう手合いの番組を見る事は少なくなった。
 元から夜に肝試しとかをするのも、好きじゃない。
 怖いからとかそういう理由じゃなくて、夜中に騒ぐのは近隣の迷惑になると思うし、仮に幽霊がいるのだとしたら彼らを怒らせる行為だと思っていたからだ。
 それを察したのか、ワインレッドさんがギンの言葉に付け加える。
「心霊スポットと呼ばれる場所へ行って、祟られたとか言うお話は、人気のいない場所を好む穢れに取り憑かれた状態を指します。犯罪を犯すタイプの穢れは人気の多い場所にいますが、自殺などをした人の後悔や恨みの気持ちから生まれた穢れは、未練を強く持っていて自分が死んだ場所へ留まる傾向にあります。死者の列にイミのような存在が連れて行こうとしても拒み、そこに留まり続けます。それを刺激すれば……穢れに取り憑かれても仕方ありません」
「そうだね、その通りだ」
 ……けど、自ら命を絶つってどんな気持ちなんだろう。俺には考えもつかない。本当に絶望とか……そういう気持ちなのかな。強い気持ちがそこにあってもおかしくない。
「さて、絹を探しましょうか」
 ワインレッドさんはそう言って列に沿って歩き出し、ひい婆ちゃんを探そうと首を動かす。
「こんなに長い列なのに、そんな探し方で見つかるのかな」
 半ば独り言に、槐がチラッと振り向きざまに俺に言う。
「槐たちには、絹との絆がある。絹はとってもいい香りがするんだ。拓也よりずっとずっとな」
「……ソウデスカ」
 俺もいい匂いがするっていうのは聞いてるけど、どうにも槐の言い方にはまだまだ俺とひい婆ちゃんを比べてけなす要素がたっぷりある。
 と、聞き覚えのある声がした。
「なんだ、こんな所まで来たの?」
 涼し気な声が上からすると思って頭上を扇ぐと、クロが黒い日傘の上に座って魔女のように浮いていた。
「クロ!」
 彼女に声をかけると、クロは見えない椅子に座っているようにスーッと俺たちの所まで下りてきた。そのままパチンと日傘を閉じると、隣を歩き出す。
「九十九神に導かれて来たのね。でもここはあまり生身の人間が来すぎると、現実世界で影響を受けるわ。害ではないけれど、気を付けなさい」
「影響ってどんな?」
 不思議に思って尋ねると、クロはサラリとした黒髪を揺らして何でもないように答える。
「あなたたち人間が、『幽霊が見える人』って言っている、現実世界でも死者が見える人間になってしまうわ」
「わぁお……」
 クロの答えに、俺は思わず外国人のような声を出していた。
 槐たちが見える生活にやや慣れてきてはいるものの、日頃から生身の人間以外が見えるようになると、気にしなくていいことを気にしそうになるもんなぁ。
「あ、そうだ。ひい婆ちゃんとハヤテがどこら辺にいるか分かる?」
 俺がクロに尋ねた時だった。
「絹!! 絹!!」
 突然槐が大きな声を出し、パタパタと走って行った。
 唖然としてその後ろ姿を見送ると、その向こうから「おやぁ」という柔和な声がした。
 ――あ。
 その声を聴いた瞬間、俺の目からボロッと涙が零れてしまった。
「あれ……」
 葬式でも泣いてなかったのに、なんで今……。
「槐、ちょっとぶりだね。ワインレッド、拓也まで連れて来てくれたかい?」
 白い服を着て歩く人たちの間を、「ごめんなさいね」と断りながらこっちに近付いてくるのは、まぎれもないひい婆ちゃんその人だった。
 丸い顔はニコニコとしていて、俺の姿を見て嬉しそうに目が細くなる。その足元を「ワンッ」という元気な鳴き声と共に、ハヤテが走って来て俺に飛び付いた。
「ハヤテ……ッ!」
 物凄い勢いで飛び付かれ、俺はその場にドサッと尻餅を付いた。ハヤテは俺の脚の間に体を入れて、ペロペロと顔を舐めてくる。
「ハヤテ……、ハヤテ……」
 両手をその体に回して撫でまわすと、あの懐かしい毛皮の感触がする。
 目の前が涙で歪んでしまい、瞬きをすると頬に大きな涙の粒が流れていった。
「ハヤテも随分遺してきた家族のことを心配していてねぇ。ずっとクンクン鳴いていたんだよ」
 ひい婆ちゃんは俺の目の前にしゃがむ。その服は白いレースの服とスカートだ。
「ひい婆ちゃん……。俺……」
「拓也、急にごめんね。びっくりしたでしょ。私も最近調子悪くて病院行かないとなって思ってたんだけどね。でもお陰様で毎日幸せだったんだよ。耕作さんが側にいて、健三(けんぞう)夫婦や憲一(けんいち)家族とも一緒に暮らせて。家の周りには子供たちが子孫を繁栄させてくれていて。私は生まれて遺すことができたものが、沢山あったんだなぁって嬉しかったんだよ」
「うっ……、う……」
 ひい婆ちゃん、いつものひい婆ちゃんだ。優しくて、いつも家族のことを考えていて。
 もう一度……この笑顔が見たかったんだ。
 もう一度、こうやって優しくしてほしかったんだ。
 手にハヤテの毛並みを感じながら、俺は嬉しくて泣いていた。鼻を啜って、涙を流して、こんな風にガキみたいにしゃくり上げて泣くなんて、いつぶりだろう。
「ごめん……っ、俺、葬式の時とかあんまり実感がなくて、泣けなくてごめん……っ。悲しくなかったとかじゃないんだ。何となく……分からなくて……っ」
「いいんだよ。子供が死を感じて悲しむことは少ないのかもしれない。歳を取ってくるとね、自分の体が上手く動かなくなってきたり、病気がちになって『いつ死ぬんだろうな?』って意識するようになるんだ。そんな年齢になると、親は死んでいるし一緒に育ってきた友達も何人かは死んでる。恩師が亡くなっていたり、人生の後半になると死は否応でもついてまわるんだ。拓也みたいな子供は、一番元気で生命力にあふれてる。だから死がどんなものなのか理解できないで、あっという間にお葬式が終わってしまっても仕方がないんだ」
 ひい婆ちゃんは俺を責めない。
 葬式の日、みんなシクシクと静かな悲しみを纏っていたのに、俺は「この『場』は何なんだろう?」とぼんやり思いながら、お坊さんのお経を聴いていたんだ。写真の中のひい婆ちゃんに手を合わせて、「成仏できますように」と祈っていても実感がなかった。
 ひい婆ちゃんの死に顔を見ても、眠ってるみたいだなって思ったぐらいで、そっとその顔に触ってみても、温度のない皮膚に違和感を感じただけだった。
「ごめんなさい……っ」
「もう謝るんじゃないよ、拓也。私は拓也が私のことでずっと後悔しっぱなしっていうのは、一番いやだからね」
 まるで子供の時みたいにひい婆ちゃんは頭を撫でてくれて、目の前でにっこりと笑った。
「うん……っ」
 きっと俺は、こうやってひい婆ちゃんに許されたかったんだ。
 その間、槐はずっとひい婆ちゃんの背中にしがみついていた。俺には絶対に見せない感情を露わにした顔で、とっても愛しい人に会えたという顔をしていた。
 俺自身ひい婆ちゃんに会えて気持ちが浄化されている傍ら、槐も、藤紫もギンも、みんな満たされた顔で涙を浮かべていた。
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