伝統民芸彼女

臣桜

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一難去って

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 先に彩乃を家まで送ってからうちに着き、七海は家族に「お土産」と言って札幌駅構内で売っている饅頭の袋を渡していた。
「お母さん聞いてー、今日拓也が隠れたヒーローみたいなことしたんだよ」
「えぇ?」
 いきなり七海は台所に立ってる母さんにストレートな送球をし、母さんも突然の事だから面食らった顔をしている。だけど、七海がついさっきあった出来事を話すと、「ふぅん……」と言いながら俺を見てくる。
「また九十九神の女の子の力を借りたの?」
「うん、そうなんだけど……。信じてくれてるの?」
「当たり前でしょ。お婆ちゃんだってご近所さんのお手伝いしてたの知ってるし、血縁の拓也がそういう不思議を受け継いでも変じゃないってこないだ言ったばかりでしょ。まぁ、霊感みたいなものと同じだって母さんは思ってるけどね。それにハヤテの時にあんたが頑張ってくれてたのも、目の前で見て分かってるつもりだよ」
「うん……、うん」
 今まで俺以外に誰も家族で彼女たちを見えている人はいないから、家族のことを信じつつもどこか不安があった。
 きっと世の中の霊感があるっていう人もそうなんだろうな。話をして信じる人もいれば、信じない人もいる。自分では当たり前に見えているものが他人には見えていないもんだから、信じられなくても仕方ないなって思うだろうし。
「拓也、ただそういうのは三神の家族以外には言わねぇ方がいいのかもな」
 新聞を開いていた爺ちゃんが言い、その隣では婆ちゃんがお茶を飲んでいる。
「拓也ぐらいの歳だと、不思議なことがあると周りに自慢してぇもんだが、人ってもんは自分の見えねぇもんには疑ってかかる。最近は科学とかが進んでるから尚更な。母さんみたいにお祓いみたいなのができたとしても、もしもマスコミの餌食になるようなことがあっちゃいけねぇ。秘密を守れる親友に話すぐらいならいいかもしんねぇが、そこは気をつけておけよ。あと、あまり大勢に話すことは、その九十九神のお嬢さんたちに失礼かもしんねぇ」
「うん、その通りだね。分かったよ爺ちゃん」
 家族に話した時に槐たちが何も言わなかったのは、もしかしたら自分たちに俺が口外することを禁じる権利がないと思っていたからかもしれない。
 でも、俺はたとえ人じゃないとしても、人格のある存在には人権があると思っている。だから、あまり彼女たちの存在を軽々しく扱ってはいけない。改めてそう思ったんだ。
「拓也、今度そのお嬢さんたちの似顔絵でも描いてちょうだい」
 最近目に見えて元気のなかった婆ちゃんが笑ってそう言い、俺は何だか嬉しくなって頷いたのだった。

**

 七海と一緒にひい婆ちゃんの部屋に行き、ニポポ人形と京人形とを示すと、七海が思わず「わっ」と悲鳴を上げる。
「ガチで汚れてるわぁ。こっちの人形の方は、悪いけど髪とかボサボサで呪いの人形みたい」
「まぁそう見えるよね。さっき彼女たちが力を貸してくれたから、穢れを引き受けてこうなったんだ」
 そう言って俺はまたひい婆ちゃんの道具箱から道具を取り出し、乾いた布でニポポ人形を優しく拭いてゆく。
「そう言えばひいお婆ちゃん、暇さえあったらこの部屋で人形とかのメンテしてたもんね」
 部屋中にある人形たちや民芸品、工芸品。それらを見回しても、薄汚れている物は何一つない。それがひい婆ちゃんと彼女たちの絆のように思えた。
「姉ちゃん、足は大丈夫なの?」
「うん、平気。外傷は擦り傷だけだから。ありがとね」
 ケロッとした返事をする七海は、化粧を落として普段着に着替え、畳の上に胡坐をかいている。
「拓也も大変なことになったね」
「そうかな。まぁ、大変っちゃ大変だけど、個性のある彼女たちと話すのは楽しいし、せめて家族内でもこうやって理解があると変人扱いされなくて済むから楽だよ」
「うん、それもなんだけどさ。あんたこれから受験とかもあるんでしょ? それでなくてもテストとかあるのにさ。同時にこういうことをプライベートで抱えると、大変なんじゃない? って」
「あぁ、それはなぁ……。自分でも思ってたけど、ギン……日本刀の九十九神に言われたんだよ。まずは本業に集中しろって。ひい婆ちゃんも若い時から彼女たちと付き合ってたみたいだけど、バタバタしてた若い時代はやっぱり実生活を優先してたんだって。最近みたいに人助けみたいなのをじっくり腰を据えてやりだしたのは、子供の事とかが全部落ち着いた年齢になってからだって聞いたよ」
「ふぅん……、ひいお婆ちゃんの娘時代って想像できないなぁ」
 七海がそう言ってゴロリと寝転がり、俺も何となくセーラー服に三つ編みの少女をイメージしてみたが、ひい婆ちゃんの娘時代の顔なんて知らない。
「ひい婆ちゃん、随分な美人だったらしいし、東京の家は資産家だったから凄いお嬢様だったんだろうね」
「そーだね。まぁ、うちは北海道の農家だけどね」
 そう言って七海はアハハと笑い、俺は綺麗になったニポポ人形を棚に戻し、今度は藤紫の手入れに取りかかる。
「拓也、ありがとな」
 ふと槐の声がして振り向くと、そこにはいつも通りの綺麗な姿の槐が正座していた。
「槐もお疲れ様。ありがとう」
「えっ? そこにいるの? エンジュ?」
 俺の声に七海がガバッと起き上がり、キョロキョロと部屋の中を見回す。
「槐って、俺がさっき手入れをしてたニポポの九十九神だよ。そこに正座してる」
 さすがに指差したら失礼だと思って、バスガイドさんみたいな手付きで槐の方を示す。
 七海は身を乗り出してしばらくその空間を見つめていたが、やがて「駄目だわ~」と言いながら体を戻す。
「ホントに拓也のは特別な力なんだね。私なんも見えないわぁ。私もひいお婆ちゃんのひ孫なら、見えたらいいのになー」
「素質はあるぞ」
 細い筆で藤紫の顔や着物を丁寧に払ってゆくと、槐が七海を見てそう言う。
「姉ちゃん、槐が見えるようになる素質はあるって」
「へぇぇ~」
 興味を示したように七海は槐のいる方を見て、見えないながらも「槐ちゃーん」と手を振ってみせる。
「拓也は絹への想いが人一倍強かったから、一番に槐のことが見えるようになったのかもな」
 手を振っている七海の目の前に槐は正座し直し、じっと七海を見る。
「七海は絹への気持ちがねぇって訳じゃねぇんだが、拓也はこの家の一番末っ子だから、皆から可愛がられたろ。だからその分、いなくなっちまった絹の代わりに『なんかできねぇかなぁ』って思ってた気持ちが強かったんだろ」
「ふぅん……」
 確かに、ひい婆ちゃんがこの世に遺した何かで、俺は何か成し遂げたいと思っていたのかもしれない。けど、その気持ちの正体はどうにもならないほどの、ひい婆ちゃんへの甘えた気持ちだ。それは恥ずかしくて誰にも言えない。
「拓也……、あんたそう言えば、子供の頃からひいお婆ちゃんとこの部屋で、こけしとか日本人形とか、怖がらないで一緒に遊んでたもんね」
 また畳の上に寝転がって七海が言い、俺は昔を思い出す。
 ひい婆ちゃんが「これは○○ちゃんて言うんだよ」と教えてくれて、小さい俺はいつの間にかその名前を憶えていた。まさかその名前が九十九神としての名前だとは、小さな俺は思いもしなかっただろう。
「私、小さい頃から何となくこの部屋避けてたんだよね。こけしとか人形とか、可愛いなとは素直に思えなくて。ホラ、どっちかっていうとミカちゃん人形とかああいう方が好きだったから」
「あぁ……、ミカな」
 ボソッと槐が言い、俺はミカちゃん人形の九十九神がいるだろうことを察した。
「よし、藤紫終わったよ」
「おおきに」
 目の細かい櫛で髪を整え終えると、フワッとほのかないい香りと共に彼女の声がした。
「拓也はん、堪忍なぁ。もうちょっと早よ姿現したかったんやけど、乱れたまま拓也はんの前に現れたないのや」
「いいよ、藤紫は女の人だから、身だしなみとか人一倍気を遣ってるのは分かってるつもりだし」
 優しい声で姿の見えない女性と会話をする俺を、七海は間抜けな顔で見てから、「ふぅーん」とやけに間延びした声を出す。
「あんた女の子相手にそういう優しい態度も取れるんだね。なんか感心した」
「なんだよ、やめろよ」
 七海に言われるとなんだか照れ臭く、俺は逃げるようにギンの手入れをするために立ち上がる。
「ちょっとひい爺ちゃんに声かけてくるよ。さすがに刀の手入れ勝手にやったら怒られそうだし」
「じゃあ、私さきに和室行ってるわ」
 部屋を出た所で七海は奥へ行き、俺は居間に向かう。
「ひい爺ちゃん、ギンがまた汚れてると思うから、刀の手入れしたいんだ」
「あぁ、じゃあ付き合うか」
「拓也あんた刀の手入れなんて大丈夫なの?」
 聞こえていたのか母さんが眉を寄せ、それにひい爺ちゃんが答える。
「なんもなんも、拓也は上手いもんだぞ」
「そうなの? お爺ちゃん。……じゃあ母さんも見学してみようかな」
「おっ、じゃあ俺も行くかな」
「俺も」
「それじゃ、私も行こうかね。全員分のお茶用意しようか」
「ちょっと~」
 何の流れなのか家族全員が俺がギンを手入れするシーンを見にくると言い出し、困った俺は額をかく。
 そのまま母さんと婆ちゃんがお盆にお茶やらお茶菓子を乗せて、全員でゾロゾロ和室に向かうのだった。
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