伝統民芸彼女

臣桜

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曾祖母の死と出会い2

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 キョロキョロとしている俺の頭頂部に、背後から何者かがゴスッとチョップを喰らわせた。
「いってぇ!」
 びっくりして体をひねらせると、目の前にはアイヌの衣装っぽいのを着たおかっぱの美少女が立っていた。
「……はぁ?」
 俺は思わず間抜けな声を出し、その美少女をしげしげと見直してみる。
 年の頃は十二、三歳ぐらいだろうか。たまにテレビで流れるアイヌの人のように、額にハチマキみたいなのを巻いて、アイヌ独特の刺繍が施された衣装が何ともこの場に似合わない。どこから入って来たんだろう。
 いや、まぼろし……?
 俺はポカンとした顔をしたあと、何度も瞬きをしたあげく目をこすった。だが、その異様な姿をした少女は、真顔のまま俺を見つめている。
「な……なん……」
「親戚の子だろうか?」という思いが頭をよぎったが、ひい婆ちゃんが死んだばかりだというのに、喪服ならともかくこんな格好をしているだなんてありえない。
 十二、三ぐらいと見えたものの、その表情は大人びていて知的な黒い目は真っ直ぐに俺を見ている。もしかしたら、俺よりも遙かに落ち着いた精神年齢のようにも思える。
「き、君、誰?」
「槐は槐だ」
「えんじゅ?」
「名前」
 無表情と言ってしまってもいい顔で彼女はそう名乗り、俺は思わず自分も名乗る事にした。
「俺は拓也」
「知ってる。ずっと見てたから」
「ずっと見てた?」
 素っ頓狂な声を出す俺を、槐は冷たい視線をよこしただけで多くは語らない。
 こちら、美少女のストーカーだろうか? 色んな意味でこわい。
「……で、本当に拓也は槐が見えてるんだな?」
「え? 見えてるって……君、目の前に……」
「だから、普通の人は槐の事は見えねぇんだ」
 サラリとおかっぱの髪を揺らし、槐は足袋――のようだがやはり模様のついている物を履いた足で、部屋の中を移動して押入れの方へと近づいてゆく。
「え、槐ってお化けなの?」
 それしかない、と思って俺が怯えた声を出すと、槐は相変わらず冷たい視線で俺を振り向いてから、押入れをトントンとノックした。
「お化けじゃねぇ、九十九神だ。藤紫、起きてるんだろ? 出てきてくれ」
「はぁい」
 槐が襖に向かって声をかけると、押入れの襖をすり抜けてスルリと美女が半身を出した。着物を身に纏った美女は、しっとりとした黒い目で俺を見てにっこりと微笑んだ。
「わぁぁっ! お化け!」
 槐と名乗る少女は気づけばそこにいただけだが、目の前ですり抜けを見せられて俺は悲鳴を上げた。一気に部屋の隅まで逃げる俺を、槐は冷たい目で見てもう一人のお化けは優しそうな笑みを崩さない。
「あらぁ、いややわぁ。お化けやて」
 藤紫と呼ばれた美女は、まるで歌舞伎の女形みたいに着物の裾を長く引きずっている。押し入れから出てきた彼女は、畳の上にトッと降り立ち上品に笑ってみせた。
 その瞬間フワッといい香りがするが、それよりも俺は目の前の幽霊が怖い。
「ほんと失礼な後継者だ」
「ええやないの。いややわぁ。新鮮やわ。かいらしい」
 槐ともう一人のお姉さん……藤紫はそんな会話をし、藤紫は槐とは対照的に好意を露わにして、にこにことしている。
 目の前にいる二人が多分――人間ではない気配を感じつつも、怖いお化けではなさそうだ。おまけになんていうか……二人とも美少女だし、美女だ。
 名前のとおり藤の模様が描かれた着物を着た藤紫は、俺を興味深そうに覗き込んでくる。
「今度の後継者は、随分とかいらしい男の子なんやねぇ」
「後継者」という言葉はさっきも聞いた。
「ねぇ、君たちは何なの? で、後継者って何?」
 俺の質問に二人は顔を見合わせる。うぅ、俺だけが事情を知らないっていう、何だか嫌な感じだ。
「あんた、槐たちを見られてるってことは、絹の後継者ってことだ」
「ひい婆ちゃんの……後継者?」
 槐に言われて俺は首を傾げる。
 後継者って言われても、ひい婆ちゃんの後継者に当たる人は、爺ちゃん婆ちゃん世代だ。
「いやぁ、あのさ。俺確かにいつかはひい婆ちゃんたちの畑の面倒みられたらいいな、って思ってるけどさ、取り敢えず今は高校卒業したら大学に入る事を視野に入れてんだけど」
「このたくらんけ」
 槐の一際大きな声に俺は「うっ」となる。方言むき出しの「たくらんけ」という言葉は、確か「愚か者」とかそういう意味だったはずだ。生粋の道産子の俺でも使わないぞ。
「槐、はんかくせぇ奴に教えることはねぇ」
 そしてとどめと言わんばかりの言葉に、俺はゆっくりと猫背になって深い溜息をつく。こっちも確かバカとかアホとかの意味だったと思う。
「……所で君らは何なんだよ。まずはそれを明確に。俺だってひい婆ちゃんの部屋に着物着た知らない女の子がいたらびっくりする。これはすごい一般的な態度だと思うんだけど」
 俺は混乱する頭を必死になって落ち着け、自分が言える一番冷静な言葉を言った。
 こんなビックリ展開になって、目の前の美少女を可愛いとか、美女やばい綺麗とか、思う……けど。幽霊美少女の突然の来訪に喜ぶほど、ガツガツに飢えてる訳でもない。
 とりあえず、状況を整理しないと。
「槐はん。拓也はんは何も知らはらへんみたいやし、説明したげたら?」
 藤紫が言うと、槐は俺の目の前に正座をした。
「いいか? 拓也。一回こっきりしか言わねぇからちゃんと聞け」
 なんでこの槐って子は、こんなに偉そうなんだ。
「槐たちは九十九神。槐はニポポの九十九神、こっちの藤紫は京人形藤娘の九十九神。この家には絹が大切にしてた郷土人形や、工芸品が一杯あるだろ? その古い物に宿ってんのが槐たちなんだ。絹は槐たちを見られて、槐たちの特別な力を貸してあげて人助けしてた。その後を継ぐのが、拓也なんだ」
「えええ……」
 俺はついそんな声を出していた。
「槐……ニポポなの? あの……地味な……」
 そりゃそうだ。
 正直あのもさいイメージしかないニポポから、この気の強そうで表情の変わらない美少女は結びつかない。
 俺の言った言葉がお気に召さなかったのか、槐は黙って俺を強い目で見つめてくる。
「……はい、スミマセンでした。失礼ぶっこきました」
 愁傷に謝ると、槐は気を取り直したようだった。
 ここでいじけたりしないのは、槐が外見通りの子供じゃない事を物語っている。
「元々『神』ってのは姿はなくて、そこにある意識みたいなもんだ。でも人にとっては分かりやすい姿が見えた方いいだろ。だからあんたらが分かる姿になるんだ」
「ふぅん……。じゃあ、俺は無意識に槐にそういう姿を望んでるっていうこと?」
「どうだべな。少なくとも今の姿は絹が見てた格好と同じだ。血も多少はあるかもしんねぇな」
 納得しながらも、俺はしげしげと目の前の不思議な二人を見ていた。
 目の前にいる生身の女性っぽいこの二人は、人間じゃないんだ。
「……ちょっと、触ってみてもいい?」
「あら、いややわぁ。拓也はん助平やなぁ」
「ちょっ」
 着物を着ていてしっとりとした色っぽさのある藤紫から言われると、何だかドキッとする。
「槐は嫌だ。拓也なんかに帯だって触られたくねぇ」
 相変わらず槐は辛辣だ。
 登場時はおそらく辛抱堪らず俺をチョップしたんだと思うけど、本音としては触りたくもない……のか。それはそれでちょっと……なんていうか、傷つく。
「ほな拓也はん、わての手ぇ触ってみる?」
「えっ?」
 目の前に藤紫が座って着物に変な癖がつかないように裾を広げ直し、俺の目の前で嫣然と笑って見せる。それを見て思わず変な声が出た。
「やだぁ、拓也の助平」
 今度は槐からの助平だ。
 おまけの槐の場合は、藤紫みたいにからかう要素がまったくなく、心のそこから蔑んだ気持ちで言っている。
 槐から氷のような眼差しを受けるが、俺はその助平疑惑に強く反発できないでいた。
 男子高校生なんだから、多少の助平心はあると思ってる。手を握る握らないだったら助平も何もないだろうと思うが、目の前にいるのはこの世の物ではない美女だ。
 藤紫からはふわりと藤のいい香りがして、黒目勝ちで睫毛の長い目が目の前から見つめてくると、誰だってドキドキするんじゃないかと思う。
「ほら、触ってみてもええよ。うふふ、助平はちょっとからかっただけや。気にしんで触ってええよ」
 スッと目の前に差し出された藤紫の手は、白魚のような……という表現がぴったりだ。
 すんなりとしていて、俺の手みたいに節ばってない。
 女の人の手なんだな、強く握ったら細い骨が簡単に折れちゃいそうだ、と思った。
「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ失礼します」
 そう断りを入れて俺は指先で、そっと藤紫の手の甲に触ってみた。
 触ってみた感想は、変な言葉かもしれないけど「しっとりとした陶磁器」だった。温かい生身の人の皮膚ともまた違って、体温みたいなものはあるけれど温かくはない。でも皮膚はちゃんと弾力があって、なのにとてもツルツルすべすべしている。
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