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番外編 2 タワマン事件簿
幸せ貯金
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「物語の主人公が、なぜ支持されるか。つらい事があっても、乗り越えて前に進んで、物語を作っていけるからです。ダークな物語もあるから、すべてに当てはまるとはいいません。でも王道のヒーローやヒロインって、キラキラしているでしょう? 人ってネガティブな思いも勿論持っていますが、幸せになりたくて、なれないから文句を言いたくなるんです」
彼女はコクンと頷いた。
「嫌な事があって、多少愚痴を言いたくなるのは人として当たり前です。でもなるべく、グッと口を噤んで進みましょう。『沈黙は金なり』です。皆、自分の人生という障害物レースを、ずっと進み続けています。たとえ悪路になったとしても、『こんな道を歩かされてるのは、他人のせいだ』と思うか、『この道を越えたらきっと楽しい道が待ってる!』と思うかで、進むスピードも違ってきます」
私はぐっと両手を握る。
「誰の道にだって、絶対悪路はあります。レース中に『悪路だ~! コンチクショー! お前らのせいだ~!』って叫んでいると、他の人は『近寄らんとこ』ってなります。『つらいけど頑張ろうね』って軽やかに言える人になりましょう!」
さやかさんはしばらく、私を見ていた。
何を考えているかは分からないけど、私はとりあえずニコッと笑う。
「……優美さんって逞しいですよね。体つきもだけど、心も。普通、こんな目に遭ったら罵倒して被害届を出して終わりだと思うけど」
そう言われて、私は「あはは!」と笑った。
「いいふりこきなんです。万人に好かれるなんて思わないけど、可能なら誤解を解きたい。そして少しお節介を焼いて、誰かが生きやすくなったらいいな、と思ってます。私は過去に、太っていた事でとても卑屈になって、いじめられていました。心ない言葉を投げかけられていたから、道を誤れば歪んだ人になっていたかもしれない」
チラッと後ろにいる二人を見て、彼らに感謝を込めて微笑む。
「でも、『こっちだよ』って明るいほうに手を引っ張ってくれる人がいました。そちらに進むか、暗い所で恨み辛みを言い続けるかは、私次第でした。その時、明るいほうに選択できた自分を褒めてあげたいとは思っています。あとはもう、素敵な人たちに負けないように、いい自分になりたいって思い続けています。周りは自慢できる人ばかりだから、側にいて恥ずかしくない人でありたいんです」
彼女はほんの少し、悲しそうな顔をする。
「……今まで、私の人生にもそういう人はいたのかな」
「いたと思いますよ。人生を変えるきっかけって、ほんの些細な事なんです。ドラマチックな事なんて、そうそう起こりませんから。何気ないもの、言葉に心の耳を澄まして、拾っていけるかどうかなのかな。毎日の事だって、大きなものを目標にして『いい事がなかった』って文句を言うより、『ご飯が美味しかったな~、幸せ!』って思えたほうが、幸せ貯金が貯まりやすいと思うんですよね」
私は手を交互に重ねて、貯金のジェスチャーをする。
「期待値を低くしたほうが、人生楽しく過ごせるんです。物語みたいに大きな幸せ、一発逆転なんて考えないで、日々平和に楽しく過ごす事を積み重ねていくと、いつか振り返ったら『割と幸せに生きてきたな』って思えますよ」
明るく言う私をお気楽と思ったのか、さやかさんは小さく笑う。
「お高い女でいなくていいんです。『凄い』って言われなくていいんです。皆にどう思われるかなんて、どうでもいい。安い物に喜んで、小さな事で幸せを感じましょう。大勢の賛同より、絶対的な味方を少しずつ増やしていきましょう」
微笑んでさやかさんの手を握り、目を見つめて言う。
「私が見た映画のセリフを言いますね。『限られた誰かだけが手に入れられるものなんて、幸せじゃない。皆が無理なく手に入れられるものが本当の幸せ』……〝幸せな人〟は、特別な人じゃないんですよ。普通の良さを知っている人です」
彼女はさっきとは違う涙で目を潤ませ、小さく頷いた。
「……頑張って、……みます」
「うん! 何かあったら、いつでも連絡してくださいね!」
私はニカッと笑い、両手で彼女の肩をポンポンと叩く。
そして「終わったよ!」という気持ちで、慎也と正樹を振り返った。
……のだが。
(……あれ?)
彼らは腕組みし、脚も組んでそっぽを向いている。
……あれ、そっか。断罪イベントだったんだっけか?
でもなぁ、悪者にして終わり! って好きじゃないし。
人間だから色んな事情があって〝今〟に至った訳でしょ? それを理解しないと、私は納得できなかった。
凶暴な犯人が騒いでるから、射殺して終わりじゃなくて、しっかり話を聞いて更生に導いたほうが生産的だ。
いい事の循環をして、今回の事に何か得たなら、どこかで誰かに優しくしてあげてね、と思う。
まぁ、そこまでは私は責任を持たない訳だけど。
※ 映画のセリフは、『怪物』の台詞を私なりにアレンジしました
彼女はコクンと頷いた。
「嫌な事があって、多少愚痴を言いたくなるのは人として当たり前です。でもなるべく、グッと口を噤んで進みましょう。『沈黙は金なり』です。皆、自分の人生という障害物レースを、ずっと進み続けています。たとえ悪路になったとしても、『こんな道を歩かされてるのは、他人のせいだ』と思うか、『この道を越えたらきっと楽しい道が待ってる!』と思うかで、進むスピードも違ってきます」
私はぐっと両手を握る。
「誰の道にだって、絶対悪路はあります。レース中に『悪路だ~! コンチクショー! お前らのせいだ~!』って叫んでいると、他の人は『近寄らんとこ』ってなります。『つらいけど頑張ろうね』って軽やかに言える人になりましょう!」
さやかさんはしばらく、私を見ていた。
何を考えているかは分からないけど、私はとりあえずニコッと笑う。
「……優美さんって逞しいですよね。体つきもだけど、心も。普通、こんな目に遭ったら罵倒して被害届を出して終わりだと思うけど」
そう言われて、私は「あはは!」と笑った。
「いいふりこきなんです。万人に好かれるなんて思わないけど、可能なら誤解を解きたい。そして少しお節介を焼いて、誰かが生きやすくなったらいいな、と思ってます。私は過去に、太っていた事でとても卑屈になって、いじめられていました。心ない言葉を投げかけられていたから、道を誤れば歪んだ人になっていたかもしれない」
チラッと後ろにいる二人を見て、彼らに感謝を込めて微笑む。
「でも、『こっちだよ』って明るいほうに手を引っ張ってくれる人がいました。そちらに進むか、暗い所で恨み辛みを言い続けるかは、私次第でした。その時、明るいほうに選択できた自分を褒めてあげたいとは思っています。あとはもう、素敵な人たちに負けないように、いい自分になりたいって思い続けています。周りは自慢できる人ばかりだから、側にいて恥ずかしくない人でありたいんです」
彼女はほんの少し、悲しそうな顔をする。
「……今まで、私の人生にもそういう人はいたのかな」
「いたと思いますよ。人生を変えるきっかけって、ほんの些細な事なんです。ドラマチックな事なんて、そうそう起こりませんから。何気ないもの、言葉に心の耳を澄まして、拾っていけるかどうかなのかな。毎日の事だって、大きなものを目標にして『いい事がなかった』って文句を言うより、『ご飯が美味しかったな~、幸せ!』って思えたほうが、幸せ貯金が貯まりやすいと思うんですよね」
私は手を交互に重ねて、貯金のジェスチャーをする。
「期待値を低くしたほうが、人生楽しく過ごせるんです。物語みたいに大きな幸せ、一発逆転なんて考えないで、日々平和に楽しく過ごす事を積み重ねていくと、いつか振り返ったら『割と幸せに生きてきたな』って思えますよ」
明るく言う私をお気楽と思ったのか、さやかさんは小さく笑う。
「お高い女でいなくていいんです。『凄い』って言われなくていいんです。皆にどう思われるかなんて、どうでもいい。安い物に喜んで、小さな事で幸せを感じましょう。大勢の賛同より、絶対的な味方を少しずつ増やしていきましょう」
微笑んでさやかさんの手を握り、目を見つめて言う。
「私が見た映画のセリフを言いますね。『限られた誰かだけが手に入れられるものなんて、幸せじゃない。皆が無理なく手に入れられるものが本当の幸せ』……〝幸せな人〟は、特別な人じゃないんですよ。普通の良さを知っている人です」
彼女はさっきとは違う涙で目を潤ませ、小さく頷いた。
「……頑張って、……みます」
「うん! 何かあったら、いつでも連絡してくださいね!」
私はニカッと笑い、両手で彼女の肩をポンポンと叩く。
そして「終わったよ!」という気持ちで、慎也と正樹を振り返った。
……のだが。
(……あれ?)
彼らは腕組みし、脚も組んでそっぽを向いている。
……あれ、そっか。断罪イベントだったんだっけか?
でもなぁ、悪者にして終わり! って好きじゃないし。
人間だから色んな事情があって〝今〟に至った訳でしょ? それを理解しないと、私は納得できなかった。
凶暴な犯人が騒いでるから、射殺して終わりじゃなくて、しっかり話を聞いて更生に導いたほうが生産的だ。
いい事の循環をして、今回の事に何か得たなら、どこかで誰かに優しくしてあげてね、と思う。
まぁ、そこまでは私は責任を持たない訳だけど。
※ 映画のセリフは、『怪物』の台詞を私なりにアレンジしました
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