上 下
526 / 539
番外編 2 タワマン事件簿

渦巻く環状をほぐす

しおりを挟む
「嫉妬してしまうあなたを見て、とても人間らしいなと思いました。放っておけばいいのに、どうして私がここまであなたに構うかって言ったら、気になるからです。私はかつて体重が九十キロあって、周りの顔色を伺う卑屈な学生時代を送っていました」

 過去の話をすると、さやかさんは興味を引かれて顔を上げる。

 敵対していた頃の五十嵐さんも、私がかつて太っていたって知ったら、馬鹿にできる所ができたと分かって喜んでたな。

 まぁ、今は話を聞いてもらえるなら、何でもいいや。

「私は痩せようと思い立つきっかけを、ある人からもらいました。それがなかったら、いつまでも自分が不幸だと思って悲しんだままだったかもしれません。幸い、友達は私の体型をいじらず、仲良くしてくれていました。でもクラスの人にはバカにされていたと、あとから分かって、……まぁ、キツかったですね。見た目だけを理由に、性格も私の気持ちも何もかも無視して、否定されたんですから」

 さやかさんはもとから痩せていた人なのか、あまり興味なさそうに聞いている。
 多分「太ったのはあなたの健康管理の問題でしょ」と思ってそうだ。

「その時、『幸せになりたい』と強く思いました。その〝幸せ〟の中には色んな思いがあったと思います。『綺麗になって見返してやりたい』とか『可愛い服を着たい』とか、『スタイルが良くなった自分を羨望の目で見られたい』とか、奥底には綺麗といえない感情もあったと思います」

『こうなりたい』という願望は、欲でもある。

 美人になりたいもそうだし、お金持ちになりたいとか、有名になりたい、仕事をせずにのんびりしたいとか、そういうのも同じ。

 結局は、その願望が叶った果てに自分の欲望を叶えたいという思いがある。

 異性にモテたいとか、美しい自分になって綺麗な服を着こなして堂々としたい、自信を持ちたいという思い。
 お金の心配をしなくなったら、美味しい物を食べたい、旅行に行きたい、買い物がしたい……。
 仕事をしなくても良くなったら、好きなだけ趣味をしたいとか、田舎で暮らしたい。

 そういうのも、全部〝欲〟だ。

「皆、程度の差はあれど、望みを叶えて幸せになりたいと思って生きています。欲望は悪いものではありません。けど、その欲の持ち方を間違えると、他人を蹴落としてでも自分が得すればいいという考えに変わってしまいます」

 私は彼女に微笑みかける。

「私がもし、『痩せよう』と思って努力する選択をしなければ、『痩せたい』という感情のエネルギーを持て余していたでしょう。痩せている人を羨んで、けなしていたかもしれません。『あの人は美人だけど、きっと性格が悪いんだ』とか、自分の中で落とし所を見つけて慰める。そうしないと、自分は痩せている人より劣っていて惨めな存在だと、認めてしまう事になるからです」

 さやかさんは、何か言いたげではあるものの、私の話を聞いてくれている。

「今は私の事を例にしましたが、色んな状況でも当てはまるんです。お金に困っている人が自分の感情を制御しきれなくなると、お金持ちを見て性格や容姿を否定するでしょう。そして理想的な伴侶を失い、求めているさやかさんは、このマンションに住んでいる一見幸せそうに見える夫婦に嫉妬してしまった」

 少しずつ、私は彼女の中で渦巻いている感情をほぐしていく。

 どす黒い感情に囚われている人は、その正体が何であるか分かっていないケースがほとんどだろう。

 誰かにネガティブな感情を向ける人は、満たされていない事が多い。

 でもその人自身は、「自分は不幸だ」と認めたくないから「自分は何も変わらない、いつもの自分ですよ」というふりを貫いている。

 誰だって、自分が同情されるべき可哀想な存在なんて、思いたくないしね。

 そして、誰かを羨んでいる人も、一日二十四時間ネガティブな感情を抱いている訳じゃない。

 その人の生活があるし、働いたり友達と会ったり、別の事に気持ちを注いでいる時は、機嫌のいい時もあるだろう。

 人がネガティブになってしまうのは、大体、疲れていて睡眠を欲している夜が多い。

 お腹が空いていて脳にエネルギーが回っていないと、残っているカスカスなエネルギーで前向きな事なんて考えられない。

 クリエイティブな思考って、エネルギーを使う。

 疲れている時は、どうしても過去を思いだして、嫌な事を心の中でネチネチとガムみたいに噛み続けてしまう。いわゆる、思いだしイライラだ。

 そういう時は大体、「飯食って風呂入って寝ろ!」なんだけど。

 環境的な要因に加えて、その人自身が抱えている色んな要素が重なる。

 風邪を引いている、花粉症、腰痛や肩こり、頭痛があるとかの、ちょっとした体の不調。
 家族や友人と少しうまくいっていなかったり、恋愛がらみの悩み、仕事に関する悩みや、お金の悩み、将来への漠然とした不安。

 誰かを見て攻撃的になってしまう時って、ただ〝その人が憎い〟だけじゃない。

 積もり積もった、自分の不調が絶妙にブレンドされた上で、「多分こいつは悪い奴だから攻撃してもいいだろ、自分はこんなに苦しいんだから!」ってなってしまう。

 自分がその人に直接嫌な事をされたのか、そこまで憎む必要はあるのか、自分のしている事はただの理不尽な嫌がらせであるとか、疲れ切った本人は自覚できていない。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...