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番外編 2 タワマン事件簿
渦巻く環状をほぐす
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「嫉妬してしまうあなたを見て、とても人間らしいなと思いました。放っておけばいいのに、どうして私がここまであなたに構うかって言ったら、気になるからです。私はかつて体重が九十キロあって、周りの顔色を伺う卑屈な学生時代を送っていました」
過去の話をすると、さやかさんは興味を引かれて顔を上げる。
敵対していた頃の五十嵐さんも、私がかつて太っていたって知ったら、馬鹿にできる所ができたと分かって喜んでたな。
まぁ、今は話を聞いてもらえるなら、何でもいいや。
「私は痩せようと思い立つきっかけを、ある人からもらいました。それがなかったら、いつまでも自分が不幸だと思って悲しんだままだったかもしれません。幸い、友達は私の体型をいじらず、仲良くしてくれていました。でもクラスの人にはバカにされていたと、あとから分かって、……まぁ、キツかったですね。見た目だけを理由に、性格も私の気持ちも何もかも無視して、否定されたんですから」
さやかさんはもとから痩せていた人なのか、あまり興味なさそうに聞いている。
多分「太ったのはあなたの健康管理の問題でしょ」と思ってそうだ。
「その時、『幸せになりたい』と強く思いました。その〝幸せ〟の中には色んな思いがあったと思います。『綺麗になって見返してやりたい』とか『可愛い服を着たい』とか、『スタイルが良くなった自分を羨望の目で見られたい』とか、奥底には綺麗といえない感情もあったと思います」
『こうなりたい』という願望は、欲でもある。
美人になりたいもそうだし、お金持ちになりたいとか、有名になりたい、仕事をせずにのんびりしたいとか、そういうのも同じ。
結局は、その願望が叶った果てに自分の欲望を叶えたいという思いがある。
異性にモテたいとか、美しい自分になって綺麗な服を着こなして堂々としたい、自信を持ちたいという思い。
お金の心配をしなくなったら、美味しい物を食べたい、旅行に行きたい、買い物がしたい……。
仕事をしなくても良くなったら、好きなだけ趣味をしたいとか、田舎で暮らしたい。
そういうのも、全部〝欲〟だ。
「皆、程度の差はあれど、望みを叶えて幸せになりたいと思って生きています。欲望は悪いものではありません。けど、その欲の持ち方を間違えると、他人を蹴落としてでも自分が得すればいいという考えに変わってしまいます」
私は彼女に微笑みかける。
「私がもし、『痩せよう』と思って努力する選択をしなければ、『痩せたい』という感情のエネルギーを持て余していたでしょう。痩せている人を羨んで、けなしていたかもしれません。『あの人は美人だけど、きっと性格が悪いんだ』とか、自分の中で落とし所を見つけて慰める。そうしないと、自分は痩せている人より劣っていて惨めな存在だと、認めてしまう事になるからです」
さやかさんは、何か言いたげではあるものの、私の話を聞いてくれている。
「今は私の事を例にしましたが、色んな状況でも当てはまるんです。お金に困っている人が自分の感情を制御しきれなくなると、お金持ちを見て性格や容姿を否定するでしょう。そして理想的な伴侶を失い、求めているさやかさんは、このマンションに住んでいる一見幸せそうに見える夫婦に嫉妬してしまった」
少しずつ、私は彼女の中で渦巻いている感情をほぐしていく。
どす黒い感情に囚われている人は、その正体が何であるか分かっていないケースがほとんどだろう。
誰かにネガティブな感情を向ける人は、満たされていない事が多い。
でもその人自身は、「自分は不幸だ」と認めたくないから「自分は何も変わらない、いつもの自分ですよ」というふりを貫いている。
誰だって、自分が同情されるべき可哀想な存在なんて、思いたくないしね。
そして、誰かを羨んでいる人も、一日二十四時間ネガティブな感情を抱いている訳じゃない。
その人の生活があるし、働いたり友達と会ったり、別の事に気持ちを注いでいる時は、機嫌のいい時もあるだろう。
人がネガティブになってしまうのは、大体、疲れていて睡眠を欲している夜が多い。
お腹が空いていて脳にエネルギーが回っていないと、残っているカスカスなエネルギーで前向きな事なんて考えられない。
クリエイティブな思考って、エネルギーを使う。
疲れている時は、どうしても過去を思いだして、嫌な事を心の中でネチネチとガムみたいに噛み続けてしまう。いわゆる、思いだしイライラだ。
そういう時は大体、「飯食って風呂入って寝ろ!」なんだけど。
環境的な要因に加えて、その人自身が抱えている色んな要素が重なる。
風邪を引いている、花粉症、腰痛や肩こり、頭痛があるとかの、ちょっとした体の不調。
家族や友人と少しうまくいっていなかったり、恋愛がらみの悩み、仕事に関する悩みや、お金の悩み、将来への漠然とした不安。
誰かを見て攻撃的になってしまう時って、ただ〝その人が憎い〟だけじゃない。
積もり積もった、自分の不調が絶妙にブレンドされた上で、「多分こいつは悪い奴だから攻撃してもいいだろ、自分はこんなに苦しいんだから!」ってなってしまう。
自分がその人に直接嫌な事をされたのか、そこまで憎む必要はあるのか、自分のしている事はただの理不尽な嫌がらせであるとか、疲れ切った本人は自覚できていない。
過去の話をすると、さやかさんは興味を引かれて顔を上げる。
敵対していた頃の五十嵐さんも、私がかつて太っていたって知ったら、馬鹿にできる所ができたと分かって喜んでたな。
まぁ、今は話を聞いてもらえるなら、何でもいいや。
「私は痩せようと思い立つきっかけを、ある人からもらいました。それがなかったら、いつまでも自分が不幸だと思って悲しんだままだったかもしれません。幸い、友達は私の体型をいじらず、仲良くしてくれていました。でもクラスの人にはバカにされていたと、あとから分かって、……まぁ、キツかったですね。見た目だけを理由に、性格も私の気持ちも何もかも無視して、否定されたんですから」
さやかさんはもとから痩せていた人なのか、あまり興味なさそうに聞いている。
多分「太ったのはあなたの健康管理の問題でしょ」と思ってそうだ。
「その時、『幸せになりたい』と強く思いました。その〝幸せ〟の中には色んな思いがあったと思います。『綺麗になって見返してやりたい』とか『可愛い服を着たい』とか、『スタイルが良くなった自分を羨望の目で見られたい』とか、奥底には綺麗といえない感情もあったと思います」
『こうなりたい』という願望は、欲でもある。
美人になりたいもそうだし、お金持ちになりたいとか、有名になりたい、仕事をせずにのんびりしたいとか、そういうのも同じ。
結局は、その願望が叶った果てに自分の欲望を叶えたいという思いがある。
異性にモテたいとか、美しい自分になって綺麗な服を着こなして堂々としたい、自信を持ちたいという思い。
お金の心配をしなくなったら、美味しい物を食べたい、旅行に行きたい、買い物がしたい……。
仕事をしなくても良くなったら、好きなだけ趣味をしたいとか、田舎で暮らしたい。
そういうのも、全部〝欲〟だ。
「皆、程度の差はあれど、望みを叶えて幸せになりたいと思って生きています。欲望は悪いものではありません。けど、その欲の持ち方を間違えると、他人を蹴落としてでも自分が得すればいいという考えに変わってしまいます」
私は彼女に微笑みかける。
「私がもし、『痩せよう』と思って努力する選択をしなければ、『痩せたい』という感情のエネルギーを持て余していたでしょう。痩せている人を羨んで、けなしていたかもしれません。『あの人は美人だけど、きっと性格が悪いんだ』とか、自分の中で落とし所を見つけて慰める。そうしないと、自分は痩せている人より劣っていて惨めな存在だと、認めてしまう事になるからです」
さやかさんは、何か言いたげではあるものの、私の話を聞いてくれている。
「今は私の事を例にしましたが、色んな状況でも当てはまるんです。お金に困っている人が自分の感情を制御しきれなくなると、お金持ちを見て性格や容姿を否定するでしょう。そして理想的な伴侶を失い、求めているさやかさんは、このマンションに住んでいる一見幸せそうに見える夫婦に嫉妬してしまった」
少しずつ、私は彼女の中で渦巻いている感情をほぐしていく。
どす黒い感情に囚われている人は、その正体が何であるか分かっていないケースがほとんどだろう。
誰かにネガティブな感情を向ける人は、満たされていない事が多い。
でもその人自身は、「自分は不幸だ」と認めたくないから「自分は何も変わらない、いつもの自分ですよ」というふりを貫いている。
誰だって、自分が同情されるべき可哀想な存在なんて、思いたくないしね。
そして、誰かを羨んでいる人も、一日二十四時間ネガティブな感情を抱いている訳じゃない。
その人の生活があるし、働いたり友達と会ったり、別の事に気持ちを注いでいる時は、機嫌のいい時もあるだろう。
人がネガティブになってしまうのは、大体、疲れていて睡眠を欲している夜が多い。
お腹が空いていて脳にエネルギーが回っていないと、残っているカスカスなエネルギーで前向きな事なんて考えられない。
クリエイティブな思考って、エネルギーを使う。
疲れている時は、どうしても過去を思いだして、嫌な事を心の中でネチネチとガムみたいに噛み続けてしまう。いわゆる、思いだしイライラだ。
そういう時は大体、「飯食って風呂入って寝ろ!」なんだけど。
環境的な要因に加えて、その人自身が抱えている色んな要素が重なる。
風邪を引いている、花粉症、腰痛や肩こり、頭痛があるとかの、ちょっとした体の不調。
家族や友人と少しうまくいっていなかったり、恋愛がらみの悩み、仕事に関する悩みや、お金の悩み、将来への漠然とした不安。
誰かを見て攻撃的になってしまう時って、ただ〝その人が憎い〟だけじゃない。
積もり積もった、自分の不調が絶妙にブレンドされた上で、「多分こいつは悪い奴だから攻撃してもいいだろ、自分はこんなに苦しいんだから!」ってなってしまう。
自分がその人に直接嫌な事をされたのか、そこまで憎む必要はあるのか、自分のしている事はただの理不尽な嫌がらせであるとか、疲れ切った本人は自覚できていない。
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